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6  元聖女パワー

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 次の日、朝食をスコッチ家の人々と共にしている時に、隣の席に座るアンナからの視線を受けて、私は当主様に話しかける。

「あの、本当は今日は結界を張りに行くつもりだったのですが、今日は学園がお休みみたいなので、申し訳ありませんが、アンナのお買い物に付いていってあげても良いでしょうか?」
「好きにしてかまわない。ミーファ、そんなに頑張らなくてもいいんだ。君はもう聖女じゃないんだから。今まで頑張ってきている事は、リーフ殿下やカイン殿下からも聞いている。あと、服の事だが、君の分も買えばいい。アンナ、一緒に選んであげなさい。ただ、自分が可愛いと思ったからといって、ミーファに好みを押し付けるんじゃないぞ?」
「わかってますわ、お父様! それに今日はミーファさんには色々と相談したい事があるので、一日、出かけてこようと思うのですが、よろしくて?」
「あら、いいわね! 私も行きたいわ!」

 奥様が笑顔で手を挙げたけれど、アンナがすぐに断る。

「駄目ですわ、お母様。今日は私がミーファさんを独り占めする日ですの」
「ずるいわ」
「ずるい」

 なぜか、奥様夫人だけでなく、リュークも呟いたけれど、アンナは気にせずに、奥様にだけ答える。

「順番で、ミーファさんと出かけましょう。まずは私です。私は昨日の内に、お約束しましたから!」
「しょうがないわねぇ。でも、三人で行ってもいいと思うんだけど」
「駄目です。お母様は、どうせ、ミーファさんをコーディネートしようとして連れ回すに決まってますわ」
「……」

 奥様が反論せず黙ってしまったので、アンナの言葉は間違ってはいない様だった。

「申し訳ございません、奥様。またお誘いいただけるのでしたら、ぜひ、ご一緒したいです。あ、リュークは時間のある時に声をかけてくれない? 今日は無理だけど、結界の見回りに付いてきてほしいの」
「約束よ? ミーファが満足できる様にたくさん食べれて美味しい店を探しておくから」
「わかった」

 奥様が微笑み、向かいに座っているリュークが、笑顔で首を大きく縦に振った。
 そんなリュークが大型犬みたいに見えて、つい頭を撫でたい衝動にかられてしまった。




 朝食後、部屋に戻って支度をしてから、エントランスホールでアンナと落ち合い、一緒に辺境伯家の馬車に乗った。

「今日、普通にアンナ達と食事してたんだけど、良かったのかな」
「何を今さら言っているの。聖女時代の時だって、一緒に食べてたじゃない」
「そうね。よく泊まらせてもらってたものね」

 当主様は私を宿屋に泊まらせると、夜遅くまで働いてしまうから、二日に一度は平民の人が入ってこれない、この屋敷に泊まる様に言ってくれた。



『聖女だろうがなんだろうが、子供の内から、仕事をそんなに頑張らなくていい。好きな事をしたり、友達と遊ぶ事や、体を休める事も大事だ』



 そう言ってくれた当主様の言葉を今でも覚えている。

「本当に当主様達には感謝してるし、アンナも私を受け入れてくれてありがとう」
「何を言ってるの! 本来なら私はあなたに敬語を使わないといけない立場だったのに、幼い頃からの付き合いだからって、今まで許してくれていたじゃない」
「今となっては、私がアンナに敬語を使わないといけないわね。元聖女だもの」
「やめてよ。あなたが聖女時代にどれだけ頑張ってくれていたのか知っているのよ? それに、これからだって頑張ろうとしてくれているじゃない。なんなら今からでも敬語にするわよ?」
「こっちこそやめてよ。あなたは当主の娘さんなんだから」

 私とアンナは顔を見合わせて笑った後、この話はやめる事にして、アンナの目的の店に着くまでは、アンナの好きな人の話などで盛り上がった。

 服や小物を見たりしている内に、あっという間に時間が経ち、昼食の時間になった。
 アンナが昼食をとる為に選んだ店は高級レストランで、しかも個室だった。

 人に聞かれたくない話をするから、個室を選んだのかもしれない。
 
 コース料理ではなく単品料理をいくつか頼み、飲み物と料理がそろって、誰かが中に入ってくる状況ではなくなったところで、アンナに話しかける。

「アンナ、昨日の話だけど…」
「ええ。ごめんなさいね、ミーファさんには聞きたくもない話を聞かせてしまうことになって」
「そんな事ないわよ。一人で抱えるには辛い話だと思うし気にしないで。ただ、話を聞くくらいしか出来ないけど」
「それで十分よ!」

 アンナはとても悩んでいたらしく、明るい笑顔を見せてくれていたのに、すぐに目に涙を浮かべて続ける。

「物心ついた時からおかしいと思っていたの。たまにパーティーなどで国王陛下に会うんだけど、私を見る目がその…、なんていうか」
「いいのよ。言いたい事はわかるわ。気持ち悪かったでしょう」

