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9 信じられない!
「申し訳ございません」
有力者に会うため、側近と共に馬車に乗り込んですぐ、アンジェリカたちと年の変わらない穏やかそうな青年は、大きな体を縮こまらせて頭を下げた。
「私に何か謝らなければならないことをしたの?」
アンジェリカは目を瞬かせた後、彼が謝る理由がわからなくて尋ねると、側近は頭を上げてうなずく。
「はい。私は側近だというのにヒウロ様の暴走を止めることができません」
「どうせ、自分は主人だからと権力を振りかざすのでしょう? ワミーの演技に騙されているヒウロのほうがおかしいと思うわ」
「実はそれだけではないのです」
肩を落とし俯いて話す側近に、アンジェリカは眉尻を下げる。
「彼は他に私に何か隠していることでもあるの?」
「領地運営の話をヒウロ様からお聞きになっているでしょうか」
「婚約者と言えど、私は伯爵家の娘だったから、詳しくは聞かないようにしていたわ。だから、平民のリーダーでもある有力者に会って話を色々と聞こうと思ったんだけど、何か良くないことでもあるの?」
「領民たちは比較的穏やかな人たちが多いんです。ですから今まで公になってこなかったのですが」
はっきりと結論を言わない側近にアンジェリカが眉をひそめた時、彼は勢いよく俯いていた顔を上げた。
「私の口から話すよりも見ていただいたほうがわかるはずです」
「そうね。口では説明しにくいこともあるでしょう」
アンジェリカはうなずくと、現在のライキ伯爵家内の仕事の割り振りについて、側近に説明を求めた。
数時間後、アンジェリカは地元の有力者の家の中に招かれた。有力者というのだから、ある程度大きな家に住んでいるのだろうと思っていた彼女だったが、まったく違っていた。木造の二階建ての家屋はアンジェリカたちが住んでいる家の、十分の一にも満たないくらいのものだった。
(他の平民の家よりも大きいとは思うけれど、あまり裕福そうには見えないわね。他の平民たちもボロボロの服を着ている人ばかりだったし、大きな穴が開いている家もあったわ。渡している資金が足りないんじゃないの?)
馬車の中で詳しい話を聞いたところ、ヒウロは自分の領地を四分割し、一人ずつリーダーを置いていた。そして、そのリーダーのことを有力者と呼んでいる。その有力者に資金を渡し、領民のために使うようにさせているのだが、ここに来るまでの道中に見た平民たちの様子を見ると、資金が足りているようには思えなかった。
アンジェリカたちを出迎えてくれた屈強な体格を持つ中年の男はエヒトと名乗り、彼女たちの来訪をとても喜んだ。
「今日は領主様はいらっしゃっていないのですね」
薄汚れたソファに座るように促され、アンジェリカは腰を下ろして謝る。
「ごめんなさい。主人は体調を壊してしまっているの。私だけじゃ話をしたくないかしら」
「とんでもないことでございます」
エヒトは何度も首を横に振って否定すると、アンジェリカの背後に立っている側近に、意味ありげな視線を送った。側近がうなずくと、エヒトは大きく息を吐いてから、前のめりになって話を始める。
「私としては奥様だけいらしてくださったのはとてもありがたいことです。実は、領主様にお話をしても信じてもらえないのです」
「どんなことかしら」
「我々は百日に一度、領主様から私達が暮らしやすい生活を送るために、道の整備や医療費としてお金をいただいているのです」
「それが足りないのかしら?」
「足りないというよりも減らされるのです」
「意味がわからないわ。どういうこと?」
アンジェリカが眉間のシワを深くすると、側近が補足説明をする。
「渡すお金をワミー様がヒウロ様の見ていないところで抜いているのです」
「どういうこと?」
「実は……」
側近が暗い顔で話すには、ワミーが現金を見たがり、それをヒウロが許す。ヒウロが誰かと話している間に、ワミーがその一部を抜いているというのだ。
「そんな馬鹿なことってあるの?」
「あるんです。お金をしっかり数えてから持って行っていますので、ヒウロ様は有力者がお金ほしさに嘘をついていると思い込んでいます」
「ワミーが疑わしいことは話したの?」
「話しましたが、嘘を吐いた上に、ワミー様に罪を着せようとした罰として次の資金を減らされたりするのです」
「信じられない話ね」
アンジェリカはこめかみをぐりぐりと押さえて続ける。
「推定でいいから被害額を教えてもらえる?」
「私の地域では、減額された金額を含め、この一年で五百万ドルンほどです」
フェカネス王国内で五百万ドルンの価値といえば、この地域の全ての家に十分な給付金を与えられる額だった。
「信じられない! それが本当なら最低な領主じゃないの!」
知ってしまった以上、困っている領民を捨てて自分だけ逃げるわけにはいかない。彼らが幸せになるまで見届けることはできないが、せめて自分がこの領内にいる間に、状況を変える手だけでも打っておこうと思った。
