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3.裏切り、置き去り

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 一本道の左右に部屋がある。
 全部で十二部屋あって、ほぼすべてにお宝が保管されていた。
 金塊の山、見たことのない魔道具、レアな素材などなぞ。
 ダンジョンの最深部に相応しいお宝の数々に、僕たちは興奮しっぱなしだった。
 ただ問題もある。
 これら全てを持ち帰ることは、物理的に不可能だということだ。

「いや多すぎだろ」
「三回くらいに分ければいけそう?」
「さすがに他の冒険者が来るんじゃないか? 隠し階段もそのうち見つかるぞ」
「仕方ない……厳選するしかねーな」

 根性出しで全部持ち帰れとか。
 見張っている間に三往復して、宝を外へ持ち出せとか。
 そういう無茶を言われるかと思ったけど、どうやら杞憂だったらしい。
 これだけいっぱいあるんだ。
 多少持ちきれなかったとしても十分な大金が得られる。
 そこから生まれた心の余裕に助けられたのだろう。

「でも厳選ってどうするんだ? やっぱ金塊優先にするか?」
「その前にまだ開けてない部屋があるだろ?」

 そう。
 まだ一つだけ部屋が残っている。
 ある意味そこが大本命だ。
 長い一本の通路の突き当りに、仰々しい黒い金属で出来た扉がある。
 螺旋階段に続いていた入り口の扉より、あからさまな雰囲気を感じる見た目だ。
 この先に一番の宝が眠っていますよ、とでも言っているようだとさえ思える。

「鍵はかかってないみたいだな」
「宝物庫なのに案外不用心ね」
「ここまで来れるって想定していなかったんじゃないか?」
「何でもいいだろ。それじゃ開けるぞ」

 ごくりと息を飲み、二人が頷く。
 ドーガが先頭に立ち、重そうな扉を押し開ける。
 軋む金属音と石が擦れる音がまじりあい、階層全体に響き渡る。
 異様に響きが良かったのは、扉の奥の部屋のせいだろう。
 
 そこには巨大な空間が広がっていた。
 ダンジョン内とは思えない程広く、高く造られた部屋。
 横幅は百メートル以上ありそうだし、高さもそれと変わらないくらいある。
 ここだけ明らかに異質だった。
 そして何より――

「お、おい……あれなんだよ」

 もっと注目すべきことがある。
 部屋の中央に、特大の赤い水晶が浮かんでいた。
 ボォーンと振動音が聞こえる。
 部屋を囲む白いレンガを赤く染める程、その水晶は光っていた。

「ゴーレムの核じゃないか?」
「たぶんそうね……でもこんなサイズは初めて見るわ。それに物凄い魔力量よ」
「だよな? 普通は核って大きくても手のひらサイズだろ」

 目の前にある核は、軽く一メートルは超えている。

「やばいぞこれ……最高のお宝じゃないか。これ一つで他の部屋の宝とそん色ないぞ」
「ええ。厳選する必要もないわね」

 興奮する三人。
 確かにあのサイズの核なら、金塊の山に匹敵する価値がある。
 大きさ的には、何とか持ち帰れはできそうだ。
 
 違和感。

 ただ、何だろう。
 あの核から……とても嫌な雰囲気が伝わる。

 違和感。

 そもそもどうして、核だけがここあるんだ?
 なぜ宙に浮かんでいる?

「おいウェズ! あれを運ぶ準備をしろ」
「……」
「聞こえてるのかウェズ!」
「は、はい!」

 違和感は強くなる一方だ。
 それでも僕は、ドーガに怒鳴られて準備を始めた。
 カバンを下ろし、中から運搬用の道具を取り出すためごそごそ手を入れる。

 その時だった。

 突如、部屋の扉が勝手に閉まる。

「な、何だ? 誰か閉めたか?」
「違うわ! 勝手に閉まったのよ」

 焦る彼らが閉まった扉に注目する一方で、僕が見ていたのは核だ。
 さっきまでとは比べ物にならない光を放っている。
 それに気分が悪い。
 魔法使いではない僕でさえわかるほどの魔力が、あの核から漏れ出ている。

 核周辺の石レンガが剥がれ始める。
 剥がれた途端、手のひらサイズだったレンガは、十倍の大きさに膨れ上がった。
 そのまま核へ引っ付き、次々に重なっていく。
 塊が大きくなり、形を成していくにつれ、僕たちは悟った。

「おいおい……冗談だろ」

 ダンジョンゴーレム。
 それも特大、部屋の天井に当たるギリギリのサイズだ。
 絶望と同時に思い出す。
 ダンジョンの最下層が、もっとも危険な場所であることを。

「に、逃げるぞ!」

 絶対に勝てない相手だと悟ったドーガは、一目散に出口の扉へ走った。
 しかし閉まったまま開かない。
 鍵がかけられたようにビクともしない。

「く、くそ!」
「退いて! 扉を壊すわ! その間ゴーレムを止めて!」
「馬鹿か! あんなもんに挑んだら踏みつぶされて終わりだぞ」

 ドーレムがドシンと足音を立て迫る。
 ビクリと震えるドーガの目に、僕の姿がうつってしまったのが運のつきだ。
 彼はニヤリと笑い、僕に言う。

「おいウェズ! お前が囮になってゴーレムを引き付けろ」
「そ、そんな! 無茶だよ!」
「うるせぇ黙れ! それが嫌なら俺が斬り殺してやろうか?」

 彼は剣を抜き去り、切っ先を僕に向ける。
 目が本気だ。
 極限に追い込まれて、少しはあった倫理観も消し飛んでいる。
 このまま拒めば殺される。
 どちらにせよ扉を開けないとここからは出られない。
 やるしかないと、僕は腹を括った。
 
 僕はカバンを下ろし、身軽になってゴーレムに瓶を投げつける。
 中身は神経毒で、モンスターならしびれるけど、ゴーレムには通じない。
 気を引くためになげて、そのままぐるっと外周へ走る。
 なるべく扉から引き離そうと――

 ゴーレムの一歩は大きい。
 当たり前のことを実感する踏み込みは、とてつもない風を生む。
 風圧に吹き飛ばされた僕は転がった。

「っ……」

 まだ扉は開いていない。
 立ち上がり、囮を続ける。
 扉さえあけば逃げるだけだ。
 そう信じて逃げ回った。
 だけど僕は弱くて、ちっぽけで、どうしようもなく無力だ。
 あっさりゴーレムに追いつかれ、再び吹き飛ばされてしまう。
 今度は拳を受けて。

「ごほっ……」

 痛い……痛い痛い。
 骨が折れる音がした。
 血も出ているし、全身を打った。

「開いた!」

 そこへ声が聞こえる。
 扉が開いたんだ。
 あとは逃げれば良い。
 身体が痛いけどまだ――

 ドーガたちが扉潜り、そして閉めた。
 微かに見えた彼の口元が……

 じゃあな。

 と言っていた。
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