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1 白い結婚
カダマオ公爵家はコウク王国内で三大公爵家と呼ばれるうちの一つである。
そして、フェルリアが嫁ぐことになったジェラスは、その若き当主だ。
現在、24歳のジェラスは18歳の時に恋愛結婚をしたが、その4年後に妻を病で亡くしている。
1年は喪に服し、昨年になってジェラスは妻を探し始めたが、後妻になりたいという人物は現れなかった。
そこで手を挙げたのが、フェルリアの姉のラミーだった。
ラミーはレモン色の髪にピンク色の瞳を持つ、童顔で小柄だがグラマーな女性だ。彼女の婚約者になりたがる男性は多かったが、皆、父が断ってきた。
それなのにジェラスとの縁談の話が進んだのは、ラミーが希望したからだった。
(スタイルが良くて顔もいい人だから、面食いのお姉様はジェラス様との結婚を望んだはず。それなのにどうして私に押し付けてきたのかしら)
カダマオ公爵家に向かう馬車の中で、フェルリアは考えを巡らせる。
先日、ラミーがカダマオ邸に行ったことは知っていた。その時に、よっぽど嫌なことがあったのだろう。そう思って聞いてみても、ラミーは笑うだけで答えてはくれなかった。
(私がキックスを忘れられないことを許してくれるようだし、彼も前妻を忘れられないのかもしれない。お姉様はそう言われて結婚が嫌になったのかしら)
フェルリアにはキックス・カウンという婚約者がいた。3歳年上で王宮騎士団に所属していた彼は、2年前、王女の護衛中に行方不明になった。
運よく助かった王女は、目的地に行く道中の山道で山賊が現れて彼を連れ去ったのだと言った。
他の騎士は全て殺されたのに、なぜキックスだけは生かして連れて行ったのか。
身代金目的狙いという考えも出たが、まったく連絡はなかったし、それなら王女を狙うだろうということで、身代金目的の線は消えた。
カウン公爵は兵士を率いて山賊の根拠を叩いたが、キックスは見つからなかった。
それだけでなく、山賊はキックスを連れ去った覚えなどないと訴えたのだ。
真相がわかり、遺体が見つかったのなら、フェルリアも諦めることができた。だが、謎ばかりで彼が死んだという証拠は見つからない。
ゆっくりと目を閉じて、彼とお揃いで買ったプラチナのブレスレットに触れた。
トップはお互いの目の色の丸い石を使って作ってもらった、オーダーメイド品だ。
フェルリアは右手首、キックスは左手首に付けて手をつないだ時に、お揃いだとわかるようにした。
(私の前では嫌がっていたけど、なんだかんだ言って、ずっと付けていてくれていたのよね)
フェルリアの前では『こういうのは苦手なんだがな』と言いながらも、大事な任務の時にはいつも付けていたのだと、同僚から聞いた。
キックスは口が悪かった。だが、素行が悪いわけでもなく、幼なじみでもあるフェルリアを大事にしていた。婚約が決まったのも、彼が望んだからだ。
『フェルリア様を残して失踪するはずがない』
自ら失踪したという説は、キックスのことを知る誰もが否定した。
彼の生死がわかるまで、ずっと待ち続けるつもりだった。相手は公爵家だから、父も強気に出ることはできないと思い込んでいた。
(こうなってしまった以上、ジェラス様が誠実な人なら、私もちゃんと向き合わなくちゃ)
公爵邸に着いたらブレスレットを外そうと考えたあと、気持ちを切り替えるため、今度は勢いよく目を開けた。
そして、横に置いていた書類を手に取った。フェルリアが作った仕事のマニュアル書だ。このマニュアル書を、父が勝手にフェルリアの部屋に入って盗み見ていたことを知っていた。
「もう何年も盗み見てるんだもの。さすがに覚えましたよね?」
フェルリアはつぶやくと、マニュアル書を躊躇なく破いた。
******
イミタ邸を出て2日後の昼に、目的地に着いた。
朝方まで降っていた雨は昼前には止み、青空が見えている。
カダマオ公爵邸は三階建ての横に広い洋館だった。屋敷の周りを庭園がぐるりと囲み、庭園の周りは2メートルほどの石の塀が侵入しようとするものを阻んでいる。
唯一の出入り口である正門は重厚な鉄の扉でできており、開閉をするには一般的な女性一人の力では難しい。
フェルリアが乗ってきた馬車にはイミタ家の家紋が施されていたため、御者がフェルリアを乗せてきたことを伝えると、すんなり中に入ることができた。
屋敷に続くアプローチの左右には、色とりどりの花が咲き誇っており、向かって右手側には、白い屋根の二階建ての家が見えた。
(あの家は何のためにあるのかしら。お客様用?)
