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第1章 童貞大学生、保護対象に出会う
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「缶コーヒーとスナック菓子はまだ分かるけど、Hな本にビール、煙草って何だよ……。まだ僕、授業残ってるんだけどなぁ」
関東一帯が大寒波に見舞われたこの日、僕は同じ講義を受けている先輩のお使い……と言えば聞こえはいいが、所謂パシリに駆り出されていた。ショーウィンドウに映る自分の疲れ切った顔が情けなくて仕方ない。子供の頃から憧れていた保育士になりたくて、保育士資格と幼稚園教諭二種免許を取得出来る短大に入ったというのに、毎日の授業についていくのがやっと。短大に入ってからでも遅くないと高を括っていたピアノの授業なんて、鍵盤の位置を把握するだけで精一杯で、クラス中に馬鹿にされ、講師からはすっかり腫れ物扱いを受けていた。それでも懸命に練習さえすれば多少マシにはなるだろうと、夜間バイトが始まる寸前まで居残り、個人練習を続けていたのだが……ほぼ毎日のようにレッスンルームを借りる僕に腹が立ったのか、そこはかとなく悪い雰囲気を醸し出す先輩達に『ここは“ドレミファソラシド”が分からないようなガキが使っていい場所じゃねぇ。お前は幼児ピアノ教室にでも通ったらどうだ?』なんて貶される始末だった。
しかし、遊びやバイトに励んだ挙句に単位を落とし、1学年下の僕と同じ授業を受ける先輩にマトモな奴なんていない。彼等がレッスンルームを借りたとしても、擦りガラス式の個室であるのをイイことに女の人を連れ込んでみたり、酒や煙草、つまみなんかを持ち寄って宴会を開いたりと好き放題にしていることを僕は知っていた。
彼等が汚した部屋を片付けるのは、パシリである僕の役目だから。
成人しても尚ヤンキーの面を被り、大人になりきれない男達は、一度目をつけた弱者を飽きるまで嬲る。それが暴力に出ないだけ良い方だ。ストレスの捌け口とでも言わんばかりに貶され、彼等が校内で起こした不祥事は全て僕の責任として擦り付けられる。複数人の女性を個室に招き入れ、“どうだ”とばかりに勝ち誇った表情を浮かべる彼等を、恨まずにはいられなかった。
(僕はただ、真面目に勉強したいだけなのに――)
女の人に興味を抱かない訳ではない。彼女だって1人くらいは欲しい。
恋愛に積極的になれないのは、何時まで待っても訪れない“成長期”にある。20歳を迎えたのにも関わらず、身長160cmあるかないかの身体は、いくら運動しようにも筋肉がつかず、青白い。沢山食べて身体を大きくしようと試みても“大盛り定食”なんて夢のまた夢……多少無理して口に運んでも、すぐ吐き戻してしまうぐらい食が細いのだ。体毛も脱毛なんて不要なくらい薄く、ヒゲだって産毛ほど。比例してほしくはないが、それは下半身も同様であった。
自分自身が成長スピードの遅れを感じる分にはよかったのだが……中学校最後の思い出となる修学旅行で、親友に言われた『お前、女みてぇ』の言葉が脳裏に焼き付いて離れず、人前で肌を晒すのがトラウマにもなっていた。例え恋仲になったとしても、その先に進むことは不可能だろう。
(余計なこと考えていないで、早く戻らなきゃ……。またレッスン室、汚されちゃう)
凍った路面に気を配りながら寂れた商店街の角に出る。すると、珍しくこんもりと積もった雪の上に不釣り合いな――漆黒のモフモフとした物体がうずくまっていることに気づいた。
(あれは……?)
