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第8話 思いが交錯する夜
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「い、いた…痛い」
両頬を同時に打たれ、ビューホ様は両手で頬をおさえて、その場にへなへなと崩れ落ちた。
「…情けない方ですわね。これくらいの事をされる覚悟もなく、今まで浮気を続けてきたわけですのね?」
「私の妹の恨みとラノアさんの痛み、それから私の私情を考えたら、あと1000回くらい殴りたいのだけれど…。でも、そんなにこの人に触りたくないし、トーマさんの事もありますから、後はビオラに任せるわ」
マチルダ様はそう言った後、フェルエン侯爵夫人に笑顔を向けた。
「任されましたわ。それからイボンヌ様、あなた、再三、忠告させていただきましたのに、反省という文字があなたの頭の中にはないようですわね?」
フェルエン侯爵夫人は涙目でしゃがみこんでいるイボンヌ様の前に立つと、胸の下で腕を組み彼女を見下ろしながら続ける。
「今回の件は当たり前の話ではありますけれど、あなたのお家にご連絡させていただきますから。まさか、フェルエン侯爵家主催のパーティーで堂々と浮気なさるだなんて思ってもいませんでしたわ。浮気だけでも常識知らずですのに…!」
「う、浮気ではありません! ただ、お話をさせていただいただけで…!」
イボンヌ様はポロポロと大粒の涙を目から流してしゃくりあげる。
「あなたの涙は男性には通じるかもしれませんけれど、わたくしには通じませんから」
そう言って、フェルエン侯爵夫人はトーマ様の耳を塞いだままのフェルエン侯爵に向かって尋ねる。
「もちろん婚約解消ですわよね?」
「……のつもりだが」
フェルエン侯爵がトーマ様の耳から手をはなすと、マチルダ様の旦那様もトーマ様の視界を遮るのをやめた。
「…一体、何があったんですか?」
自由になったトーマ様は、座り込んで泣いているイボンヌ様を見て困惑の表情を浮かべた。
「トーマ、イボンヌ様はまたあなたを裏切ったの。もう婚約は解消しましょう。あなたにはもっと良いご令嬢がいると思うわ」
「お、お待ち下さい! 私はトーマ様を裏切ってはおりません! 本当に、本当にお話をしていただけなんです!」
私は叫ぶイボンヌ様に近付き、トーマ様に聞こえないように彼女の耳元で囁く。
「イボンヌ様、申し訳ございませんが、その言葉は嘘だとわかっています。あなたが私の夫に、私と別れて自分を妻にしてほしいと話をしていらっしゃったのも聞いております」
「そ、そんなの嘘だわ。聞き間違いよ!」
「俺はイボンヌ嬢がそこにいる男に愛を囁いているのを見たし聞いたが、それについてはどう答える?」
マチルダ様の旦那様が冷たい声で尋ねると、イボンヌ様が声にならない声を上げてから呟く。
「ど…、どうして、イシュル公爵閣下が…!」
「あら、私がいるんだから一緒にいてもおかしくないでしょう。ジェリーだっているわよ?」
マチルダ様はそう言って、ジェリー様とイシュル公爵閣下の横に立った。
そして、その瞬間、その事実がわかっていた事だったのに立ちくらみがした。
体が崩れ落ちそうになったところを、ジェリー様が支えてくれた。
「大丈夫か!?」
「ラノアさん、しっかり! それはそうなるわよね。新婚なのに、自分の夫に愛人が何人もいるだなんて知ったら…」
マチルダ様が私の手を優しく握って慰めてくれる。
…それもそうなんですが、ジェリー様が公爵令息だった事や、マチルダ様が公爵夫人だった事の方がショックがお大きいんです…。
そこまで思ったところで、自分がジェリー様に支えられている事を思い出し、慌てて体を離し、2人の前に跪いた。
「今までのご無礼を何卒、お許しくださいませ」
「……そうなると思ったから言うのを渋ってたのもあるんだ。やめてくれ。俺と君はもう友達だ」
「公爵令息のジェリー様とお友達だなんて…!」
「ラノアさん、その話は後でゆっくりしましょう。それよりも今は、あなたの夫をどうするかだわ」
マチルダ様に促され、顔を上げてゆっくりと立ち上がると、また倒れるかもしれないと心配してくれているのか、ジェリー様が心配そうに私を見た。
「先程はありがとうございました。もう大丈夫です」
力ない笑みを向けたところで、ビューホ様が私に助けを求めてくる。
