笑い方を忘れたわたしが笑えるようになるまで

風見ゆうみ

文字の大きさ
3 / 26

2   原因の王子

 滝壺付近に近づき、水しぶきを浴びながら木のバケツで滝の水を汲みあげる。汲みあげたあとは、バケツを入れ替えて、また水を汲むの繰り返しだ。過去のことを思い出しながら、水を汲んでいた、わたしの目の前の水面に、突然、大きな波紋が広がった。

 昔から、不自然な波紋が広がる時は、何者かが近づいてきている合図なので、わたしは後ろを振り返る。

「リーン。こんなところにいたのか」

 声をかけてきたのは、白の軍服に身を包んだ水色の腰まである長い髪に同じ色の瞳を持つ長身痩躯の青年、テッジ・ランダル様だった。彼がお姉さまが亡くなるきっかけを作った男で、エゲナ王国の第二王子であり、好奇心で人を簡単に傷つけることのできる冷たい心の持ち主だった。

 この国では、次の王になるためには生まれてきた順番ではなく、実績を残したものが選ばれる。第一王子はお姉さまが婚約者だからという、実績とはいえないような理由で王太子だった。でも、お姉さまは死に、今、不思議な水を作ることができるのはわたしだけになった。お姉さまが亡くなって1年も経たない頃、テッジ殿下は、わたしを婚約者にした。

 ずっと前から好きだったと言うが、絶対にそんなわけがない。

 わたしの力はわたしだけが扱えるものではない。でも、この王国内でダークパープルの髪と瞳を持つ人物は、今のところわたししかいないのだ。この国にとってわたしは金の卵だ。わたしを妻にすれば、現在の国王はテッジ殿下を王太子に選ぶでしょう。

 だから、彼はわたしを殺さない。そして、他の王族や畜生も、若返りの水を飲めなくなるのが怖いので、わたしを殺せない。

 わたしが死ぬことが、彼らへの復讐になるんでしょう。でも、畜生たちのために死にたくない。わたしは両親の分もお姉さまの分も生きて幸せになると決めたのだ。

「リーン、こちらを向け」

 苦笑するテッジ殿下を見つめ、憎しみの感情を顔には出さずに返事をする。

「何かご用でしょうか」
「相変わらず死んだ魚のような目つきをしているな。それにその髪型もまるで、未亡人のようだな。俺の婚約者ならもっと美しくいろ。それから、誰かに見られることがないからって、そんな薄汚い服で歩き回るな。俺だってたまには顔を見に来るんだ」
「お断りします。ですので、殿下も別にわたしの様子を見にこなくても結構ですよ」

 今、わたしが着ている服は、ダークブラウンのエプロンドレスだ。綺麗なドレスを着たって、水を汲んでいるうちに濡れるだけだ。それなら、汚れても良くて動きやすい服のほうが良い。それに、髪型だって普通にシニヨンにしているだけだ。シニヨンをしているだけで未亡人なら、世の中のメイドは未亡人だらけになる。

 何かと文句を言いたいだけなのでしょう。彼の言葉など気にしないようにして、バケツを近くの荷車に持っていこうとすると、テッジ殿下は後ろに控えさせていた男に声をかける。

「おい、グロール、水を持ってやれ」
「承知いたしました。大事な水ですから、一滴も無駄にはできません」

 背の高いひょろりとした体型の男は、腰の剣に手を当てながら近づいてきた。

 この十年以上、容姿が変わらない騎士隊長のグロールは温和そうに見える笑みを浮かべて、わたしに近づきながら手を伸ばす。わたしがそれを拒否すると、グロールはわたしの手首を掴んで顔を近づける。

「私に逆らうのはやめなさい。あなたのお父様やお母様、そして、お姉様のようになりたくないでしょう?」
「あんたこそ、わたしがいなくなれば困るくせに」
「まったく、生意気に育ったものですね」

 わたしを見下ろし、嘲笑するグロールは、わたしの両親を殺し、お姉さまをいたぶった、わたしにとって、この世で一番最悪な男、いや、畜生だった。

感想 45

あなたにおすすめの小説

真実の愛の裏側

藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。 男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――? ※ 他サイトにも投稿しています。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

完璧な姉を困らせる不出来な妹は追放されました

mios
恋愛
第一王女の親友で第二王子の婚約者でもある完璧な姉アリシアは、不出来で我儘、嘘つきな妹リリアに手を焼いている。

私の、虐げられていた親友の幸せな結婚

オレンジ方解石
ファンタジー
 女学院に通う、女学生のイリス。  彼女は、親友のシュゼットがいつも妹に持ち物や見せ場を奪われることに怒りつつも、何もできずに悔しい思いをしていた。  だがある日、シュゼットは名門公爵令息に見初められ、婚約する。 「もう、シュゼットが妹や両親に利用されることはない」  安堵したイリスだが、親友の言葉に違和感が残り…………。

王太子の愚行

よーこ
恋愛
学園に入学してきたばかりの男爵令嬢がいる。 彼女は何人もの高位貴族子息たちを誑かし、手玉にとっているという。 婚約者を男爵令嬢に奪われた伯爵令嬢から相談を受けた公爵令嬢アリアンヌは、このまま放ってはおけないと自分の婚約者である王太子に男爵令嬢のことを相談することにした。 さて、男爵令嬢をどうするか。 王太子の判断は?

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

お姉様優先な我が家は、このままでは破産です

編端みどり
恋愛
我が家では、なんでも姉が優先。 経費を全て公開しないといけない国で良かったわ。なんとか体裁を保てる予算をわたくしにも回して貰える。 だけどお姉様、どうしてそんな地雷男を選ぶんですか?! 結婚前から愛人ですって?!  愛人の予算もうちが出すのよ?! わかってる?! このままでは更にわたくしの予算は減ってしまうわ。そもそも愛人5人いる男と同居なんて無理! 姉の結婚までにこの家から逃げたい! 相談した親友にセッティングされた辺境伯とのお見合いは、理想の殿方との出会いだった。