魔剣鍛冶師の魔術道

日之影ソラ

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16.真夜中の邂逅

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 月夜の静けさを肌で感じながら街を歩く。
 まだ寝るには少し早い。
 自分以外に街を歩く大人の姿を見かけて、妙な安心感を覚える。
 これから赴く場所で何が起こるのか想像すると、多少の緊張もするものだ。
 何気なく、空を見上げて月の輝きを瞳に映す。

「思ったより明るいな」

 街には街灯の明かりのもあって、夜でも暗くて困るなんてことはない。
 空から地面に視線を降ろせば、別れた影がいくつも伸びる。
 光の強さで影の濃さが変化して、伸びる方向も異なる。
 完全な暗闇で影は生まれない。
 影があることに安心して、俺は招待状を握りしめる。

「……よし」

 歩く速度を上げ、サイネル家の屋敷を目指す。
 戦う覚悟も決めてきた。
 俺のことを心配してくれているハツネが、今も家で待っているだろう。
 出来るだけ早く終わらせて、ただいまを言いたいな。

  ◇◇◇

 目的地であるサイネル家の屋敷は、王都の中心を越えた先に位置する。
 俗にいう貴族街と呼ばれるエリアで、彼ら以外にも多くの貴族や有力者たちが居を構えている場所だ。
 俺にとっても馴染みの深い場所であり、因縁深い場所でもあった。
 叶うなら、立ち入らずにいたかったと弱気な考えが浮かぶ。
 
「……ここも昔のままだな」

 王都に帰還した時以上の懐かしさを感じる。
 詰まっているのが悲しい思い出でなければ、もっと感動できただろうか。
 この地で連想されるのは、自身の弱さを突きつけられ、絶望した幼い自分の姿。
 全てが終わった場所で、新たに始まった場所でもある。
 ここに戻ってきたのも、何かの因果なのだろう。
 そう感じながら歩き続けていたら、いつの間にか屋敷の前にたどり着いていた。
 貴族の屋敷らしく仰々しい鉄の柵に囲まれ、三階建てで横長な建物が構える。

「グレイス様ですね? お待ちしておりました」

 入り口に差し掛かると、使用人らしき男性が声をかけてきた。
 彼に案内され敷地の中に足を踏み入れる。
 念のために周囲を警戒しながら進むが、どうやら道中におかしな仕掛けはされていない様子。
 俺は使用人の後ろについて歩きながら、招待状の内容を思い返していた。

 今夜屋敷に来てほしい。
 それ以外に関しては記されていなかった。
 具体的な目的も用件も不明だ。
 文面だけで察するなら、ただ会いたいだけ?
 そんなことはないだろう。
 自分の息子がよそ者に、いや落ちこぼれと呼ばれた俺に負けたんだ。
 普通に考えて、プライドを傷つけられたと憤怒に燃えているに違いない。
 貴族というのは肩書や地位に執着する。
 俺が生まれたグローテル家がそうだったように、他の貴族たちも同じであることは確かだ。

「こちらです。中で旦那様がお待ちになられております」
「ありがとうございます」

 扉の前に立つ。
 さて、鬼が出るか蛇が出るか。
 俺は扉をノックして、中からの返事を待つ。

「どうぞ」
「失礼します」

 扉を開け、中へと足を進める。
 そこは応接室というより会議室のようだった。
 長いテーブルが中央に一つ、その左右にいくつも椅子が並んでいる。
 そして部屋の奥に、髭を生やした中年男性が立っていた。
 彼は俺の顔を見ると、不自然にニコリと笑みを浮かべて言う。

「ようこそ我が屋敷へ。突然の招待に快く応じてくれたこと、心から感謝するよ」
「……いえ」

 今のところ敵意は感じない。
 でも、にこやかな挨拶は不自然さを醸し出す。

「私が当主のリブロート・サイネルだ。よろしく頼むよ」
「……俺は――」
「名乗らなくても結構だ」

 名を口にする前に、彼は俺の言葉を遮った。
 表情は変わらずにこやかに、しかし静かに怒っているようにも見えて。
 俺は警戒する。

「グレイス・グローテル君。試験では息子のネハンが随分と世話になったようだね」
「……俺はただ試験のルールに従っただけです」
「知っているとも。だから勘違いをしないでほしい。私は別に、息子に勝った君が許せなくて呼び出したわけじゃないのだよ」

 意外な発言に俺は驚く。
 彼は続けて説明する。

「直に接した君はわかると思うがね? ネハンは少々自信過剰過ぎる所があってね。相手の実力を測り間違い、自身の力を過信する傾向があった。以前から注意していたがあまり変わらなくてね。君との戦いはあれにとって良い薬になっただろう」
「……なら、どうして俺を」
「――というのはもちろん建前だ」

 警戒を緩めかけた一瞬の変化。
 彼の表情からは明るさが消え、静かに俺を睨みつける。
 もはや思考する必要すらなく、明らかな怒りを露にする。

「親として君に感謝する気持ちもなくはない。だが、知っての通り私たちは貴族だ。我がサイネル家は魔術師の家系でもある。我が一族の名を背負った者が、試験とは言え落ちこぼれに敗北するなど……あってはならない」

 冷たく、鋭い声で彼は言い放った。
 どこかで聞いたことのあるようなセリフに、少なからず嫌気がさす。
 僅かに抱いた期待を返してほしい気分だ。

「君に敗北したことで、息子が合格する可能性は低くなってしまった。貴族の魔術師にとって、あの学園への入学は当たり前なのだ。それを果たせないとなれば、我が家名に傷がつく」
「……ならどうするつもりですか? もう試験は終わりましたよ」
「そうだね。学園の試験には貴族の肩書も権力も通じない。だからこうして、君を呼んだのさ」

 パチン――
 彼はニヤリと怪しげな笑みを浮かべ指を鳴らした。
 その直後、部屋の壁が瞬くように光る。

「結界?」
「さて、交渉を始めようじゃないか」
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