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第一章
1.婚約破棄されました
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その日は突然やってきた。
いつも通りの穏やかな朝、心地よい風が吹き抜ける木陰。
みんなが登校するには少し早くて、学園にはまだほとんど人影もない。
そんな中、こっそりと会う男女が一組。
金色の髪の高貴な男性と、優しいオレンジ色の女性が、一つ木下で見つめ合う。
まるで甘い甘い恋の始まり――
「そうわけですまないが、君との婚約は破棄させてもらうよ。エミリア」
というのとは真逆の、一つの恋の終わりだった。
「ブロア様……今、なんと?」
「はぁ……二度も同じことを言わせる気か?」
彼は呆れたようにやれやれとジェスチャーをする。
私だって、聞き取れなかったわけじゃないし、意味が理解できなかったわけでもない。
ただ、信じられなかったから聞き返した。
聞き間違いかもしれない、夢かもしれないという非現実的な逃避から出た言葉に過ぎない。
「エミリア、君と僕は生まれる前から決められた婚約者だった」
そう。
このグレゴニカ王国では、親交のある貴族間で、生まれた子を婚約者にするというのはよくある話だ。
純粋な貴族の血筋を残し、未来へと繋げるための習慣だったのだろう。
私のシエル家と、ブロア様のロストロール家も、何代も前から親交の深い家同士だった。
初めて知ったのは三歳の時で、お会いしたのは五歳の時だ。
決められた婚約者同士だったけど、十年かけて互いを知り、惹かれあって恋をしていたのだと思っていた。
「そこに誠実な愛があるのだと、僕も思っていたよ。でも違ったんだ。僕たちは所詮、親が決めた相手に過ぎない」
だけど、そう思っていたのは私だけだったらしい。
彼は続けて私に言う。
「僕は本当の恋を知ったんだ! それでわかったのさ。君との恋は偽物でしかないと……それがわかってしまったら、もう君と一緒にはいられない」
「そんな……」
全身から力が抜けていく。
心地良いと感じていたはずの風が、途端に肌寒く感じられる。
私は絶望の中から言葉を絞り出す。
「わ、私のどこに不満があったのですか? 私はブロア様に相応しい女性になろうと――」
「それはわかっているよ。君は確かに優秀だった。女性としても、貴族としても素晴らしいとは思う」
「で、でしたらなぜ!」
「つまらないんだよ、君は」
「へっ……」
それはとても冷たい視線だった。
ブロア様から向けられた視線の中で、こんなにも冷たくて怖いのは初めてで、私はビクリと身体を震わせる。
「何でも出来てしまう君は、見ていてつまらないし退屈なんだよ。そんな君に合わせるこっちも疲れるしね。ハッキリ言ってくどいんだよ」
つまらない?
くどい?
私がこれまで頑張ってきたことを、この人はそんな風に思っていたの?
貴族の令嬢として、ブロア様の伴侶に相応しい女性になるため、日々続けてきた努力を迷惑だと言われた。
そのショックはあまりにも大きく、上手く言葉が出なくなる。
「その点ローランは実に良い! 君にはないものをたくさん持っている。彼女と一緒にいると、いつもワクワクするんだ」
そう語るブロア様の表情は子供のように無邪気で、本当に楽しそうだった。
私はその表情を見せられて、さらに落ち込み顔を伏せる。
どうしてこうなったんだろう……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
始まりは一月ほど前だった。
一つの季節が終わり、新しい季節が始まる手前。
緑が美しい中庭を歩くブロア様を見つけ、私が声をかけようとしたとき……
「ブロア様?」
隣には見知らぬ女性がいた。
地味目の茶色い髪の女性で、ブロア様と楽しそうに話している。
何気なく過ごしていた日常に入った一筋の亀裂だった。
「ごきげんよう、ブロア様」
「ん? ああ、エミリアか」
僅かに不満そうな表情を見せた気がするけど、たぶん気のせいだろう。
私は続けて質問する。
「その女性は?」
「彼女はローランだよ。僕らと同じ一年生で、少し前に知り合ったんだ」
「初めまして、ローランと申します。よろしくお願いします、エミリア様」
ニッコリと微笑むローラン。
ただの挨拶だから、私も普通に返した。
後に彼女が平民の生まれだと知ったが、それは些細なことだ。
ここベルサール学園に入学できるのは貴族だけではない。
優秀な成績をおさめれば、家柄に関わらず入学を許される。
平民がいることに何の違和感もない。
ブロア様も平民に対する偏見は少ない方だったし、一緒にいることに不自然さはなかった。
ただ何となく、あまりいい気分ではなかったと思う。
その後も、二人はよく一緒にいた。
仲睦まじく話し、時に触れ合っているのも見た。
あれくらいならと思いつつ、遂に決定的な瞬間を目撃してしまう。
「ブロア様……?」
二人が人目を盗んで会い、キスをしていた瞬間だ。
私は思わず声に出して彼を呼んだ。
その時のブロア様の表情が、今でも忘れられない。
邪魔をするなよ――
言葉で言われたわけではない。