「ラノア! どうして君が公爵閣下達と一緒にいるんだ? それと、どんな話を耳にしたかわからないが、俺には君しかいないんだ! わかるだろう!?」
「わかりません」
これに関しては遠慮なく、否定させていただいた。
だって、私しかいないなんて絶対に嘘だもの。
「あなたは初夜の時に仰られましたよね? 私の事はお飾りの妻だと」
「そ、そんな過去の話を持ち出さないでくれ。今の俺には君しかいないんだ」
今の俺には…ですか。
そうですよね。
私しかいないんでしょうね…。
「ビューホ様…?」
君しかいない発言に引っかかったのは私だけではなくイボンヌ様もだった。
先程まで泣いていたイボンヌ様だったのに、もう自分の立場が良くない事を忘れてしまったみたいで、ビューホ様に向かって叫ぶ。
「先程は奥様の事はお金が目当てだと仰られていたじゃないですか…!」
「そ、それは…、その…」
フェルエン侯爵令息の婚約者はたしか、私と同じ伯爵家だったはず。
イボンヌ様の浮気で婚約解消となったりしたら、フェルエン侯爵家から慰謝料を請求されてもおかしくないけれど、伯爵家が侯爵家を裏切った事が社交界に流れたら、確実にイボンヌ様のお家の信用性が失われるでしょうに、イボンヌ様はそれがわかっていない様だった。
黙り込んだままのトーマ様を見てみると、とても傷付いた顔をしていた。
こんな顔を見てしまったら、先程、知り合ったばかりの私でも辛いのに、ご両親であるフェルエン侯爵夫妻が許すわけがないわ。
「トーマ様、私の夫が申し訳ございませんでした」
「トライト伯爵夫人は悪くない。あなたもショックだったんだろ? 顔色が本当に悪い。あなたに責任はとわないから休んだ方がいい」
私に優しい目を向けてくれたトーマ様の声は震えていて、泣くのをこらえているのだとわかった。
子供だからこそ、裏切りになれていないから余計に辛いはず。
私にとってはビューホ様がイボンヌ様に愛を囁いていた事なんかよりもずっと、トーマ様のこの姿を見るほうが辛かった。
「とにかく場所を変えよう。ここだと誰に聞かれるかわからないからな。こうなるだろうと予測はしていたから、話し合いの場所は用意してある」
フェルエン侯爵に促され、私達はバルコニーからフェルエン侯爵閣下が用意してくださった部屋に移動して、話し合いをする事になったのだった
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両頬を同時に打たれ、ビューホ様は両手で頬をおさえて、その場にへなへなと崩れ落ちた。
「…情けない方ですわね。これくらいの事をされる覚悟もなく、今まで浮気を続けてきたわけですのね?」
「私の妹の恨みとラノアさんの痛み、それから私の私情を考えたら、あと1000回くらい殴りたいのだけれど…。でも、そんなにこの人に触りたくないし、トーマさんの事もありますから、後はビオラに任せるわ」
マチルダ様はそう言った後、フェルエン侯爵夫人に笑顔を向けた。
「任されましたわ。それからイボンヌ様、あなた、再三、忠告させていただきましたのに、反省という文字があなたの頭の中にはないようですわね?」
フェルエン侯爵夫人は涙目でしゃがみこんでいるイボンヌ様の前に立つと、胸の下で腕を組み彼女を見下ろしながら続ける。
「今回の件は当たり前の話ではありますけれど、あなたのお家にご連絡させていただきますから。まさか、フェルエン侯爵家主催のパーティーで堂々と浮気なさるだなんて思ってもいませんでしたわ。浮気だけでも常識知らずですのに…!」
「う、浮気ではありません! ただ、お話をさせていただいただけで…!」
イボンヌ様はポロポロと大粒の涙を目から流してしゃくりあげる。
「あなたの涙は男性には通じるかもしれませんけれど、わたくしには通じませんから」
そう言って、フェルエン侯爵夫人はトーマ様の耳を塞いだままのフェルエン侯爵に向かって尋ねる。
「もちろん婚約解消ですわよね?」
「……のつもりだが」
フェルエン侯爵がトーマ様の耳から手をはなすと、マチルダ様の旦那様もトーマ様の視界を遮るのをやめた。
「…一体、何があったんですか?」
自由になったトーマ様は、座り込んで泣いているイボンヌ様を見て困惑の表情を浮かべた。
「トーマ、イボンヌ様はまたあなたを裏切ったの。もう婚約は解消しましょう。あなたにはもっと良いご令嬢がいると思うわ」
「お、お待ち下さい! 私はトーマ様を裏切ってはおりません! 本当に、本当にお話をしていただけなんです!」
