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17.記憶のその先
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レベッカの努力と決意は最悪の方法で打ち砕かれてしまった。
王家主催で行われた盛大なパーティーの中心で、エルバートからの演劇じみた婚約破棄宣言。大切なレベッカが衆目に晒され、倒れそうになりながらも気丈に立つ姿に目の前が真っ赤に染まった。噴水によじ登るレベッカを見つめるしかできなかった幼い日とは違う。隅で待機していたクライヴは、渦中にいるのがレベッカだと気付くと、無意識のうちに人混みをかき分けて駆け付けた。どうしてこんな酷いことができるのか? 同じく駆け付けた公爵のサイモンが後を請け負ってくれたので、クライヴは呆然とする彼女を支えるようにして王城をあとにした。
「お嬢様は何も悪くありません。あいつらがおかしいのです!」
「そんな言葉を使っては駄目よ……」
馬車の中で、憤るクライヴをレベッカは窘めた。顔は青白く、小さく震えているというのに清廉な姿で言われてしまえば、エルバートへの罵詈雑言を飲み込む代わりに唇を噛んだ。せめてもと手を握りしめると、倒れるように凭れかかるレベッカ。たまらず抱きしめたくなるが、何とか耐えた。クライヴにとって大きな存在であるレベッカだが、実際は腕の中にすっぽりと収まりそうなほど小さくて華奢だ。しかし今はそれを許される立場ではないが、クライヴはこれから待ち受けるだろう何もかもから彼女を絶対に守る、と心に決めた。
その後、すぐにレベッカたちの婚約は公に取り消された。張り詰めていた糸が切れたかのように、心神喪失状態のレベッカを憐れに思った公爵夫妻は、これ以上娘が傷つけられないよう領地で療養をさせることに決めた。
貴族の結婚は家のつながりのためには必須だ。なんとかレベッカを王太子妃にしたい輩もいたらしいが、全てサイモンが跳ねのけてくれたらしい。立派な王太子妃になることが愛娘の幸せだと信じ、厳しい日々を無理矢理送らせてきた懺悔も込めらているようだった。
「とにかくレベッカは今まで頑張ってきたのだから、静かなところで何も考えずにゆっくり休ませてあげるのは賛成だ。しかしあの子は一人にして欲しいから誰も連れて行かないと譲らなくてね」
困った様子の公爵夫妻からクライヴが呼び出されたのは領地への出発直前であった。自暴自棄になっているのか、レベッカは供を連れないと突っ撥ねたらしい。当然連れて行ってもらえると思い込んでいたクライヴは慌てた。
「私は今まで同様、傍にいることをお許し頂けると思っていました……一人だなんて、そんなこと色々と危険すぎます!」
「そうでしょう? だからクライヴ、貴方ならレベッカも連れていくだろうから、あとでこっそりと願い出てくれないかしら? それから私たちに無事過ごせているかを定期的に報告して欲しいのよ」
「分かりました。なんとかお嬢様を説得いたします」
レベッカを心底大切に思えばこその行動ばかりだったのに、公爵夫妻がこんなにもクライヴを頼りにしてくれるとは。未婚の男女が二人で過ごすことになるが、そういう面でも信頼されているのだろう。
「もちろん旦那様と奥様の期待を裏切らないよう、指一本触れないと誓います」
王太子妃になれば、護衛を外される可能性も十分あったのだ。それが誰にも邪魔されることなく傍にいられるならと、本心からそう答えたのだが、公爵の答えは意外なものだった。
「……そんなに潔癖にならなくてもいい。お前の為人は知っているからね。二人で過ごして、その上でお前を求めるようであれば、私たちは何も言わない。どうかレベッカをよろしく頼む」
「は、はい……お心遣いありがとうございます。お嬢様に連れていただけるよう絶対に了承をいただいてきます」
クライヴの想いは本人以外には気づかれていたらしい。その上で、王太子妃になろうとするレベッカを見守り続け、さらにこんな状況でも寄り添おうとしてくれる気持ちが嬉しいとも、言ってくれた。
「私たちはもうずいぶんとレベッカの笑顔を見ていないことに気付かされてしまった。どうかもう一度あの子が笑えたらと願うよ」
