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7 焦るでしょうね
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「リミアリア」
どこか愛おしげに自分の名を呼ぶ声が聞こえ、リミアリアは重いまぶたをゆっくりと開いた。
「起きたか? 疲れてるのはわかるが、寝るならベッドで寝ろ。ほら、目的地に着いたぞ」
「も、申し訳ございません!」
目を瞬かせた後、状況を把握したリミアリアは、アドルファスに預けていた体を慌てて離した。
繁華街に着く手前で、馬車を乗り換えており、その時に御者台からキャビンに移っていた。
目的地までは馬車で三時間程あり、リミアリアは途中で眠ってしまった。
そんな彼女にアドルファスが自分の着ていた外套をかけてやると、無意識にリミアリアは彼の身体に身を預けていたのだ。
「気にすんな。疲れてたんだろう」
「で、ですが、第二王子殿下になんてことを!」
「そんなの今さらだろ。学園時代のお前はどこいった?」
呆れた顔で見つめられ、リミアリアはアドルファスとの過去のやり取りを思い出す。
クラブでは毒草について調べるだけでなく、解毒剤の作り方も学んでいた。
10代前半のアドルファスは、ヤンチャだった。
解毒剤の作り方を講師に教えてもらうと、講師が席を外している間にわざと毒を飲んで解毒剤の効果を確かめていた。
その度にリミアリアが説教をしていたのだ。
アドルファスは双子の兄とはとても仲が良いが、兄ばかり優先され、自分は必要とされていない人間なのだと無意識に思っていたところがある。
幼い頃のリミアリアは、そんな彼の気持ちを感じ取り『アドルファス様に死んでほしくないから、馬鹿なことはやめて』と、彼の側近候補たちと共に訴え続けた。
成長していくうちに、アドルファスもそんな馬鹿なことはやめたが、リミアリアがいなければ、未だに負の感情が残っていたかもしれない。
「昔のアドルファス様って、本当に愛に飢えていましたよね」
「うるせぇな。ほら、とっとと降りろ」
アドルファスはリミアリアよりも先に馬車から降り、不機嫌そうな顔で彼女に手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
アドルファスの手を借りて、馬車から降りたリミアリアは、目の前に建っている新居を見つめた。
三階建ての木造の洋館で、客室は全部で二十以上ある。
一人で住むには大きすぎるが、近いうちにここに住む人数が増えるため、ちょうどいいくらいだ。
邸の周りには長年放置された庭と木の塀があり、少しずつ綺麗にしていく予定だった。
リミアリアの新居はイランデス伯爵領と王都の境界線に近い場所にある。
この地に決めたのは、領地視察をした際に治安が良かったことや、何かあっても川にかかる橋を渡れば、すぐに王都に逃げられるというメリットがあったからだ。
リミアリアの横に立ち、屋敷を眺めながらアドルファスが尋ねる。
「イランデス伯爵家に勤めている使用人や兵士たちは、ここで働くんだよな?」
「はい。みんな、住み込みが可能なら、今よりも給料が低くなってもいいと言ってくれたんです」
リミアリアはこの一年の間に解毒剤を作り、販売できる資格を取った。
万が一のためにと、解毒剤を手元に置いておこうとする貴族が多く、高値で売ることができるため、今のところ、お金に困ることはない。
「たくさん儲けて、みんなにイランデス伯爵邸で働いていた時よりも多くのお給料を支払い、この屋敷や周辺の地域を住みやすい場所に変えたいと思います」
「そうか」
自分を優しく見つめるアドルファスに、リミアリアは微笑む。
「良かったら中に入りませんか。まだ、中には誰もいませんが、住めるように最低限のものは揃えているんです。お茶くらいは出せます」
「……じゃあ、お言葉に甘えるかな」
護衛騎士たちと共に、邸に続く石畳のアプローチを歩きながら、リミアリアはアドルファスに尋ねる。
「この後はどうするおつもりなんですか?」
「そうだな。まずはカビルたちと合流してから、エマオに手紙を送る」
「手紙ですか?」
「ああ。まだ、リミアリアとエマオの離婚は公にされてない。離婚のことは知らないふりをして、エマオの妻のリミアリアとは親しい仲だから、ぜひ会って話したいって内容の手紙を送りつける」
「その手紙を読んだら、エマオ様は焦るでしょうね」
「だろうな」
