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課金令嬢はしかし傍観者でいたい

賑やかな朝3

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「俺、あいつ好かん」

「同じく」

 不貞腐れたように唇を尖らせるレイビーとイリス。ロイと火花を散らしてから、ずっとこんな調子だ。

「外でそのような発言はやめておきなさい。不敬罪にあたりますよ」

 ちょっとカッコつけたけど、これは本当。王族への悪意ある発言は注意しなければ命取りになる。まぁ、ロイは全く気にしないだろうけど。それでも婚約者である私が王子のことを批判していたなんて噂は避けておきたい。そういう綻びから断罪ルートへ繋がるのよ!

 これでもかというほど視線を浴びながら歩いていたため、教室へ入ってからの視線なんて全く気にならない。
 どうぞお好きなだけご覧くださいませって感じですわ。あ、姿勢だけは整えておこう。

 私が席に着けば、当然のようにレイビーとイリスが両サイドに腰をおろした。ボディーガードかよ。ボディーガードだな。
 学園生活が始まれば、女生徒からのアクションがあると踏んでいた。嫉妬からの攻撃なり、羨望からの挨拶なり──しかし、これほど存在感のある二人に挟まれていたら、いい意味でも悪い意味でも私に近付くことはできないだろう。機嫌が悪いからか、心なしか殺気すら感じる。


「とりあえずその殺気消しなさい。誰も近寄れないじゃない」

 これほどの威圧感だ。きっと腹を空かせた大型の肉食獣と鉢合わせしたような感覚を与えているだろう。そんな二人に挟まれ悠々と着席している私は、さながら悪の女王にでも見えるのかしら。

「姫様、誰も近寄らせないためにやってるんすけど」

「そうそう、姫様に近付くやつは肉片にしてあげますからね」

 誰かが小さく悲鳴を発した。ほら、聞こえてんじゃん。怯えられまくってるじゃん。

「やめなさい。私は友人が欲しいの」

「友人なら俺達がいるじゃないですか」

 机上に置いた手に、そっと自分の手を重ね口角を上げるレイビー。はぁ、この瞬間だけを切り取れば、イケメンとのときめくシチュエーションなのに!
 思わず舌打ちしそうになるのを堪えていると、イリスがそっと二の腕を撫で上げてきた。

「姫様、私達だけいればいいじゃないですか。友人にも兄弟にもなりますから。なんなら恋人だって──グフ」

 どうしてだろう。女の子に触れられて鳥肌がたつことってあるんだな。さすがに教室内で怒鳴るわけにもいかず、微笑みをキープしたまま静かに引き剥がした。ついでに軽くつねっておいた。イリスにとっては、ただのご褒美になってしまったみたいだけど……怖いわ。


 気をとりなおして、カルヴィナータでやるべきことを考える。
 勉強は当然よね。大人になってから常々思っていた「学生の頃にもっと勉強しておけばよかったー!」とか「この記憶のまま過去に戻れたら、今度はちゃんと勉強するのになー!」なんて、叶うはずもない後悔を背負うのは、誰しもが身に覚えがあることだろう。
 その後悔が今、消化できるチャンスが訪れている。しかも数学とか科学なんて一般的な教科ではなく、憧れの魔法学!授業中に寝るなんてことは絶対にしない!この学びの時間に限りがあると知っているからこそ、私はやる気に満ち溢れていた。

「姫様、鼻フスフス鳴ってますよ」

「おっと」

 まずいまずい。やる気が鼻息に表れてしまったわ。

 そしてもう一つ、忘れてはいけない必須項目。
 それは、ヒロインを見つけること。
 ソウシが作ったこの世界に、乙女ゲームの要素が組み込まれているとするならば、私はきっと悪役令嬢である。いや………うん。多分そうなんだろう。私が課金して作り上げたマナリエルというキャラクターは悪役として設定されていたわけではないし、なんならヒロイン攻略する側の立ち位置になるはずだ。

 だけど、私がしていた乙女ゲームの攻略対象者はいない。エディとかロミオとかケインとか。じゃぁ乙女ゲームじゃないじゃん、と言いたいところだけど、薔薇の色で好感度が分かるなんてモロ乙ゲーじゃね?ソウシが作り上げた世界に、私が作り上げたキャラクターが転生し、攻略対象から聖獣まで存在する……。

 この世界が何なのか、それはどれだけ考えても「とにかく私はここで生きている」という結論にしか至らないことは分かっている。
 がしかし!がしかしよ?どのようなジャンルの世界だろうと、必ずヒロインは存在する。と、私は思っている。その子を見つけたいのだ。もし私が悪役令嬢だったなら、ヒロインと敵対することだけは何としても避けたい。ライバルになるとしたら、そこはやっぱり恋愛絡みだろう。ヒロインが誰に恋をするのか、それによって私の運命は大きく変わるはずだ。もしヒロインがロイを選んだなら、すぐにでも婚約破棄をしないと!

 ロイとヒロインが恋に落ち、私は婚約破棄だけでなく、学園追放?爵位剥奪?もしかして処刑!?想像しただけで身震いがするわ……。

「どしたの、姫様」

 イリスが顔を覗き込んでくる。この子にこんな話を伝えたら、ヒロインらしき人物を片っ端から消していくだろう。それはダメだ。憧れの学舎が血の海となってしまう。

「なんでもないよ、イリス」

 頭を撫でてやると、イリスは満足げに笑ってみせた。本当に可愛い。顔だけは。

「イヤなやつがいたら、すぐに言ってくださいね!二度と視界に入らないようにお片付けしますから!」

 口を開けば残念通り越して恐怖だわ。


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