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第二部

62.奥の手

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 激闘が続く。
 怒涛のような魔術の応酬は、見る者を圧巻とさせるだろう。
 
「ちっ、やっぱこいつは別格だな」
「ええ。情報通りですね」

 悪魔二人の攻撃にも、アルフォースは的確な対応を続けていた。
 両者一歩も譲らない攻防が続き、僅かに呼吸を休める時間が生まれる。

「しかし妙ですね。思ったよりも消極的過ぎる」
「だな。なーんか企んでる感じしねーか?」

 二人が疑いの目をアルフォースに向ける。
 アルフォースは普段通りの表情で、冷静に返す。

「いやいや。対処するので精一杯なだけさ。君たちの攻撃があまりにも強いから、こっちは大変なんだよん」
「かっ! 白々しい演技だぜ。やっぱなんか企んでるじゃねーか」
「そのようですね。ですが、まだ時間がかかるようですよ」
「……」

 おっと、もうその段階まで来たのか。
 さすがに頭も回っているね。
 となれば、ここからが本番というわけか。

 アルフォースが杖を構えなおす。

「なぁエクトール、あれ使っていいか?」
「そうですね。このまま戦い続けても無駄な時間を使うだけですし」
「よし来た! んじゃいっちょ暴れるぜ~」

 グレゴリが左腕の一本を前に出す。

「何だ?」

 その腕には、黒くいびつな形をした腕輪が装備されていた。
 アルフォースが目を細める。
 グレゴリはニヤリと笑い、腕輪を強引に引きちぎる。

「――限定突破!」

 破壊された腕輪が飛び散った瞬間、爆発的なまでに魔力が高まっていく。
 結界を維持していた四人が、同時に身の毛もよだつ寒気を感じた。

「な、何?」
「これは――」

 グレゴアの周囲を風が舞う。
 膨大な魔力が溢れ出て、視覚化できるほどに膨れ上がっている。
 
「物凄いパワーアップだね。一体何をしたのかな?」
「かっ! 別に強くなったわけじゃーねーんだよ。オレたち悪魔は、こっちの世界じゃ力の一部を制限されちまうんでなぁ~ さっきの腕輪は、その制限を一時的に引っぺがすもんなんだよ」

 人間が住まう現世と、悪魔たちが住まう地獄。
 両界には出入りを拒む蓋が設けられており、容易に世界を跨ぐことは出来ない。
 力が弱まった現在では、数人が通る程度は可能となっている者の、ノーリスクではなかった。
 世界を跨ぐ際、大幅に能力を制限されてしまう。
 上位の悪魔でなければ、その制限によって人間以下になってしまうほど。
 かといって膨大な力をもつ支配者クラスでは、そもそも両界を渡ることすらできないが。

「つっても、一度使ったら一日で効果が切れちまうがな」
「なるほど。君たちの奥の手というわけかい?」
「ああ、お前は強いからなぁ~ こっちもガチでやらせてもらうぜぇ!」

 刹那。
 グレゴアの姿が眼前より消える。
 魔力感知を掻い潜り、アルフォースの背後へと。

「くっ……」
「よく反応したな! だがこっからだぜ本番はよぉ!」

 怒涛の嵐。
 先ほどまでが制限されていたと、誰もが納得する実力を発揮する。
 豪快に大剣を振るう姿は、まさに嵐そのものであるかのよう。

「おらおらどうしたぁ!」
「っ……」

 まずいな。
 術式を発動させる隙がない。

 速すぎる攻撃に押され、アルフォースは防戦を強いられることになる。
 フリーになったエクトールが見据えるのは、校舎を守る結界だった。

「さて、この隙に私はこちらを破壊しましょう」

 展開される無数の方陣術式。
 放たれた魔力エネルギーが、校舎を守る結界を襲う。

「ほう。中々強力な結界のようですね」
「させないよ!」

 グレゴアの攻撃を受けながら、アルフォースがエクトールを攻撃する。
 ひらりと躱したエクトールに追撃を放とうとするアルフォースだが、グレゴアが黙っていない。

「よそ見してんじゃねーよ!」
「失礼だな! ちゃんと君も見ているよ!」

 言い合いをする程度の余裕はあるようだが、明らかにギリギリの戦いを強いられていた。
 とてもじゃないが、二人同時に相手をする余裕はなさそうである。

「グレゴア、任せますよ」
「おう! てめぇーはさっさとうざったい結界を破壊しやがれ」
「ええ」

 エクトールを止めたいアルフォース。
 それを阻むように、グレゴアの攻撃が加速していく。
 
「さて、この手の結界には起点があるはずですが――」

 エクトールの視線が、シトネに向けられる。

「一つはそこですか」

 ぞわっとした寒気がシトネを襲う。
 ただ目が合っただけで、死を予感するほどの殺気に、シトネの脚は震えていた。

「リンテンス君……」

 早く来てくれ。
 そう誰もが願う男は――
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