苦笑するリミアリアを見て、アドルファスは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
どこか愛おしげに自分の名を呼ぶ声が聞こえ、リミアリアは重いまぶたをゆっくりと開いた。
「起きたか? 疲れてるのはわかるが、寝るならベッドで寝ろ。ほら、目的地に着いたぞ」
「も、申し訳ございません!」
目を瞬かせた後、状況を把握したリミアリアは、アドルファスに預けていた体を慌てて離した。
繁華街に着く手前で、馬車を乗り換えており、その時に御者台からキャビンに移っていた。
目的地までは馬車で三時間程あり、リミアリアは途中で眠ってしまった。
そんな彼女にアドルファスが自分の着ていた外套をかけてやると、無意識にリミアリアは彼の身体に身を預けていたのだ。
「気にすんな。疲れてたんだろう」
「で、ですが、第二王子殿下になんてことを!」
「そんなの今さらだろ。学園時代のお前はどこいった?」
呆れた顔で見つめられ、リミアリアはアドルファスとの過去のやり取りを思い出す。
クラブでは毒草について調べるだけでなく、解毒剤の作り方も学んでいた。
10代前半のアドルファスは、ヤンチャだった。
解毒剤の作り方を講師に教えてもらうと、講師が席を外している間にわざと毒を飲んで解毒剤の効果を確かめていた。
その度にリミアリアが説教をしていたのだ。
アドルファスは双子の兄とはとても仲が良いが、兄ばかり優先され、自分は必要とされていない人間なのだと無意識に思っていたところがある。
幼い頃のリミアリアは、そんな彼の気持ちを感じ取り『アドルファス様に死んでほしくないから、馬鹿なことはやめて』と、彼の側近候補たちと共に訴え続けた。
成長していくうちに、アドルファスもそんな馬鹿なことはやめたが、リミアリアがいなければ、未だに負の感情が残っていたかもしれない。
「昔のアドルファス様って、本当に愛に飢えていましたよね」
「うるせぇな。ほら、とっとと降りろ」
アドルファスはリミアリアよりも先に馬車から降り、不機嫌そうな顔で彼女に手を差し伸べる。
「ありがとうございます」
アドルファスの手を借りて、馬車から降りたリミアリアは、目の前に建っている新居を見つめた。
三階建ての木造の洋館で、客室は全部で二十以上ある。
一人で住むには大きすぎるが、近いうちにここに住む人数が増えるため、ちょうどいいくらいだ。
邸の周りには長年放置された庭と木の塀があり、少しずつ綺麗にしていく予定だった。
リミアリアの新居はイランデス伯爵領と王都の境界線に近い場所にある。
この地に決めたのは、領地視察をした際に治安が良かったことや、何かあっても川にかかる橋を渡れば、すぐに王都に逃げられるというメリットがあったからだ。
リミアリアの横に立ち、屋敷を眺めながらアドルファスが尋ねる。
「イランデス伯爵家に勤めている使用人や兵士たちは、ここで働くんだよな?」
「はい。みんな、住み込みが可能なら、今よりも給料が低くなってもいいと言ってくれたんです」
リミアリアはこの一年の間に解毒剤を作り、販売できる資格を取った。
万が一のためにと、解毒剤を手元に置いておこうとする貴族が多く、高値で売ることができるため、今のところ、お金に困ることはない。
「たくさん儲けて、みんなにイランデス伯爵邸で働いていた時よりも多くのお給料を支払い、この屋敷や周辺の地域を住みやすい場所に変えたいと思います」
「そうか」
自分を優しく見つめるアドルファスに、リミアリアは微笑む。
「良かったら中に入りませんか。まだ、中には誰もいませんが、住めるように最低限のものは揃えているんです。お茶くらいは出せます」
「……じゃあ、お言葉に甘えるかな」
護衛騎士たちと共に、邸に続く石畳のアプローチを歩きながら、リミアリアはアドルファスに尋ねる。
「この後はどうするおつもりなんですか?」
「そうだな。まずはカビルたちと合流してから、エマオに手紙を送る」
「手紙ですか?」
「ああ。まだ、リミアリアとエマオの離婚は公にされてない。離婚のことは知らないふりをして、エマオの妻のリミアリアとは親しい仲だから、ぜひ会って話したいって内容の手紙を送りつける」
「その手紙を読んだら、エマオ様は焦るでしょうね」
「だろうな」
苦笑するリミアリアを見て、アドルファスは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
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