表情が、視線がハッキリとそう告げていた。
そうして今、私は別れを告げられている。
いつも通りの穏やかな朝、心地よい風が吹き抜ける木陰。
みんなが登校するには少し早くて、学園にはまだほとんど人影もない。
そんな中、こっそりと会う男女が一組。
金色の髪の高貴な男性と、優しいオレンジ色の女性が、一つ木下で見つめ合う。
まるで甘い甘い恋の始まり――
「そうわけですまないが、君との婚約は破棄させてもらうよ。エミリア」
というのとは真逆の、一つの恋の終わりだった。
「ブロア様……今、なんと?」
「はぁ……二度も同じことを言わせる気か?」
彼は呆れたようにやれやれとジェスチャーをする。
私だって、聞き取れなかったわけじゃないし、意味が理解できなかったわけでもない。
ただ、信じられなかったから聞き返した。
聞き間違いかもしれない、夢かもしれないという非現実的な逃避から出た言葉に過ぎない。
「エミリア、君と僕は生まれる前から決められた婚約者だった」
そう。
このグレゴニカ王国では、親交のある貴族間で、生まれた子を婚約者にするというのはよくある話だ。
純粋な貴族の血筋を残し、未来へと繋げるための習慣だったのだろう。
私のシエル家と、ブロア様のロストロール家も、何代も前から親交の深い家同士だった。
初めて知ったのは三歳の時で、お会いしたのは五歳の時だ。
決められた婚約者同士だったけど、十年かけて互いを知り、惹かれあって恋をしていたのだと思っていた。
「そこに誠実な愛があるのだと、僕も思っていたよ。でも違ったんだ。僕たちは所詮、親が決めた相手に過ぎない」
だけど、そう思っていたのは私だけだったらしい。
彼は続けて私に言う。
「僕は本当の恋を知ったんだ! それでわかったのさ。君との恋は偽物でしかないと……それがわかってしまったら、もう君と一緒にはいられない」
「そんな……」
全身から力が抜けていく。
心地良いと感じていたはずの風が、途端に肌寒く感じられる。
私は絶望の中から言葉を絞り出す。
「わ、私のどこに不満があったのですか? 私はブロア様に相応しい女性になろうと――」
「それはわかっているよ。君は確かに優秀だった。女性としても、貴族としても素晴らしいとは思う」
「で、でしたらなぜ!」
「つまらないんだよ、君は」
「へっ……」
それはとても冷たい視線だった。
ブロア様から向けられた視線の中で、こんなにも冷たくて怖いのは初めてで、私はビクリと身体を震わせる。
「何でも出来てしまう君は、見ていてつまらないし退屈なんだよ。そんな君に合わせるこっちも疲れるしね。ハッキリ言ってくどいんだよ」
つまらない?
くどい?
私がこれまで頑張ってきたことを、この人はそんな風に思っていたの?
貴族の令嬢として、ブロア様の伴侶に相応しい女性になるため、日々続けてきた努力を迷惑だと言われた。
そのショックはあまりにも大きく、上手く言葉が出なくなる。
「その点ローランは実に良い! 君にはないものをたくさん持っている。彼女と一緒にいると、いつもワクワクするんだ」
そう語るブロア様の表情は子供のように無邪気で、本当に楽しそうだった。
私はその表情を見せられて、さらに落ち込み顔を伏せる。
どうしてこうなったんだろう……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
始まりは一月ほど前だった。
一つの季節が終わり、新しい季節が始まる手前。
緑が美しい中庭を歩くブロア様を見つけ、私が声をかけようとしたとき……
「ブロア様?」
隣には見知らぬ女性がいた。
地味目の茶色い髪の女性で、ブロア様と楽しそうに話している。
何気なく過ごしていた日常に入った一筋の亀裂だった。
「ごきげんよう、ブロア様」
「ん? ああ、エミリアか」
僅かに不満そうな表情を見せた気がするけど、たぶん気のせいだろう。
私は続けて質問する。
「その女性は?」
「彼女はローランだよ。僕らと同じ一年生で、少し前に知り合ったんだ」
「初めまして、ローランと申します。よろしくお願いします、エミリア様」
ニッコリと微笑むローラン。
ただの挨拶だから、私も普通に返した。
後に彼女が平民の生まれだと知ったが、それは些細なことだ。
ここベルサール学園に入学できるのは貴族だけではない。
優秀な成績をおさめれば、家柄に関わらず入学を許される。
平民がいることに何の違和感もない。
ブロア様も平民に対する偏見は少ない方だったし、一緒にいることに不自然さはなかった。
ただ何となく、あまりいい気分ではなかったと思う。
その後も、二人はよく一緒にいた。
仲睦まじく話し、時に触れ合っているのも見た。
あれくらいならと思いつつ、遂に決定的な瞬間を目撃してしまう。
「ブロア様……?」
二人が人目を盗んで会い、キスをしていた瞬間だ。
私は思わず声に出して彼を呼んだ。
その時のブロア様の表情が、今でも忘れられない。
邪魔をするなよ――
言葉で言われたわけではない。
表情が、視線がハッキリとそう告げていた。
そうして今、私は別れを告げられている。
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