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第二章

2.挨拶をしよう

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 和やかなお昼の時間。
 私とユートは、いつもの木の下でお昼ご飯を食べていた。
 心地い風が吹き抜ける。
 素敵なひと時を過ごす中、ユートが真剣な表情を見せる。

「ユート?」
「エミリア、大切な話がしたい」
「え?」

 唐突にユートからそう言われて、私の脳裏に過ったのは不吉な予感だった。
 プロポーズは昨日のこと。
 それを経て大切な話という言葉に、真剣な眼差しを向けられている。
 これはまさか、まさか……

「わ、私……何かユートに嫌われるようなことしてしまいましたか……」
「え? 何の話?」
「だ、だって、昨日の翌日に大切な話となれば、別れ話」

 と、ぼそり小さな声で呟いた。
 ようやく私との温度差に気付いたのか、ユートが慌てて否定する。

「ち、違う違う! 何でそうなるんだよ。嫌いになるわけないだろ?」
「ほ、本当ですか?」
「当たり前だよ。そもそも婚約を申し出たのは俺のほうなんだから、それを後でやっぱりやめるなんて無責任なこと言わないから。というより、もう少し俺を信用してほしいな」
「はい……ごめんなさい」

 一人で勝手に気がはやり、ユートに不要な気遣いをさせてしまった。
 ちょっと呆れた様子の彼を見て、私はシュンと反省する。

「で、話の続きなんだけど」
「はい」
「大切な話っていうのは、君にというより、君の両親にだよ」
「私の?」
「うん。わかっていると思うけど、俺たちはまだ正式な婚約者じゃないよね」

 平然とした顔でユートは言う。 
 当然のことだから、私も落ち込んだりはしない。
 正式な婚約者になるには、色々と手続きが必要だからだ。
 昨日の今日で、その手続きまで終わっているわけじゃない。
 公的に、私たちは婚約者(仮)みたいな関係になる。

「それはわかっていますけど、どうして私の親に? 手続きに保護者の同意なんて必要ありませんよ?」

 私とユートは、この国での成人年齢を超えている。
 成人した男女の婚約に、親の同意は必要ない。

「わかってる。ただ、挨拶は必要だと思うんだ」
「そうでしょうか?」
「必要だよ。君の両親とも、これから関わることがあるだろうし」
「……別に大丈夫ですよ。ユートは有名人ですから、あの人たちも知っていますから」

 自分の声量が、どんどん落ちていくことを自覚する。
 私の態度の変化に気付いたユートは、じーっと私を見つめて尋ねる。

「エミリアは乗り気じゃないの?」
「……だって……あの人たちは……」


 シエル家の当主とその妻。
 当たり前のことだけど、私の両親も貴族だ。
 家柄が大事で、お金が大事で、世間体が大事な貴族だ。
 ブロア様との婚約破棄を経て、私は嫌というほどそれを味わった。
 そして今、ハッキリ言って私と両親の仲は良くない。
 互いに言葉を交わすことも減ってしまった。
 屋敷で顔を合わしても、会釈すらしない、私がしたくない。

「あの人たちは、私の気持ちより貴族の立場を優先したんです。そんな人と……もう関わりたくありません」
「エミリア……」
「ごめんなさい、ユート。我儘を言って……でも、もう私は……あの人たちを許せないと思います」

 心無い言葉を聞いた。
 血のつながった親から、およそ考えられない発言もあった。
 貴族の家では、これが当たり前なのか。
 そう思って、納得した。
 これ以上何も話すことはない。
 話すだけ時間の無駄だと決めて、今日まで一言も、二人とは会話をしていない。
 それで今さら何を……どんな顔をして話せばいいのか、私にはわらかない。
 すると――

「やっぱり話すべきだね、これは」
「え?」
「俺が一緒に行く。だから、君の両親に会わせてほしい」

 ユートは優しい声で、諭すように言う。

「君の表情を見ていればわかるよ。このままじゃいけないと思っている。だけど、両親を許せないという気持ちも本物で、どう向き合えばいいのかわからない。そんな所だろう?」
「……ユートは凄いですね。他人のことなのに、簡単に言い当てられるなんて」
「他人のことじゃないだろ? 忘れたのか? 俺たちは婚約者に、いずれは家族なるんだ。そして君と、君の両親は親子であり、家族だろう? 帰る家があっても、居心地が悪いなんて……そんなの嫌じゃないか」
「ユート……でも、私……なんて話せばいいのか」

 わからないよ。

「心配いらないよ。話すのは基本的に俺だ。挨拶がしたいって言っただろ?」
「……」
「話したくなければ、無理に話さなくてもいい。俺は俺の言いたいことを言うつもりだから」
「……わかりました」

 ユートにそこまで言われたら断れません。
 両親のことは許せないけど、大好きなユートの気持ちまで無駄にはしたくないから。

「ありがとう。なぁエミリア」
「はい?」
「俺は……家族って、もっとわかりやすいのかと思っていたよ」

 そう言ったユートはどこか切なげで、遠い目をしていた。
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