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第一部

16.赤い稲妻

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 緑の森に走る赤い稲妻。
 俺たちを取り囲み、勝ち誇ったような態度をとっていた連中は、意識を失い地面を舐めている。
 もっとも、全員を一撃でというわけにはいかなかったが。

「はぁ、面倒なルールだな。殺さないように手加減しなきゃならない」

 一、二……四人か。
 リーダーっぽい男を含めて、四人がまだ立っている。
 全員男性で、うち一人はフラフラだ。

「ば、馬鹿な……赤い雷? 何なんだ今のは!」
「雷の魔術だよ。俺はそれしか使えないからな」
「くっ……お前たち集まれ!」

 男がバラけていた三人に指示を出す。
 三人は急いで彼の元へ集まり、前に三人、後ろに一人の陣形をとる。

「わざわざ一か所に集まるなよ。狙ってくれと言っているようなものだぞ?」

 俺は右手を前にかざす。
 すると、後方三人が両手を合わせ、時間に方陣術式が展開される。
 方陣の円にそって緑色の半透明な壁を生成。
 ドーム状に囲い防御する。

「結界障壁か」

 それも三人合わせて強化しているな。
 結界障壁は無属性魔術の一つ。
 強化魔術と同様、起源に刻まれた属性とは関係なく、修練によって会得できる。
 使っているのは後ろの三人だけ。
 残った一人、リーダー格の男は両手を前にかざし、術式を展開する。

「これで俺には手出しできないだろ?」
「なるほど。結界障壁は、お前の術式が完成するまでの時間稼ぎか」

 男はニヤリと笑う。
 彼が展開している術式は未完成。
 おそらくだが、それなりに高度な術式を発動しようとしているようだ。
 とは言え、彼の力量では瞬時に発動できないから、他の三人が守りの壁を維持していると。

「やれやれ、他人任せなことだな」
「はっ! 余裕ぶっこいてられるのも今の内だぞ。この術式は俺の家に代々伝わる奥義だ。その威力は岩をも砕く」
「岩を……ねぇ」

 その程度の術か、と正直ガッカリした。
 俺が知らない新しい術式なら、一度は見てもいいかと思ったんだけどな。
 所詮はこいつも、師匠には及ばない。
 それに……

 俺はチラッと隣を見る。

 今は一人じゃないし、好奇心で彼女まで巻き込むのも忍びない。
 そろそろ他の受験者たちも集まってくるかもしれないしな。

「悪いけど、その術式が発動する前に終わらせてもらうぞ」
「無駄だ! いくらお前の雷でも、三人で重ねた結界障壁は破れ――」
「――赤雷」

 右腕から放たれた赤い稲妻は、いともたやすく結界を抉り、後ろの三人を吹き飛ばした。
 残された男は唖然とし、術式構成を中断して、両腕をダランとさげる。

「う、嘘だろ……」
「赤雷はただの雷じゃない。穿ち、貫くという性質をより強化した雷だ。鋼鉄だろうと結界だろうと、俺の魔力が勝っていれば、赤雷に貫けないものはない。絶縁体とかは、さすがに厳しいけどな」

 三人で重ねた結界障壁は確かに凝固だった。
 並の術師なら、突破するのに大半の魔力を消費しなければならない。
 だけど、俺にとってはその程度、薄くて脆い壁でしかなかった。

「そ、そんな……雷魔術しか使えない落ちこぼれに……」
「負けるなんてありえない? たぶん俺も、五年前だったら同じように思ってただろうな」

 神童と呼ばれ、周囲から期待されていた俺は、無意識に他者を見下していた。
 もしもあの日、全てを失っていなければ、ここで膝をついていたのは俺だったかもしれない。
 昔の鏡を見せられているようで、気分は良くないな。

「終わりにしよう」
「く、くそっ!」

 最後の一瞬まで罵声か。
 俺は呆れながら、彼の意識を刈り取り、ブレスレッドを破壊した。
 周囲に倒れている者たちも、ブレスレッドは破壊されている。
 これで撃破数は二十。
 我ながら順調な滑り出しではあるか。

「待たせてごめんな、シトネ」
「ううん。やっぱりすごいね、リンテンス君は」
「そうでもないさ。あいつらがもっと冷静なら、こうもあっさり倒せてなかったと思うぞ。まぁ結果は変わらなかったと思うけど」

 話している俺たち二人の周囲から、ドンパチ魔術がぶつかり合う音が聞こえてくる。
 もう終わった感じが出ているけど、まだまだ試験は始まったばかり。

「のんびりしている場合じゃないか」
「うん! 今度は私が頑張る番だよ」

 張り切って握りこぶしを作るシトネ。
 実戦試験の成績は、最後まで生き残ることと、撃破数で決まる。
 逃げ回っているだけでも片方の条件は満たせるが、さすがに撃破数ゼロでは評価も低い。

「じゃあ次の相手はシトネに任せようかな」
「まっかせて!」
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