夫妻は随分とやつれている。婚約破棄の処理だけに留まらず、どうやら身辺整理をしているようだった。今回の件で色々と思うことがあったのだろう。その辺りはクライヴには分からないことだが。
***
「――そこからはレベッカもご存知の、二人きりの生活はとても幸せだった」
「ちょ、ちょっと待って! クライヴは、その私のこと……ずっと、好きだったの?」
うっとりと凛香を見つめながら話す晴輝に、思わず手の平を向けて待ったをかけた。レベッカの知らなかったクライヴの話はとても興味深いものだったのは確かだ。しかし合間に漏らされるクライヴの心情にドキドキしっぱなしだった。一旦整理したかったけれど、途中で話を止めてしまうのもいけないと思って耐えていたのだが、ちょうど区切りがついたので漸く口を挟めた。
「はは、もちろん。『好き』だけでは足りないだろうね。実は凛香の知らない、続きもあるのだから」
そう話す晴輝の瞳は、少し寂しそうだった。
「え……? 続き?」
「そう。奥様からもらった薬を飲んだだろ?」
あ、と小さい声を漏らした。クライヴに好かれていたのに、彼の留守の間になんて酷いことをしてしまったのか。知らなかったとはいえ、大事にしてくれていたクライヴに対する裏切りだ。
「気にしなくていい。あの頃のレベッカ様は特に不安定だったから」
「でも……ごめんなさい。貴方のことを考える余裕がなくて。後始末とか大変だったわよね……私だけ楽になってしまったもの」
今の精神状態ならば客観的に見れるのに、当時はボロボロで何も考えたくなくて生きるのが辛かった。あんな目に遭っておきながら、それでもクライヴに好意を抱く暢気な自分に嫌悪を覚えたのだ。悲痛な面持ちの凛香の肩を優しく抱き寄せながら、晴輝は首を横に振った。
「信じられないだろうが、レベッカは死んではいない。いえ、公爵令嬢だったレベッカ様は亡くなって、あの日からはただのレベッカとして生きたのだから」
「え……? どういうこと……?」
「あれは心身に負担をかけるほどの辛い記憶をなくす薬だ。命を絶つ毒薬などではなく……だからあの後、貴女は公爵令嬢ではないただのレベッカとしての人生を送ったんだ」
王家主催で行われた盛大なパーティーの中心で、エルバートからの演劇じみた婚約破棄宣言。大切なレベッカが衆目に晒され、倒れそうになりながらも気丈に立つ姿に目の前が真っ赤に染まった。噴水によじ登るレベッカを見つめるしかできなかった幼い日とは違う。隅で待機していたクライヴは、渦中にいるのがレベッカだと気付くと、無意識のうちに人混みをかき分けて駆け付けた。どうしてこんな酷いことができるのか? 同じく駆け付けた公爵のサイモンが後を請け負ってくれたので、クライヴは呆然とする彼女を支えるようにして王城をあとにした。
「お嬢様は何も悪くありません。あいつらがおかしいのです!」
「そんな言葉を使っては駄目よ……」
馬車の中で、憤るクライヴをレベッカは窘めた。顔は青白く、小さく震えているというのに清廉な姿で言われてしまえば、エルバートへの罵詈雑言を飲み込む代わりに唇を噛んだ。せめてもと手を握りしめると、倒れるように凭れかかるレベッカ。たまらず抱きしめたくなるが、何とか耐えた。クライヴにとって大きな存在であるレベッカだが、実際は腕の中にすっぽりと収まりそうなほど小さくて華奢だ。しかし今はそれを許される立場ではないが、クライヴはこれから待ち受けるだろう何もかもから彼女を絶対に守る、と心に決めた。
その後、すぐにレベッカたちの婚約は公に取り消された。張り詰めていた糸が切れたかのように、心神喪失状態のレベッカを憐れに思った公爵夫妻は、これ以上娘が傷つけられないよう領地で療養をさせることに決めた。
貴族の結婚は家のつながりのためには必須だ。なんとかレベッカを王太子妃にしたい輩もいたらしいが、全てサイモンが跳ねのけてくれたらしい。立派な王太子妃になることが愛娘の幸せだと信じ、厳しい日々を無理矢理送らせてきた懺悔も込めらているようだった。
「とにかくレベッカは今まで頑張ってきたのだから、静かなところで何も考えずにゆっくり休ませてあげるのは賛成だ。しかしあの子は一人にして欲しいから誰も連れて行かないと譲らなくてね」
