この悪女に溺愛は不要です!

風見ゆうみ

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7   侮辱罪という言葉をご存知かしら?

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 頑張った結果、新学年では一番成績の良いクラスに入ることができた。ラッキーなことに、レオン殿下とラブは昨年と同じクラスだったので別クラスだ。隣のクラスではあるが、同じ教室内にいないだけで私のストレスはかなり減った。
 レオン殿下の元側近候補も同じクラスで、彼は早速、新たな人物に取り入ろうとしていた。
 それが、ディーク・トリュー公爵令息だ。彼はトリュー公爵家の次男であり、嫡男ではないが、跡継ぎのいないノルン公爵家などの高位貴族の家に養子に出されるのではないかと噂されている。
 ノルン公爵家の跡継ぎになった場合、私の兄になる形だ。
 ディーク様は黒い髪に赤の瞳を持つ美少年だが、いつも眠そうに目をとろんとさせている。かといって、授業中に居眠りをすることはないし、お父様も彼を絶賛しているので、アンニュイな雰囲気をわざと出しているだけかもしれない。

 彼が攻略対象者の一人なのかはわからないが、ラブはレオン殿下に夢中なので、今のところはディーク様と接触しても良いと判断し、味方を作るためにも交流は取っていた。

 新しいクラスに馴染み始めた頃の放課後。ディーク様が帰り支度をしていた私の席に近づいてきたかと思うと、今にも力尽きてしまうのではないかと心配になるくらい小さな声で話しかけてきた。

「変な噂が立ってる」
「……変な噂、ですか?」
「ああ。君が、レオン殿下を弄んだだけでなく、クブス男爵令嬢に意地悪をする悪女だって」
「教えていただきありがとうございます。ところでディーク様はその話をどこでお聞きになったのですか?」
「食堂」

 食堂には私も行っているが、そのような話が聞こえてこないのは、私が公爵令嬢だからだろう。ノルン公爵家を敵に回したくないわよね。

「多くの人は信用していないけど、一部はクブス男爵令嬢の下僕になっているから気をつけなよ」
「情報をいただきありがとうございます」

 礼を言うと、ディーク様は頷いて去っていった。

 次の日から、私は食堂内の会話を注意深く観察することにした。いつもならば、新しくできた友人と食事を共にしていたけれど、今日は一人で食べることにしたことが功を奏した。ディーク様が言っていた通り、一部の人間の私を見る目がどこか冷ややかなことがわかったのだ。
 今までは友人との会話に集中していたから、周りにそこまで注意を払えていなかったから気がつかなかったみたい。

 そして、一人になったことでラブたちが私に近づきやすくなった。一人で静かに昼食をとっていると、レオン殿下たちがやって来て、私に話しかけてきたのだ。

「とうとうみんなから嫌われて、一人で食事をとるようになったか」
「今日はたまたま一人で食べるようにしただけですわ」
「嘘をつくな。僕の真面目な心を弄び、心に深い傷を負わせたのは君なんだぞ。そんな君が嫌われるのは当たり前のことだ。こうなったのも自業自得だぞ」
「レオン殿下が可哀想! べリアーナ様! いくらレオン殿下がキープだからって、やって良いことと悪いことがあるんですよ!」
「それはこっちの台詞よ」

 レオン殿下の発言だけでも意味がわからなくて苛立ったのに、ラブの発言で我慢ができなくなって言い返してしまった。

 馬鹿を相手にするのは面倒くさい。だけど、公爵令嬢が男爵令嬢に馬鹿にされたままでいるわけにはいかない。
 言い返されると思っていなかったのか、レオン殿下たちは怯んだ様子を見せた。そんな二人に作り笑顔を向けて続ける。

「嘘の話をするにしても、弄んだという言葉の意味をしっかり調べておいたほうがよろしくてよ?」
「ど、どういうことだよ!? 君は僕の純粋な心をおもちゃにしていたじゃないか!」
「どんな時のことをおっしゃっているのですか?」
「僕は君のことが好きだったのに冷たい態度を取ってきていたじゃないか」
「はい?」

 この人が私のことを好きだった時なんて一時でもあったんだろうか。

 私の訝しげな顔を見て、レオン殿下は勝ち誇った笑みを浮かべる。

「ほらな。そんな冷たい態度だ」
「聞き返しただけですわ。レオン殿下はいつ私のことを好きだったことがあるのです? クブスさんがいらっしゃるまで、私たちは必要以上の会話はしておりませんでしたわよね」
「それは君が冷たかったからだ!」

 レオン殿下は悲しげな顔になって演技を続ける。

「僕は君に愛してもらえないことがショックで、毎晩、どうすれば君に愛してもらえるか考えていた。だけど、もう限界だ。君は他の男と仲良くしている!」

 誰と仲良くしているのだろうか。もしかして、ディーク様のことを言っているんじゃないわよね。
 視線を感じて目を向けると、レオン殿下の横にいるラブと目が合った。彼女は手で口を隠しているから、口角が上がるのを押さえられないみたいね。

「レオン殿下がお可哀想だ」
 
 どこからかそんな声が聞こえてきた。

「それでクブス男爵令嬢が慰めてあげているのか。クブス男爵令嬢は優しい人だな」
「本当だよ。いくら公爵令嬢だからって好き勝手して良いわけじゃないだろ」

 ボソボソと話す男性たちの声が背後から聞こえてきた。振り返ると、大勢の生徒が立っていた。誰が話していたのかは、本人が申し出るか周りが教えてくれない限り、特定が難しそうだ。残念ながら、私の周りにはラブの信者しかいないようなので教えてはくれないだろう。

「べリアーナ様、お願いです。もう、レオン殿下を苦しめることはおやめください」

 ラブは悲しげな表情を作って言った。
 周りに味方がいない状況で、多くの人に誤解されていると分かれば、傷ついて何も言えなくなるかもしれない。

 お生憎様。
 悪女はこんなことくらいで凹む性格ではないのよ。

「あなたがたは侮辱罪という言葉をご存知かしら?」
 
 にこりと微笑むと、レオン殿下たちだけでなく、私の周囲もざわめいたのだった。
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