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第二章 師弟関係

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 山を流れる川を隔て向かい合う。

「構えろ、リイン」
「はい」

 お互いに無手。
 獲物は使わず、体術での戦闘訓練。
 剣術は何も剣を振るうだけじゃない。
 剣術が柔術と関わりが深いように、徒手格闘もできて一流。
 ただし、この戦闘訓練の目的はそこにない。
 魔力操作の実戦利用。
 この半年かけて鍛えた魔力操作の技術を使い、先生と戦えるようになる。
 先に動いたのは俺だ。
 大きく地面を蹴り、先生に正面から接近する。
 俺の拳を腕で受け、続けて蹴りも曲げた膝で受け止める。
 流れるような反撃に対して回避を選択し、そのまま俺は右手で手刀を作る。
 思いっきり振り下ろしたが、先生は横に跳んで回避した。
 代わりに地面がクパーと割れる。

「おうおう、すごい切れ味だなぁ」
「逃がさない!」

 俺は立て続けに手刀で攻撃する。
 対する先生も手刀を作り、俺の右手を受け止める。
 手刀と手刀の衝突。
 本来ならばありえない火花が散り、ガリガリと鉱物同士がこすれる音が響く。
 お互いに魔力を纏い、高速で循環することで手刀は鋭利な刃物となっている。
 鍔競り合いから押し込み、俺と師匠は距離をとる。

「よし、悪くないな。今の戦闘でも制御は乱れてない。魔力操作の第一段階は一先ずクリアしたと思ってよさそうだな」
「ありがとうございます!」
「これなら十分実戦でも使えるだろ」
「はい。けどまだまだ足りない」

 俺は手刀を解除し、力いっぱいに拳を握る。
 先生は認めてくれたけど、俺はちっとも満足していない。
 完璧に扱える魔力量も半分以下。
 体表面でのコントロールは上手くなったけど、身体からの距離が離れるほど難しいのは変わらない。
 先生のように自在に操るには練習不足だ。

「そう悲観することはないだろ。たった半年でここまで使いこなせるようになったんだ。お前には才能がある」
 
 才能……か。
 そうでなくては困るんだ。
 先生のように長い時間は使えない。
 人間の寿命は、この世界でも百年前後だという話だ。
 老化すればあらゆる機能は低下する。
 老いを感じる前に、俺は武士として、剣士として完成させなければならない。

「焦るなよ」
「……心を読まないでください」
「読まんでもわかる。お前は顔に出るからな」
「初めて言われましたよ」

 河原で腰をおろし、少し休憩する。
 先生も隣に腰を下ろし、一緒になって流れる川を見つめる。

「なぁリイン、お前はなんのために強くなりたい?」
「え? 急にどうしたんです?」
「暇だからな。そういえば一度もちゃんと聞いてないと思ったんだ」
「……武士に憧れたからですよ」
 
 戦乱の世から幕末まで。
 武士たちは刀を握り、己が信念を貫くために戦った。
 単純な強さじゃない。
 目的のためなら命すら捨てる覚悟。
 自分ではなく、主を優先する考え方。
 死を恐れず、生を捨ててでも何かを成し遂げようとした者たちに……俺は憧れた。
 そして、歴史の中で名を遺した剣豪たち。
 彼らの伝説、生き様にも心が震えた。
 彼らは本物の武士であり、歴戦の剣士だった。

「俺も、彼らのようになりたいと思ったんです」
「なるほどな。武士ってのはよくわからんが、ようするにただの強さじゃないってことか」
「はい」
「だったらお前は、そいつらみたいに見つけないといけないな。お前自身の信念……あるいは目的ってやつを」

 先生の言葉に身体が、心が反応する。
 武士の強さとは何か。
 前世で技を磨き、身体を鍛えながらずっと考えていたことだ。
 ただ強いだけじゃ武士とは呼べない。
 強さには意味がいる。
 先生の指摘は、今の俺が空っぽであることを見抜いていた。

「お前がただ強くなりたいだけなら今のままで十分だがな。そうじゃないんだろ?」
「……はい」

 武士としての強さを見つける。
 それは剣士としての強さだけではなく、それ以外の何かだ。
 今の俺には何もない。
 ただがむしゃらに強さを追い求めているだけだ。
 俺が戦う理由は……まだ見つかっていない。 

「先生は、どうして強くなったんですか?」
「ワシか? そうだな……」

 先生はいつになく、切なげな横顔を見せる。
 何かを思い出すように、空を見上げた。

「約束のためだ」

 約束?
 一体誰と、どんな約束をしたのだろう。
 気になった俺だけど、今聞いても答えてくれない気がして、そっと飲み込んだ。

「さて! 休憩は終わりだ。続きを始めるぞ」
「はい」

 俺は立ち上がる。
 
「ワシもそろそろ、この地を離れることになりそうだからな。時間を有効活用していくぞ」
「そうですね……え?」

 今、なんて?

 この日の修業は最後まで集中しきれなかった。
 先生が途中、俺に言ったことが引っかかって。

「よーし、ここまでだ」
「……」
「どうしたんだ? リイン、途中から集中してなかっただろ?」
「……先生、帰るのか?」

 もやもやしたままじゃ集中できない。
 俺は思い切ってストレートに質問することにした。

「まぁな。元々期限付きの休暇だったんだよ。五年経つし、いい加減顔を出さないと上司に怒られそうだ」
「上司……いたんだ」

 かってな想像で、先生はずっと一人で旅をしているのだと思っていた。
 先生はあまり自分のことを語らない。
 今まで何をしていたのかも、俺は知らない。

「……いつ?」
「まだ決めてないが一月以内か。ちょうどお前の修業も区切りがよくなったところだ」
「……」

 確かに、区切りとしてはいいかもしれない。
 俺も魔力の使い方を覚え始め、コツを掴んできたところだ。
 実戦でも扱えるレベルに至っている。
 けれど……。

「……だ」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもない。また明日、お願いします」
「おう。気を付けて帰れよ」

 俺は一人、ある決意をする。
 少しだけ昔を思い出した。
 昔というより前世か。
 そのためにも、果たすべき義理を果たそう。
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