上 下
59 / 64
第二部

59.それぞれの備え

しおりを挟む
 夢幻結界の発動後、誰も中へは立ち入れない。
 発動者であるアルフォースですら、出入りはもちろん、結界を解除することは出来ない。
 そういう契機をかすことで、奇跡に等しい現象を発生させているからだ。

「後は君次第だよ。リンテンス」

 故にアルフォースは見守ることしかできない。
 リンテンスが試練を乗り越えられるかどうかは、彼がもつ才能と努力にかかっている。
 
「さて、次の準備を始めようかな」

 リンテンスに関してはこれ以上何もできない。
 そこでアルフォースは、悪魔襲撃に備えた準備を始める。
 闘技場を出て向かったのは、グレンたちが待っているリンテンスの屋敷だった。

 ガチャリと扉を開け、リビングへ入る。
 三人の顔が一斉に向く。

「ただいまみんな。待たせてすまないね」
「アルフォース様! リンテンス君は?」
「心配いらないよシトネちゃん。彼ならちゃんと試練を乗り越える。僕たちはそれを信じていれば良い」
「そう……ですよね。信じます」

 言いたいことをぐっとこらえ、シトネは力強く返事をした。
 それを見てアルフォースはニコリと微笑み、うんうんと頷く。

 グレンが尋ねる。

「アルフォース様、僕たちに出来ることはないのですか?」

 リンテンスが大変な修行をしている。
 そんな中で、何もせずにただ待っているだけなんて嫌だ。
 と、グレンは考えていた。

 アルフォースが答える。

「もちろんあるとも。それを伝えるためにここへ戻ってきたのさ」
「本当ですか!」
「うん。悪魔襲撃まで最長一週間、最短で三日といったところだと僕は予想している。君たちにはその間に、学校を守る結界を新たに作る」
「結界ならもうあるのでは?」

 グレンの質問通り、魔術学校には外敵から生徒たちを守るための結界が張られている。
 結界は二段階。
 一つは、敵意をもった対象を識別し、侵入を拒むもの。
 もう一つは、攻撃に対してのみ効果を発揮するもの。
 二つの結界によって守られた校舎は、未だかつて傷ついたことは一度もないという。

「あれでは足りない。所詮は魔道具による簡易的な結界だからね。悪魔の攻撃を受けたら簡単に壊れてしまよ」
「それほどですか……」
「ああ。悪魔の力に関しては、君たちが想像している倍は強いと思ってね?」

 三人はごくりと息を飲む。
 経緯を聞いていた彼らも、ことの重大さを再確認させられる。
 アルフォースは懐から四つの指輪を取り出し、テーブルの上に置いて説明する。

「この指輪には、僕が考案した結界術式が刻まれている。みんなには、僕やリンテンスが戦っている間、これで学校を守ってほしい」

 アルフォースは付け加える。
 本来なら、こんな役割を学生に任せたりはしない。
 ただ、今回は状況が特殊であり、相手も近年比較対象がいないほどの強敵だった。
 故に手段は選んでいられない。
 目的が魔術学校だとしても、王都には多くの人たちが暮らしている。
 魔術師団の役割は王国の守護であり、国民を守る責務がある。
 悪魔襲来時には、彼らは王都を守ることに兵力を割かれることになるだろう。

「これなら学校を守れるのですか?」
「そうだね。結界の起点に術師が待機し、常に魔力を流し続けることで発動する。とても強固な結界だから、破壊に専念しない限りは大丈夫。ただしもちろん、悪魔たちから狙われる危険性は高い。もし僕たちが負ければ、次に狙われるのは結界を維持している術師だ」

 説明の後、アルフォースは三人に問いかける。

「強制はしない。やりたくなければ、別の人たちに任せる。どうするかは君たちが選んでくれたまえ」
「もちろんやります」
「グレン様がそうおっしゃるなら、私もご助力いたします」
「私もやります! リンテンス君が頑張っているんだし、私だって何かしたい」

 三人の意見が出揃う。
 そう言うと思っていたと、アルフォースは嬉しそうにほほ笑んだ。
 
「よし、これで四人だ」
「四人? 僕たち以外にもう一人いるんですか?」
「そうだよ。結界の起点は四つだからね」
「誰にお願いしたのでしょう?」
「アクト・エメロード。リンテンスのお兄さんさ」

 三人、特にグレンとシトネが大きく反応する。
 アクトは、親善試合でリンテンスと死闘を演じた相手。
 まだ最近のことで記憶に新しい。

「彼の奥義クロノスタシスは、いざという時に君たちを守る力となりえる。すでに了承は得たから問題ないよ」

 アクトの実力は親善試合で見ている。
 一緒に結界を守る者として、彼以上に心強い相手はいないだろう。
 
 ここでグレンは、あることを思い出す。

「アルフォース様、一つよろしいでしょうか?」
「何だい? グレン君」
「先日の学外研修のときなのですが――」

 グレンが伝えたのは、学外研修での一件。
 ブラックドラゴンの襲来と、それを起こした黒い影についてだった。

「なるほど。それはおそらくゲートだ」
「ゲート?」
「上位の悪魔がもつ転移手段だよ。ただ、僕らの知る二体の悪魔ではないね。時系列的に、その頃はまだ戦闘中だったはずだから」
「つまり、三人目がいるということですか?」
「かもしれない。これは尚更、リンテンスに頑張ってもらわないとね」

 死闘の予感が過る。
 全ての期待は、リンテンスに向けられていた。
 そして二日後の正午。
 再び、青空を黒い影が覆い隠す。
しおりを挟む

処理中です...