それは時折身を震わせ、ジリジリと自販機の傍へと擦り寄っていく。羽を広げたときに初めて分かったのだが……謎の物体の正体はカラスだった。
(なんだ、カラスか……)
カラスだと分かってしまえば今度は襲われるのが怖くなり、思わず距離を取る。だが、相手は冷たい北風が堪えるのか一鳴きもせず、動きも異常な程に鈍い。飛び上がろうとしても風に煽られては雪の上に着地しての繰り返しで、頭がすっかり白くなっていた。
「……大丈夫?」
普段の僕であれば、狂暴なカラスに話し掛けることなんて絶対にしないのに、冬毛に覆われた相手があんまりにも可愛く思えて、つい目線を合わせるようにしゃがみ込んでしまった。するとカラスの方も僕に興味を持ったのか、困ったような表情で見上げてきた。
そのつぶらな瞳は、僕に『助けて』と訴えかけているかのようだった。
「君、もしかして……寒すぎて飛べないの?」
ブルブルと震え続けるカラスに“してはいけない”と思いつつ、戦々恐々近づき、手袋を嵌めた手の平をそっと差し出せば――余程寒かったのだろう。相手は威嚇するどころか、布地に身体を擦りつけてきた。
(こんなに近くでカラスを見られるなんて……)
他の鳥と争ったのだろうか、それとも病気だろうか――専門家ではない僕にはよく分からないが、目の前の相手は、ところどころ羽が欠け、血が滲んでいた。人懐っこいこの子を放っておけなくて、パシリの途中だということを忘れ、スマホを取り出すと“明日の天気”で検索してみる。
気温さえ上がってくれるのなら、このままこの子を置いていこうと思っていたのに。
(明日も氷点下か……)
大寒波は週末まで続くらしい。弱り切っている相手は、この時期餌を食べているのかさえ疑問だった。
(仕方ない……)
僕がスマホを睨んでいるのが気になるのか、相手はこちらの膝上に飛び乗り、大きく羽を広げた。まるで『俺を連れて行け』と言わんばかりである。
「え!?あ、ちょ、ちょっと待って……お願いだから落ち着いてよう!!」
手にしていたビニール袋の中身――先輩に頼まれたスナック菓子の袋を見つけた相手がそれに一心不乱に齧りつく。その間にいくつかのキーワードを入力し、必要な情報を絞り込んだ。
(へぇ。カラスも“鳥獣保護法”っていうものの対象なんだ……)
とすれば、やはりどんなに弱っていても放っておくしか手立てはないのか――明日この道を通りかかったとき、こんなにも健気な相手が命を落としていたら。
(そんなのダメだ……出来る限りのことはしなくちゃ!!)
ある種の使命感に囚われた僕は、スマホを握りしめたまま、区役所の番号を押していたのだった。
関東一帯が大寒波に見舞われたこの日、僕は同じ講義を受けている先輩のお使い……と言えば聞こえはいいが、所謂パシリに駆り出されていた。ショーウィンドウに映る自分の疲れ切った顔が情けなくて仕方ない。子供の頃から憧れていた保育士になりたくて、保育士資格と幼稚園教諭二種免許を取得出来る短大に入ったというのに、毎日の授業についていくのがやっと。短大に入ってからでも遅くないと高を括っていたピアノの授業なんて、鍵盤の位置を把握するだけで精一杯で、クラス中に馬鹿にされ、講師からはすっかり腫れ物扱いを受けていた。それでも懸命に練習さえすれば多少マシにはなるだろうと、夜間バイトが始まる寸前まで居残り、個人練習を続けていたのだが……ほぼ毎日のようにレッスンルームを借りる僕に腹が立ったのか、そこはかとなく悪い雰囲気を醸し出す先輩達に『ここは“ドレミファソラシド”が分からないようなガキが使っていい場所じゃねぇ。お前は幼児ピアノ教室にでも通ったらどうだ?』なんて貶される始末だった。
しかし、遊びやバイトに励んだ挙句に単位を落とし、1学年下の僕と同じ授業を受ける先輩にマトモな奴なんていない。彼等がレッスンルームを借りたとしても、擦りガラス式の個室であるのをイイことに女の人を連れ込んでみたり、酒や煙草、つまみなんかを持ち寄って宴会を開いたりと好き放題にしていることを僕は知っていた。
彼等が汚した部屋を片付けるのは、パシリである僕の役目だから。