フェルリアなりの答えが出ないうちに、馬車はポーチに着き、御者が扉を開けた。手を借りて降り立つと、若いドアマンが恭しく頭を下げる。
「奥様、お待ちしておりました」
「フェルリアよ。これからよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。さあ、中へどうぞ」
大きな木製の2枚扉をドアマンが開け放つと、真正面に赤いカーペットが敷かれた大階段が見えた。
柔らかそうな茶色のカーペットが階段手前から屋敷の奥まで続いている。
ヒールだと足を取られそうだと思いながら、フェルリアは慎重に中に足を踏み入れた。
思っていた通り、カーペットは沈み込むほどの弾力だった。
メイドが駆け寄ってきて「応接室にご案内いたします」とフェルリアに言った。
(応接室?)
と引っ掛かりはしたものの、メイドの後に付いて歩く。
廊下には優しいタッチの風景画が飾られている。絵から伝わってくる心の温かさが感じられるような気がして、フェルリアの緊張が少しだけほぐれた。
通された応接室は、暖炉と二人掛けのソファが二つ。ソファの間に木製のローテーブルがあるだけの殺風景な部屋だった。
座って待つように言われたため、ソファに腰掛け、今のうちにとブレスレットを外して、持参していた小袋にしまった。十数分後、応接室にジェラスが入ってきた。
長身で引き締まった体を持つジェラスは、後ろで一つにまとめた金色の長い髪を揺らしながら、フェルリアに詫びる。
「遅くなってすまなかった」
「とんでもないことでございます。あの、ジェラス様、今日から」
よろしくお願いいたします。
立ち上がって、そう言おうとしたが、ジェラスによって阻まれる。
「話は聞いていると思うが、あなたは世間体の妻だ。私に愛や情を求めるのはやめてくれ。迷惑だ」
「……そうですか」
(お父様からそんな話は聞いていないわよ。お姉様が嫁に行くのを嫌がった理由はこれでわかったわね)
「とにかく座ってくれ」
ジェラスはフェルリアの正面に腰を下ろして言った。促されるままソファに座ると、ジェラスはつり目気味の細い目をより細めて続ける。
「あなたには色々と頼みがある。役目を果たしてくれたのなら、望みはできるだけ叶えてやる」
「……役目とは何でしょうか」
「私には娘がいる」
「……はい?」
ジェラスに子供がいるという話は聞いていなかった。フェルリアが驚いて聞き返すと、ジェラスは耳に心地好いバリトンボイスで答えた。
「公にしていないが、私とミレイヤの子でミレイラという娘がいる」
「ど、どうして、公にされていないんですか?」
「娘は跡継ぎになれない。それに、ミレイラは私からミレイヤを奪ったからだ」
ジェラスは目を吊り上げて答えた。
「奪った……ですか」
(どういうこと? ミレイヤ様はたしか体が弱くて子供は産めないと言われていたはずよ。無理矢理産ませたの? でも、それなら奪ったとは言わないわよね)
困惑した様子のフェルリアを見て、ジェラスは失笑する。
「驚くのも無理はない。とにかく娘と会わせよう」
「それは光栄ですが、まず先に聞いておきたいことがあります。私に頼みたいこととは何なのですか?」
「ああ、そうだな。全ては無理だが、今話ができる分だけ話をしておこう」
ジェラスはテーブルの端に置かれていた呼び鈴に伸ばした手を引っ込め、前のめりになってフェルリアを見つめた。
「先程も言ったが、君はお飾りの妻だ。そのことについて文句を言わないでほしい」
「承知いたしました」
「それから、娘がいることと、後で会わせる人たちには十分に尽くすこと」
「その件につきましては、どのような方かわかりませんので今は承諾しかねます」
こんな答えが返ってくると思っていなかったのか、ジェラスの表情が歪んだ。普通ならば、ここで彼の機嫌を損ねてしまったと焦りを見せる人は多い。だが、フェルリアに怯んだ様子は見えない。
室内に張り詰めた空気が漂ったが、ジェラスが折れて口を開く。
「……そうか。なら、やっぱり先に顔合わせをするほうがいい。まずはミレイラを呼ぼう」
そう言って、ジェラスは呼び鈴を鳴らした。
そして、フェルリアが嫁ぐことになったジェラスは、その若き当主だ。