(どうせ、エヒトさんが嘘をついていると言うのでしょうけど)
この話が嘘だとは思っていないが、一応、ヒウロの言い分を聞いてから動こうと考えたアンジェリカは予定を変更して、ライキ伯爵邸に戻ることにした。
有力者に会うため、側近と共に馬車に乗り込んですぐ、アンジェリカたちと年の変わらない穏やかそうな青年は、大きな体を縮こまらせて頭を下げた。
「私に何か謝らなければならないことをしたの?」
アンジェリカは目を瞬かせた後、彼が謝る理由がわからなくて尋ねると、側近は頭を上げてうなずく。
「はい。私は側近だというのにヒウロ様の暴走を止めることができません」
「どうせ、自分は主人だからと権力を振りかざすのでしょう? ワミーの演技に騙されているヒウロのほうがおかしいと思うわ」
「実はそれだけではないのです」
肩を落とし俯いて話す側近に、アンジェリカは眉尻を下げる。
「彼は他に私に何か隠していることでもあるの?」
「領地運営の話をヒウロ様からお聞きになっているでしょうか」
「婚約者と言えど、私は伯爵家の娘だったから、詳しくは聞かないようにしていたわ。だから、平民のリーダーでもある有力者に会って話を色々と聞こうと思ったんだけど、何か良くないことでもあるの?」
「領民たちは比較的穏やかな人たちが多いんです。ですから今まで公になってこなかったのですが」
はっきりと結論を言わない側近にアンジェリカが眉をひそめた時、彼は勢いよく俯いていた顔を上げた。
「私の口から話すよりも見ていただいたほうがわかるはずです」
「そうね。口では説明しにくいこともあるでしょう」
アンジェリカはうなずくと、現在のライキ伯爵家内の仕事の割り振りについて、側近に説明を求めた。
数時間後、アンジェリカは地元の有力者の家の中に招かれた。有力者というのだから、ある程度大きな家に住んでいるのだろうと思っていた彼女だったが、まったく違っていた。木造の二階建ての家屋はアンジェリカたちが住んでいる家の、十分の一にも満たないくらいのものだった。
(他の平民の家よりも大きいとは思うけれど、あまり裕福そうには見えないわね。他の平民たちもボロボロの服を着ている人ばかりだったし、大きな穴が開いている家もあったわ。渡している資金が足りないんじゃないの?)
馬車の中で詳しい話を聞いたところ、ヒウロは自分の領地を四分割し、一人ずつリーダーを置いていた。そして、そのリーダーのことを有力者と呼んでいる。その有力者に資金を渡し、領民のために使うようにさせているのだが、ここに来るまでの道中に見た平民たちの様子を見ると、資金が足りているようには思えなかった。
アンジェリカたちを出迎えてくれた屈強な体格を持つ中年の男はエヒトと名乗り、彼女たちの来訪をとても喜んだ。
「今日は領主様はいらっしゃっていないのですね」
薄汚れたソファに座るように促され、アンジェリカは腰を下ろして謝る。
「ごめんなさい。主人は体調を壊してしまっているの。私だけじゃ話をしたくないかしら」
「とんでもないことでございます」
エヒトは何度も首を横に振って否定すると、アンジェリカの背後に立っている側近に、意味ありげな視線を送った。側近がうなずくと、エヒトは大きく息を吐いてから、前のめりになって話を始める。
「私としては奥様だけいらしてくださったのはとてもありがたいことです。実は、領主様にお話をしても信じてもらえないのです」
「どんなことかしら」
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「それが足りないのかしら?」
「足りないというよりも減らされるのです」
「意味がわからないわ。どういうこと?」
アンジェリカが眉間のシワを深くすると、側近が補足説明をする。
「渡すお金をワミー様がヒウロ様の見ていないところで抜いているのです」
「どういうこと?」
「実は……」
側近が暗い顔で話すには、ワミーが現金を見たがり、それをヒウロが許す。ヒウロが誰かと話している間に、ワミーがその一部を抜いているというのだ。
「そんな馬鹿なことってあるの?」
「あるんです。お金をしっかり数えてから持って行っていますので、ヒウロ様は有力者がお金ほしさに嘘をついていると思い込んでいます」
「ワミーが疑わしいことは話したの?」
「話しましたが、嘘を吐いた上に、ワミー様に罪を着せようとした罰として次の資金を減らされたりするのです」
「信じられない話ね」
アンジェリカはこめかみをぐりぐりと押さえて続ける。
「推定でいいから被害額を教えてもらえる?」
「私の地域では、減額された金額を含め、この一年で五百万ドルンほどです」
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「信じられない! それが本当なら最低な領主じゃないの!」
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