成人しても尚ヤンキーの面を被り、大人になりきれない男達は、一度目をつけた弱者を飽きるまで嬲る。それが暴力に出ないだけ良い方だ。ストレスの捌け口とでも言わんばかりに貶され、彼等が校内で起こした不祥事は全て僕の責任として擦り付けられる。複数人の女性を個室に招き入れ、“どうだ”とばかりに勝ち誇った表情を浮かべる彼等を、恨まずにはいられなかった。
(僕はただ、真面目に勉強したいだけなのに――)
女の人に興味を抱かない訳ではない。彼女だって1人くらいは欲しい。
恋愛に積極的になれないのは、何時まで待っても訪れない“成長期”にある。20歳を迎えたのにも関わらず、身長160cmあるかないかの身体は、いくら運動しようにも筋肉がつかず、青白い。沢山食べて身体を大きくしようと試みても“大盛り定食”なんて夢のまた夢……多少無理して口に運んでも、すぐ吐き戻してしまうぐらい食が細いのだ。体毛も脱毛なんて不要なくらい薄く、ヒゲだって産毛ほど。比例してほしくはないが、それは下半身も同様であった。
自分自身が成長スピードの遅れを感じる分にはよかったのだが……中学校最後の思い出となる修学旅行で、親友に言われた『お前、女みてぇ』の言葉が脳裏に焼き付いて離れず、人前で肌を晒すのがトラウマにもなっていた。例え恋仲になったとしても、その先に進むことは不可能だろう。
(余計なこと考えていないで、早く戻らなきゃ……。またレッスン室、汚されちゃう)
凍った路面に気を配りながら寂れた商店街の角に出る。すると、珍しくこんもりと積もった雪の上に不釣り合いな――漆黒のモフモフとした物体がうずくまっていることに気づいた。
(あれは……?)
それは時折身を震わせ、ジリジリと自販機の傍へと擦り寄っていく。羽を広げたときに初めて分かったのだが……謎の物体の正体はカラスだった。
(なんだ、カラスか……)
カラスだと分かってしまえば今度は襲われるのが怖くなり、思わず距離を取る。だが、相手は冷たい北風が堪えるのか一鳴きもせず、動きも異常な程に鈍い。飛び上がろうとしても風に煽られては雪の上に着地しての繰り返しで、頭がすっかり白くなっていた。
「……大丈夫?」
普段の僕であれば、狂暴なカラスに話し掛けることなんて絶対にしないのに、冬毛に覆われた相手があんまりにも可愛く思えて、つい目線を合わせるようにしゃがみ込んでしまった。するとカラスの方も僕に興味を持ったのか、困ったような表情で見上げてきた。
そのつぶらな瞳は、僕に『助けて』と訴えかけているかのようだった。
「君、もしかして……寒すぎて飛べないの?」
ブルブルと震え続けるカラスに“してはいけない”と思いつつ、戦々恐々近づき、手袋を嵌めた手の平をそっと差し出せば――余程寒かったのだろう。相手は威嚇するどころか、布地に身体を擦りつけてきた。
(こんなに近くでカラスを見られるなんて……)
他の鳥と争ったのだろうか、それとも病気だろうか――専門家ではない僕にはよく分からないが、目の前の相手は、ところどころ羽が欠け、血が滲んでいた。人懐っこいこの子を放っておけなくて、パシリの途中だということを忘れ、スマホを取り出すと“明日の天気”で検索してみる。
気温さえ上がってくれるのなら、このままこの子を置いていこうと思っていたのに。
(明日も氷点下か……)
大寒波は週末まで続くらしい。弱り切っている相手は、この時期餌を食べているのかさえ疑問だった。
(仕方ない……)
僕がスマホを睨んでいるのが気になるのか、相手はこちらの膝上に飛び乗り、大きく羽を広げた。まるで『俺を連れて行け』と言わんばかりである。
「え!?あ、ちょ、ちょっと待って……お願いだから落ち着いてよう!!」
手にしていたビニール袋の中身――先輩に頼まれたスナック菓子の袋を見つけた相手がそれに一心不乱に齧りつく。その間にいくつかのキーワードを入力し、必要な情報を絞り込んだ。
(へぇ。カラスも“鳥獣保護法”っていうものの対象なんだ……)
とすれば、やはりどんなに弱っていても放っておくしか手立てはないのか――明日この道を通りかかったとき、こんなにも健気な相手が命を落としていたら。
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ある種の使命感に囚われた僕は、スマホを握りしめたまま、区役所の番号を押していたのだった。
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