現在、24歳のジェラスは18歳の時に恋愛結婚をしたが、その4年後に妻を病で亡くしている。
1年は喪に服し、昨年になってジェラスは妻を探し始めたが、後妻になりたいという人物は現れなかった。
そこで手を挙げたのが、フェルリアの姉のラミーだった。
ラミーはレモン色の髪にピンク色の瞳を持つ、童顔で小柄だがグラマーな女性だ。彼女の婚約者になりたがる男性は多かったが、皆、父が断ってきた。
それなのにジェラスとの縁談の話が進んだのは、ラミーが希望したからだった。
(スタイルが良くて顔もいい人だから、面食いのお姉様はジェラス様との結婚を望んだはず。それなのにどうして私に押し付けてきたのかしら)
カダマオ公爵家に向かう馬車の中で、フェルリアは考えを巡らせる。
先日、ラミーがカダマオ邸に行ったことは知っていた。その時に、よっぽど嫌なことがあったのだろう。そう思って聞いてみても、ラミーは笑うだけで答えてはくれなかった。
(私がキックスを忘れられないことを許してくれるようだし、彼も前妻を忘れられないのかもしれない。お姉様はそう言われて結婚が嫌になったのかしら)
フェルリアにはキックス・カウンという婚約者がいた。3歳年上で王宮騎士団に所属していた彼は、2年前、王女の護衛中に行方不明になった。
運よく助かった王女は、目的地に行く道中の山道で山賊が現れて彼を連れ去ったのだと言った。
他の騎士は全て殺されたのに、なぜキックスだけは生かして連れて行ったのか。
身代金目的狙いという考えも出たが、まったく連絡はなかったし、それなら王女を狙うだろうということで、身代金目的の線は消えた。
カウン公爵は兵士を率いて山賊の根拠を叩いたが、キックスは見つからなかった。
それだけでなく、山賊はキックスを連れ去った覚えなどないと訴えたのだ。
真相がわかり、遺体が見つかったのなら、フェルリアも諦めることができた。だが、謎ばかりで彼が死んだという証拠は見つからない。
ゆっくりと目を閉じて、彼とお揃いで買ったプラチナのブレスレットに触れた。
トップはお互いの目の色の丸い石を使って作ってもらった、オーダーメイド品だ。
フェルリアは右手首、キックスは左手首に付けて手をつないだ時に、お揃いだとわかるようにした。
(私の前では嫌がっていたけど、なんだかんだ言って、ずっと付けていてくれていたのよね)
フェルリアの前では『こういうのは苦手なんだがな』と言いながらも、大事な任務の時にはいつも付けていたのだと、同僚から聞いた。
キックスは口が悪かった。だが、素行が悪いわけでもなく、幼なじみでもあるフェルリアを大事にしていた。婚約が決まったのも、彼が望んだからだ。
『フェルリア様を残して失踪するはずがない』
自ら失踪したという説は、キックスのことを知る誰もが否定した。
彼の生死がわかるまで、ずっと待ち続けるつもりだった。相手は公爵家だから、父も強気に出ることはできないと思い込んでいた。
(こうなってしまった以上、ジェラス様が誠実な人なら、私もちゃんと向き合わなくちゃ)
公爵邸に着いたらブレスレットを外そうと考えたあと、気持ちを切り替えるため、今度は勢いよく目を開けた。
そして、横に置いていた書類を手に取った。フェルリアが作った仕事のマニュアル書だ。このマニュアル書を、父が勝手にフェルリアの部屋に入って盗み見ていたことを知っていた。
「もう何年も盗み見てるんだもの。さすがに覚えましたよね?」
フェルリアはつぶやくと、マニュアル書を躊躇なく破いた。
******
イミタ邸を出て2日後の昼に、目的地に着いた。
朝方まで降っていた雨は昼前には止み、青空が見えている。
カダマオ公爵邸は三階建ての横に広い洋館だった。屋敷の周りを庭園がぐるりと囲み、庭園の周りは2メートルほどの石の塀が侵入しようとするものを阻んでいる。
唯一の出入り口である正門は重厚な鉄の扉でできており、開閉をするには一般的な女性一人の力では難しい。
フェルリアが乗ってきた馬車にはイミタ家の家紋が施されていたため、御者がフェルリアを乗せてきたことを伝えると、すんなり中に入ることができた。
屋敷に続くアプローチの左右には、色とりどりの花が咲き誇っており、向かって右手側には、白い屋根の二階建ての家が見えた。
(あの家は何のためにあるのかしら。お客様用?)
