笑い方を忘れたわたしが笑えるようになるまで

風見ゆうみ

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1   悲しい過去

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 これは、笑い方を忘れてしまったわたしが、声を上げて笑えるようになるまでの話だ。

 目の前で人が殺されるのを見たのは、わたしが五歳の時だった。

 わたし、リーンはロディック男爵家の長女だった。といっても、男爵令嬢だった時の記憶はほとんどない。今でも思い出せるのは、家族で何度も出かけた湖で過ごしたもので、暑い日には浅い場所で、両親と共に水遊びをしていた。

 ダークパープルの髪に同じ色の瞳を持つわたしは、周りから綺麗だけど、珍しい髪色だねとよく言われていた。だから、見つけられてしまった。

 わたしが囚われているエゲナ王国の王城の敷地内には滝がある。その滝の水を、ある条件を持つ人間が汲むと、その水には不思議な力が宿る。その水を飲んだ者は若返ったり、外傷が癒えるのだ。
 病気を治したり、寿命を延ばすものではないので、いつかは亡くなる時が来る。でも、美しく死ねる。怪我の場合は傷跡は残らず、火傷でも綺麗に治せる。王室はその水を使って商売を始めた。高値であるにもかかわらず、その水は貴族から需要が高く、供給が間に合わないほどに売れた。

 王家に伝わる古文書にはダークパープルの髪と瞳を持つ者が汲んだ水だけが、効果を発揮できると書かれているそうだ。そして、その条件は世間には知らされておらず、一部の人間しか知らない。だから、わたしの両親はわたしを隠すことなく、外出していたのだ。

 5年間は見つからずに済んだ。でも、たまたま城の関係者の耳に入り、それを聞いた国王陛下がわたしを攫うように指示した。わたしを渡すことを拒んだ両親は、わたしの目の前で殺された。それは、意図的なもので、わたしが両親に会いたいと駄々をこねないようにするためだった。

 血まみれで動かなくなった両親にすがりついて泣くわたしを、両親を殺した男が引き剥がした。そして、『もう、この世にいないのですから、いつでも会えますよ』と言って笑っていた。

 あの時から、わたしはあの男のことを人間の皮を被った畜生だと思っている。

 現在、18歳になったわたしは、一人で暮らしているが、10年前まではお姉さまと慕っていた女性と暮らしていた。

『リーン、可哀想だけど、あなたはもう、王城の塀の外に出ることはできないわ』

 ここに無理矢理連れてこられた日、滝の近くにある小屋の中で、ミランと名乗った若い女性はそう言った。

 わたしと同じ、ダークパープルの髪に同じ色の瞳。当時、20歳だった彼女もわたしと同じように子供の時に、ここに連れて来られていた。彼女は、これからわたしがやらなければならないルーティーンを教えてくれた。

 食事は1日3回でおやつの時間があり、水を汲むのは1日に5時間程度。小屋と滝以外の場所に行かない限り、空いた時間は何をしても良かった。

 雨が降ると汲んだ水に不純物が入ると言われ、必然的に休みになった。そのおかげで、最初は嫌いだった雨はいつしか好きな天候に変わっていた。
 彼女から、ここでの自分の役割を教え込まれ、水を汲むことは人の役に立つためなのだと教えられた。両親が恋しくて泣くわたしを、慰めてくれた優しいミラン。そんな彼女のことをいつしか、お姉さまと呼ぶようになっていた。

 お姉さまのおかげで、わたしは料理を運んでくれるメイドや、水くみを手伝ってくれる兵士たちと仲良くなった。このまま、こんな日々が続くのだと思っていた時に事件は起きた。

 突然、あの畜生がやって来て、嫌がるミランをどこかへ連れて行った。そして、それから数時間後、畜生は血まみれのお姉さまを連れて帰って来るなり、床に放り投げた。

『お姉さま!』

 慌てて駆け寄ったわたしに向かって、お姉さまがゆっくりと手を伸ばした。

『大丈夫ですか!? すぐに水を汲んできます!』

 お姉さまの手を握って叫ぶと、彼女は首を横に振った。

『……いいの。……私を助けたら……、もっと、多くの人が』
『何を言ってるんですか! お姉さまが助からなかったら意味がありません!』

 手を離して、水を汲みに行こうとしたわたしの手をお姉さまは掴んで懇願する。

『行かないで……。あなたに……伝えておきたいことが……あるの』
『話ならいくらでも聞きます! まずは怪我を!』
『……リーン。きぼ……うを……捨てないで……。こんな……ことは、いつか……終わりがくるから……』
『お姉さま……、お姉さまっ! しっかりして!』

 目から溢れた涙が、お姉さまの血に塗れた白い頬に落ちた時、お姉さまの瞳から光が失われたのがわかった。動かなくなった両親も同じ目をしていたことを思い出して、わたしは絶叫した。

『うあああああっ!!』
『あーあ、死んでしまいましたか。これは面倒なことになりましたよ』

 黙って様子を見守っていた畜生は、動かなくなったお姉さまを蹴って、ため息を吐いた。

『この畜生が! 地獄に堕ちろ!』
『うるさい、ガキですね』

 罵ったわたしのお尻を蹴り飛ばし、畜生は家を出て行った。それと入れ替わるように、畜生の部下たちが入ってきて、動かなくなったお姉さまを見て涙を流した。その後、お姉さまと友達だったメイドが数人やって来て、血まみれのお姉さまの体を泣きながら拭いてくれた。
 そして、綺麗になったお姉さまは、家の外に運ばれていった。

 どうしてこんなことになったのか、その場にいたという騎士に話を聞いたところ、当時6歳だった第二王子が人を痛めつけた場合、癒やしの水を使えば、どの程度なら助かるのか知りたがったそうだ。
 お姉さまがわからないと答えると、第二王子は実験してみようと言った。国王陛下からの許可もおりて、最初は奴隷を連れて来る予定だった。でも、お姉さまは誰かを傷つけるくらいなら、自分が実験台になると申し出たのだ。

 第二王子は責任は自分が取ると言って、陛下たちに許可も取らずに、お姉さまを実験台にしたのだ。

 お姉さまは優しい人だった。そして、生きることに疲れていた。きっと、お姉さまは、最初から助かるつもりはなかったのだと、今となっては思う。

 たとえ、お姉さまが望んだことだったとはいえ、あの時、わたしの胸に湧き上がった憎しみの炎は絶対に消えることはない。

 
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