記憶がありませんが、身体が覚えているのでなんとかなりそうです

羽鳥むぅ

文字の大きさ
3 / 35

3.もしかして夢?じゃない……?

しおりを挟む
「え、エリック……?」
「ん? 何か飲みたいものとか食べたいものでもある?」
 
 目を白黒とさせる私に、エリックらしき男は相好を崩して笑った。えっ! やっぱりエリックじゃない?
 頬を指の背で優しく撫でられて、戸惑いのあまり言葉に詰まる。はくはくと唇が戦慄くが、あまり動かしすぎるとまた触れてしまうかもしれないと思い、しっかりと閉じた。
 
「…………」
「心配しただろ? あまり無茶をしないでくれ。心臓がいくつあっても足りない」
 
 しかしその言葉には聞き覚えがある。訓練や実験で怪我をしたり巻き込まれたりで何度も溜息と共にいわれた台詞だ。眉根を寄せた表情も。ただし近い、近過ぎる!
 エリックは上体を起こしている私のすぐそばでベッドに座っていた。そりゃそうだろう、さっき唇がくっ付いていた時と変わらず、身体の距離は近いままなのだから。さらに私が背にしているベッドボードに手をついているから、囲い込まれている感がすごい。身動きが取れないよう、狭い檻に閉じ込められた魔獣の気分だ。身体は少しも動かず、視線だけを彷徨わせた。
「ラリア……」
「分かったから! 何をしたのかは分かんないけど! とりあえず、ごめんなさい!」
 何に対してか分からないけれど謝罪を口にしながら慌てて目を瞑りながら顔を背けた。直視はできないものの、再びエリックの顔が近づいてきている気配を感じたのだ。
 
「ひゃっ!」
 エリックが首筋に顔を埋めるようにして肩に凭れてきたものだから、思わず変な声を上げてしまった。吐息が鎖骨に当たってこそばゆい。逃げたいけれど、いつの間にか抱きしめられていて叶わなかった。
「ラリアがいなければ、生きてる意味なんてないんだ」
 呟かれたのは、らしくないほど小さい声で。重い吐息とともに、これまた重い台詞が吐かれる。見た目によらず心配症だと知ってはいたが、冷静な彼をこれほどまでに心配させてしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちで一杯だ。
 私の知っているエリックと違うように思えたけれど、やっぱり気のせいなのかもしれない。そう思ってしまうほどには、目の前の男はエリックしか考えられなかった。見た目の違和感はさて置き、声や話し方、なにより纏う魔力は彼以外にあり得ない。
 
「ごめんね。ちょっと何が起こってこうなったか記憶がないんだけど、多分私が悪かったんだろうなとは理解しているわ」
「覚えていないのか? ……まぁ、今は無理に思い出す必要はない。とりあえずゆっくり休んでくれ」
「うん、ありがとう」
 
 首元のくすぐったさに堪えながら、昔はよく撫でてあげた青みがかった深緑色の髪に手を伸ばす。幼い頃よりも髪質はしっかりと硬くなっているが、相変わらずサラサラだ。前髪は真ん中で分けられて頬辺りの長さだが、それ以外は低い位置で一つに括っている。撫でながら、その括られた部分をなぞるように掌に滑らせた。
 
(あれ? こんなに髪の毛長かったっけ?)
 
 胸辺りをキープしている私のほうが長かったはず。けれどどう見ても私より長い。
 
 手から深緑色がスルスルと落ちていく。もう一度確認したくて再び撫でようとしたけれど、突然エリックが顔を上げた。え、と声を上げる間もなく、またもや唇を塞がれてしまい手は宙を掻いた。
 
「……んっ」
 
 何度も食べられるように唇が優しく挟まれて、全身が氷漬けにされたかのように固まった。どうしていいのか分からないのだ。
 
 私の知っているエリックは、こんなに手慣れていないはず。エリックはモテるから、もしかしたら私の知らないところで女の子と遊んでいたのかもしれないけれど、いつも一緒に行動していた彼に、そんな暇などなかった。
 
 それでも共有していない時間はもちろんあるわけで。今まで考えたこともなかったけれど、隠れて経験を積んでいる彼を想像したら胸がムカムカと重苦しくなった。
 
 暑いからと足を出していただけで、頬を染めて直視せずに「見苦しい」と怒るような男なのに。けれど女の扱いに慣れているこの状態では疑わずにはいられない。まるで別人のようだ。
 
(もしかして! そもそもこの人はエリックじゃない……?)
 
 その方が納得できるけれど、本人としか思えない特徴や会話がスムーズだったのはおかしい。
 
 いやおかしいのは、こんなにも一方的にキスをされていることだ。これは私の願望なのか? 欲求不満すぎて夢まで見ている? あ、もしかしたらこれ自体が夢なのでは? それが一番しっくりくる。
 
 唇が漸く離れたあと、名残惜し気に身体を離して立ち上がったエリックは、いつの間にか部屋に入ってきていたサリィと何か話していた。それをぼんやりと眺めながら、思いっきり頬を抓ってみた。めちゃくちゃ痛い。……やっぱり現実? 
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

わんこ系婚約者の大誤算

甘寧
恋愛
女にだらしないワンコ系婚約者と、そんな婚約者を傍で優しく見守る主人公のディアナ。 そんなある日… 「婚約破棄して他の男と婚約!?」 そんな噂が飛び交い、優男の婚約者が豹変。冷たい眼差しで愛する人を見つめ、嫉妬し執着する。 その姿にディアナはゾクゾクしながら頬を染める。 小型犬から猛犬へ矯正完了!?

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...