フェルリアなりの答えが出ないうちに、馬車はポーチに着き、御者が扉を開けた。手を借りて降り立つと、若いドアマンが恭しく頭を下げる。
「奥様、お待ちしておりました」
「フェルリアよ。これからよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。さあ、中へどうぞ」
大きな木製の2枚扉をドアマンが開け放つと、真正面に赤いカーペットが敷かれた大階段が見えた。
柔らかそうな茶色のカーペットが階段手前から屋敷の奥まで続いている。
ヒールだと足を取られそうだと思いながら、フェルリアは慎重に中に足を踏み入れた。
思っていた通り、カーペットは沈み込むほどの弾力だった。
メイドが駆け寄ってきて「応接室にご案内いたします」とフェルリアに言った。
(応接室?)
と引っ掛かりはしたものの、メイドの後に付いて歩く。
廊下には優しいタッチの風景画が飾られている。絵から伝わってくる心の温かさが感じられるような気がして、フェルリアの緊張が少しだけほぐれた。
通された応接室は、暖炉と二人掛けのソファが二つ。ソファの間に木製のローテーブルがあるだけの殺風景な部屋だった。
座って待つように言われたため、ソファに腰掛け、今のうちにとブレスレットを外して、持参していた小袋にしまった。十数分後、応接室にジェラスが入ってきた。
長身で引き締まった体を持つジェラスは、後ろで一つにまとめた金色の長い髪を揺らしながら、フェルリアに詫びる。
「遅くなってすまなかった」
「とんでもないことでございます。あの、ジェラス様、今日から」
よろしくお願いいたします。
立ち上がって、そう言おうとしたが、ジェラスによって阻まれる。
「話は聞いていると思うが、あなたは世間体の妻だ。私に愛や情を求めるのはやめてくれ。迷惑だ」
「……そうですか」
(お父様からそんな話は聞いていないわよ。お姉様が嫁に行くのを嫌がった理由はこれでわかったわね)
「とにかく座ってくれ」
ジェラスはフェルリアの正面に腰を下ろして言った。促されるままソファに座ると、ジェラスはつり目気味の細い目をより細めて続ける。
「あなたには色々と頼みがある。役目を果たしてくれたのなら、望みはできるだけ叶えてやる」
「……役目とは何でしょうか」
「私には娘がいる」
「……はい?」
ジェラスに子供がいるという話は聞いていなかった。フェルリアが驚いて聞き返すと、ジェラスは耳に心地好いバリトンボイスで答えた。
「公にしていないが、私とミレイヤの子でミレイラという娘がいる」
「ど、どうして、公にされていないんですか?」
「娘は跡継ぎになれない。それに、ミレイラは私からミレイヤを奪ったからだ」
ジェラスは目を吊り上げて答えた。
「奪った……ですか」
(どういうこと? ミレイヤ様はたしか体が弱くて子供は産めないと言われていたはずよ。無理矢理産ませたの? でも、それなら奪ったとは言わないわよね)
困惑した様子のフェルリアを見て、ジェラスは失笑する。
「驚くのも無理はない。とにかく娘と会わせよう」
「それは光栄ですが、まず先に聞いておきたいことがあります。私に頼みたいこととは何なのですか?」
「ああ、そうだな。全ては無理だが、今話ができる分だけ話をしておこう」
ジェラスはテーブルの端に置かれていた呼び鈴に伸ばした手を引っ込め、前のめりになってフェルリアを見つめた。
「先程も言ったが、君はお飾りの妻だ。そのことについて文句を言わないでほしい」
「承知いたしました」
「それから、娘がいることと、後で会わせる人たちには十分に尽くすこと」
「その件につきましては、どのような方かわかりませんので今は承諾しかねます」
こんな答えが返ってくると思っていなかったのか、ジェラスの表情が歪んだ。普通ならば、ここで彼の機嫌を損ねてしまったと焦りを見せる人は多い。だが、フェルリアに怯んだ様子は見えない。
室内に張り詰めた空気が漂ったが、ジェラスが折れて口を開く。
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