笑い方を忘れたわたしが笑えるようになるまで

風見ゆうみ

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7   新たな居場所とイタズラ好きの精霊 ①

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 目を覚ますと、部屋の中は薄暗かった。眠っている間に、誰かがカーテンを閉めてくれたらしく、カーテンの隙間から、柔らかな光が差し込んでいるのが見えた。

 白いカーペットに足を置いて、フカフカの感触を確かめる。綺麗に整えられていた靴を履き、窓に近づいてカーテンを開けた。クリエル王国の王城は城下を見下ろせるような高い場所にあり、三階のわたしの部屋からも城下が見渡せる。

 今日はとても良い天気で、窓を開けると爽やかな風が部屋に入り込んできた。

「良い風」

 呟いて目を閉じると、なぜか風の流れる方向ではなく、不自然な方向で髪の毛が揺れていることに気がついた。痛くはないが、何かに引っ張られているように、左右の髪の毛の一部が上下に揺れている。

「何、これ」

 驚いている内に横髪が勝手に動いたのがわかったので、窓に映っている自分の姿を確認する。窓に映るわたしの左右の横髪が勝手に三つ編みにされていく。

 普通なら怖がるところなんでしょうけれど、悪意を感じられないし、目には見えないが精霊の仕業なのだと思うことにした。慣れていないのか、三つ編みはところとごろ毛が飛び跳ねていて綺麗ではない。ピンク色のリボンがふわふわと空中を飛んで三つ編みが崩れないように括られたところで、メイドが部屋に入ってきた。乱れた三つ編みを見て直そうとしてくれたが、精霊がやったのかもしれないと話すと、そのままにされた。

「申し訳ございません。精霊様の機嫌を損ねると、イタズラされてしまうんです」
「クリエル王国では、精霊の存在は当たり前のこととして捉えられているんですか?」
「クリエル王国に限らず、平和だと言われている国はそうです。リーン様がいたエゲナ王国は、精霊様は絶滅の危機、もしくは他国に移動したと言われていますので、若い方は精霊様のことをおとぎ話のように感じている方が多いと聞いています」
「そうなんですね」

 初対面の人や相手のことをよく知らない場合は、失礼にならないように敬語を使っている。だから、普通に話していたつもりだったが、メイドたちに「リーン様はわたくし共に敬語を使ってくださらなくて結構ですよ」と言われてしまった。仲良くない人に親しげに話しかけられるのは失礼になると思っていたので、敬語を使うことが普通だと思っていた。でも、立場が上の場合は敬語を使わなくても良いらしい。

 黒色のドレスに着替えさせてもらい、化粧をしてもらって部屋を出る。朝食の前に両陛下とラファエル様にご挨拶することになっているからだ。
 謁見の間に着くと、すでに玉座には国王陛下、その隣の椅子には王妃陛下が座っていて、壇下には一人の若い男性が立っていた。

 長身痩躯の若い男性は白シャツに黒のパンツ姿の軽装だが、腰には剣を携えている。シルバーブロンドの短めの髪はところどころが寝癖のように飛び跳ねていて、まるで誰かに髪を引っ張られているように見えた。

 若い男性はわたしに気づくと、ダークパープルの瞳をこちらに向けた。

「あ、あの、は、はじめまして」

 こんな時、どうすれば良いかはマナーの本に書かれていたはずなのに、緊張で知識はどこかに吹っ飛んでしまい、かなり馴れ馴れしい口調になってしまった。

「はじめまして、だね」

 綺麗な顔立ちの男性は人懐っこい笑みを浮かべて続ける。

「僕がラファエル・ルッツで、君の婚約者にしてもらった男だよ。これからよろしくね」
「あの、婚約者にしてもらったのは、わたしのほうです。助けていただき、ありがとうございます」

 精霊と話ができるのであれば、わたしのことは精霊から聞いているはずだ。わたしをここに呼んでくれたのは、危険な場所から連れ出してくれたのだろうと思った。

「大変だったわね、リーン。私が王妃のティナよ」

 ウェーブのかかったダークパープルの長い髪に、グリーンの瞳を持つ王妃陛下は、柔らかな笑みを浮かべて話しかけてくれた。

「は、はじめまして、リーンです。あ、あの、お会いできて光栄です!」
「家族になるんだから、そこまで畏まらなくていい」

 ラファエル様と髪色と瞳の色が同じだけでなく、見た目の雰囲気もそっくりな国王陛下は微笑んで続ける。

「今まで大変だったな。よく、耐えてこられたものだ」

 涙が出そうになるのをぐっとこらえて答える。

「ありがとうございます。優しい人たちが周りにいてくれたから頑張れました」
「リーン、詳しい話は、ラファのほうからさせるけれど、精霊たちはとても反省しているの。ここでは、あなたを存分に甘やかしたいと言っているから、ワガママに暮して良いからね」
「ワガママはかまわないが、常識の範囲内で頼む」
「できるだけ迷惑をかけないように過ごしていくつもりです」

 慌てて言葉を付け加えた国王陛下に頭を下げると、王妃様の左右の横髪の一部がふわりと上がり、頭の上で丸を作った。
 精霊はいたずらっ子みたいに、自由に動き回っているみたい。そして、両陛下もラファエル様も、これが普通の暮らしになっているのね。

「リーン、僕のことはラファと呼んでくれるかな。ラファエルは女性名だと言う人もいるんだよね」
「……ラファ様とお呼びしたら良いのですね」
「ラファでいいよ。リーン、朝食はまだだよね。一緒に食べながら話をしよう」

 ラファ……は、笑顔でわたしに向かって手を伸ばした。ぎこちないながらも、その手に自分の手を置くと、優しく握ってくれた。

 距離感が近いのでは?
 なんて一瞬、思いはしたけれど、誰かと手を繋ぐなんて何年ぶりだろうか。そう思うと、忘れていた温もりを感じて、涙が出そうになった。



◆◇◆◇◆◇
(視点変更)


「どうして、あなたの髪色と瞳は変化したんでしょうねぇ」

 水を汲んでいるベルベッタに、グロールは訝しげな表情で話しかけた。

「日頃の行いが良いからですわ。ダークパープルの髪と瞳の色を持つ者しか不思議な力が使えないというのであれば、そのために、わたくしの髪色を変えたのでしょう」
「それは、誰が、どうやって? ラファエル王子が言っていた、精霊というものは存在するということですか」

 追放はされたが、ベルベッタにとってグロールは兄である。そんな彼に、ベルベッタは微笑んで答える。

「精霊なんているわけがありません。わたくしのテッジ様への愛が神に届いただけですわ」
「神を信じるのに、精霊は信じないのですか」
「ええ。わたくしの信仰する神様には精霊など配下にいませんから。だからこそ、精霊を信じているリーンとラファエル様はお似合いだと思いますわ。テッジ殿下とわたくしを結婚させるために、神様が力を貸してくださったのです」

 二人の会話を聞いていた精霊たちは不満げに話す。

『さっきの話の続きだけど、もう少しだけ、ベルベッタで遊ぼうか。信仰は自由だけど、若返りや治癒の力はぼくたちの力なんだ。それを思い知らせてあげないと』
『そうね。目的は果たせたけれど、もう少し、有頂天にさせてから力をなくしましょう。それに、リーンの力を戻す時は効果を増やしてもいいかもしれないわ』

 いたずら好きの精霊たちは、顔を見合わせてクスクスと笑った。
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