困った様子の公爵夫妻からクライヴが呼び出されたのは領地への出発直前であった。自暴自棄になっているのか、レベッカは供を連れないと突っ撥ねたらしい。当然連れて行ってもらえると思い込んでいたクライヴは慌てた。
「私は今まで同様、傍にいることをお許し頂けると思っていました……一人だなんて、そんなこと色々と危険すぎます!」
「そうでしょう? だからクライヴ、貴方ならレベッカも連れていくだろうから、あとでこっそりと願い出てくれないかしら? それから私たちに無事過ごせているかを定期的に報告して欲しいのよ」
「分かりました。なんとかお嬢様を説得いたします」
レベッカを心底大切に思えばこその行動ばかりだったのに、公爵夫妻がこんなにもクライヴを頼りにしてくれるとは。未婚の男女が二人で過ごすことになるが、そういう面でも信頼されているのだろう。
「もちろん旦那様と奥様の期待を裏切らないよう、指一本触れないと誓います」
王太子妃になれば、護衛を外される可能性も十分あったのだ。それが誰にも邪魔されることなく傍にいられるならと、本心からそう答えたのだが、公爵の答えは意外なものだった。
「……そんなに潔癖にならなくてもいい。お前の為人は知っているからね。二人で過ごして、その上でお前を求めるようであれば、私たちは何も言わない。どうかレベッカをよろしく頼む」
「は、はい……お心遣いありがとうございます。お嬢様に連れていただけるよう絶対に了承をいただいてきます」
クライヴの想いは本人以外には気づかれていたらしい。その上で、王太子妃になろうとするレベッカを見守り続け、さらにこんな状況でも寄り添おうとしてくれる気持ちが嬉しいとも、言ってくれた。
「私たちはもうずいぶんとレベッカの笑顔を見ていないことに気付かされてしまった。どうかもう一度あの子が笑えたらと願うよ」
夫妻は随分とやつれている。婚約破棄の処理だけに留まらず、どうやら身辺整理をしているようだった。今回の件で色々と思うことがあったのだろう。その辺りはクライヴには分からないことだが。
***
「――そこからはレベッカもご存知の、二人きりの生活はとても幸せだった」
「ちょ、ちょっと待って! クライヴは、その私のこと……ずっと、好きだったの?」
うっとりと凛香を見つめながら話す晴輝に、思わず手の平を向けて待ったをかけた。レベッカの知らなかったクライヴの話はとても興味深いものだったのは確かだ。しかし合間に漏らされるクライヴの心情にドキドキしっぱなしだった。一旦整理したかったけれど、途中で話を止めてしまうのもいけないと思って耐えていたのだが、ちょうど区切りがついたので漸く口を挟めた。
「はは、もちろん。『好き』だけでは足りないだろうね。実は凛香の知らない、続きもあるのだから」
そう話す晴輝の瞳は、少し寂しそうだった。
「え……? 続き?」
「そう。奥様からもらった薬を飲んだだろ?」
あ、と小さい声を漏らした。クライヴに好かれていたのに、彼の留守の間になんて酷いことをしてしまったのか。知らなかったとはいえ、大事にしてくれていたクライヴに対する裏切りだ。
「気にしなくていい。あの頃のレベッカ様は特に不安定だったから」
「でも……ごめんなさい。貴方のことを考える余裕がなくて。後始末とか大変だったわよね……私だけ楽になってしまったもの」
今の精神状態ならば客観的に見れるのに、当時はボロボロで何も考えたくなくて生きるのが辛かった。あんな目に遭っておきながら、それでもクライヴに好意を抱く暢気な自分に嫌悪を覚えたのだ。悲痛な面持ちの凛香の肩を優しく抱き寄せながら、晴輝は首を横に振った。
「信じられないだろうが、レベッカは死んではいない。いえ、公爵令嬢だったレベッカ様は亡くなって、あの日からはただのレベッカとして生きたのだから」
「え……? どういうこと……?」
「あれは心身に負担をかけるほどの辛い記憶をなくす薬だ。命を絶つ毒薬などではなく……だからあの後、貴女は公爵令嬢ではないただのレベッカとしての人生を送ったんだ」
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