私は叫ぶイボンヌ様に近付き、トーマ様に聞こえないように彼女の耳元で囁く。
「イボンヌ様、申し訳ございませんが、その言葉は嘘だとわかっています。あなたが私の夫に、私と別れて自分を妻にしてほしいと話をしていらっしゃったのも聞いております」
「そ、そんなの嘘だわ。聞き間違いよ!」
「俺はイボンヌ嬢がそこにいる男に愛を囁いているのを見たし聞いたが、それについてはどう答える?」
マチルダ様の旦那様が冷たい声で尋ねると、イボンヌ様が声にならない声を上げてから呟く。
「ど…、どうして、イシュル公爵閣下が…!」
「あら、私がいるんだから一緒にいてもおかしくないでしょう。ジェリーだっているわよ?」
マチルダ様はそう言って、ジェリー様とイシュル公爵閣下の横に立った。
そして、その瞬間、その事実がわかっていた事だったのに立ちくらみがした。
体が崩れ落ちそうになったところを、ジェリー様が支えてくれた。
「大丈夫か!?」
「ラノアさん、しっかり! それはそうなるわよね。新婚なのに、自分の夫に愛人が何人もいるだなんて知ったら…」
マチルダ様が私の手を優しく握って慰めてくれる。
…それもそうなんですが、ジェリー様が公爵令息だった事や、マチルダ様が公爵夫人だった事の方がショックがお大きいんです…。
そこまで思ったところで、自分がジェリー様に支えられている事を思い出し、慌てて体を離し、2人の前に跪いた。
「今までのご無礼を何卒、お許しくださいませ」
「……そうなると思ったから言うのを渋ってたのもあるんだ。やめてくれ。俺と君はもう友達だ」
「公爵令息のジェリー様とお友達だなんて…!」
「ラノアさん、その話は後でゆっくりしましょう。それよりも今は、あなたの夫をどうするかだわ」
マチルダ様に促され、顔を上げてゆっくりと立ち上がると、また倒れるかもしれないと心配してくれているのか、ジェリー様が心配そうに私を見た。
「先程はありがとうございました。もう大丈夫です」
力ない笑みを向けたところで、ビューホ様が私に助けを求めてくる。
「ラノア! どうして君が公爵閣下達と一緒にいるんだ? それと、どんな話を耳にしたかわからないが、俺には君しかいないんだ! わかるだろう!?」
「わかりません」
これに関しては遠慮なく、否定させていただいた。
だって、私しかいないなんて絶対に嘘だもの。
「あなたは初夜の時に仰られましたよね? 私の事はお飾りの妻だと」
「そ、そんな過去の話を持ち出さないでくれ。今の俺には君しかいないんだ」
今の俺には…ですか。
そうですよね。
私しかいないんでしょうね…。
「ビューホ様…?」
君しかいない発言に引っかかったのは私だけではなくイボンヌ様もだった。
先程まで泣いていたイボンヌ様だったのに、もう自分の立場が良くない事を忘れてしまったみたいで、ビューホ様に向かって叫ぶ。
「先程は奥様の事はお金が目当てだと仰られていたじゃないですか…!」
「そ、それは…、その…」
フェルエン侯爵令息の婚約者はたしか、私と同じ伯爵家だったはず。
イボンヌ様の浮気で婚約解消となったりしたら、フェルエン侯爵家から慰謝料を請求されてもおかしくないけれど、伯爵家が侯爵家を裏切った事が社交界に流れたら、確実にイボンヌ様のお家の信用性が失われるでしょうに、イボンヌ様はそれがわかっていない様だった。
黙り込んだままのトーマ様を見てみると、とても傷付いた顔をしていた。
こんな顔を見てしまったら、先程、知り合ったばかりの私でも辛いのに、ご両親であるフェルエン侯爵夫妻が許すわけがないわ。
「トーマ様、私の夫が申し訳ございませんでした」
「トライト伯爵夫人は悪くない。あなたもショックだったんだろ? 顔色が本当に悪い。あなたに責任はとわないから休んだ方がいい」
私に優しい目を向けてくれたトーマ様の声は震えていて、泣くのをこらえているのだとわかった。
子供だからこそ、裏切りになれていないから余計に辛いはず。
私にとってはビューホ様がイボンヌ様に愛を囁いていた事なんかよりもずっと、トーマ様のこの姿を見るほうが辛かった。
「とにかく場所を変えよう。ここだと誰に聞かれるかわからないからな。こうなるだろうと予測はしていたから、話し合いの場所は用意してある」
フェルエン侯爵に促され、私達はバルコニーからフェルエン侯爵閣下が用意してくださった部屋に移動して、話し合いをする事になったのだった
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