 王太子殿下が国王陛下の顔立ちとよく似ているので、簡単に想像できて、気持ちが悪くなってしまった。

「ええ。いつも、お父様達がいない時に近寄ってこられて、私が困っていると、いつもお兄様が助けに来てくれていたの。お兄様は私が陛下にどんな事を言われているかは知らないと思うわ。だけど、危機察知能力というのかしら? 私が危ないと感じてくれて、相手が陛下でも割って入ってくれていたのよ」

 アンナに言われて、私を助けてくれた、昨日のリュークを思い出す。
 親戚という強みもあるのだろうけれど、国王陛下に意見してくれたのは、私が良くない状況だと察知してくれた?

 でも、アンナの件は本当にそれだけかしら?

「リュークは良い人よね。あなたの事を可愛がっているみたいだし」
「でしょう!? ミーファさん、お兄様はどうかしら? 婿にオススメよ!」
「リュークにだって、婚約者がいるでしょうし、婚約者の人に恨まれたくないから遠慮しておくわ」
「お兄様に婚約者はいないわよ!」
「そうなの? あ、話が脱線しちゃったわね。それで、今回、国王陛下はなんて?」

 料理を小皿に取り分けて、アンナに渡してから、話を元に戻す為に尋ねる。

「パーティーの時とかじゃなくって、個人的に二人で会いたいって。それで城に来てくれないかって言うのよ」
「気持ち悪い。って、ごめんなさい。気持ち悪いしか言えなくて。何か他の言葉を」
「いいのよ、ミーファ。私があなたの立場だったら同じ事を言っていると思うし、なんて言ったらいいのか、わからなかったと思うわ」
「家族に相談するなって話はいつ言われたの?」
「実は…」

 アンナは食事をする手を止め、スプーンをスープの皿に置いてから、俯いて続ける。

「二人きりになる機会があると、いつもそうやって脅してくるの。国王陛下が姪に手を出そうとしているなんて、国民や私の家族が知ったらショックを受けるだろうなって」
「ねぇ、アンナ、今の言葉の感じだと、手を出されたりした訳じゃないのね?」
「手を出されたというか…。実際、手を握られたり、肩を抱かれたりした事はあるけれど、すぐにお兄様が助けてくれて、それ以上の事はないわ」
「必要性がないのに手を握ったり、肩を抱く事も良くないわよ」

 もしかすると、リュークは陛下がおかしい事に気付いているのかもしれない。
 だけど、聞いてもアンナは答えてくれないだろうから、何も聞かずに、ただ彼女を助ける事だけを考えているのかも。

「私もそう思う。でも、下手に振り払ったりして、国王陛下に歯向かったなんて言われたら大変だもの」

 アンナは苦笑した後、言葉を続ける。

「十年くらい前になるんだけど、家族で城に遊びに行った時に、陛下の部屋に誘われたの」
「アンナだけ?」
「ええ。お父様達が城で会った他の貴族に話しかけられた時、陛下が私の相手をするから、ゆっくり話しなさいって、無理矢理連れて行ったらしいわ。そして、私は陛下の部屋で王妃様の話を聞かされたの」
「王妃様の話?」
「ええ。陛下と王妃様は小さい頃からのお知り合いだったみたい。王妃様の癖や趣味や好きな食べ物、嫌いな食べ物、色々な事を聞かされたわ。でも、その頃の私は子供だったから、陛下が何を言おうとしているのか、さっぱりわからなかったんだけどね」

 場を明るくする為か、アンナは顔を上げて笑顔を見せてくれてから続ける。

「でも、今になってわかったの。陛下は私を亡くなった王妃様の代わりにしようとしているんだわ」
「ちょ、ちょっと待って、姪っ子を自分の亡くなった妻の代わりにしようとしてるの!? 陛下って、今いくつだっけ!?」
「たしか、お父様よりも年上だったから、四十歳は越えていると思うわ」
「四十歳、ってことは、アンナとは少なくとも二十五歳差って事?」
「そうなるわね。何より、年の差よりも気になる事があるわよ。どんなに国王陛下の顔が素敵だったとしても、親戚に恋愛感情を抱いたりしないわ。もちろん、中にはそういう人もいるのかもしれないけれど、少なくとも私にはその気はないわ。だって、姪っ子に亡き妻の代わりを求めてくる人なのよ。求めるにしたって程があるでしょう!?」

 アンナがバンバンとテーブルを叩く。

「落ち着いて、アンナ。うるさくしたら人が来るわよ」
「…ごめんなさい。こんな事、家族に相談どころか知られたくなくて…」

 ちょっと違うかもしれないけど、いじめられてる事を親に言えないのと、同じなのかな?
 それに、たとえ相談したとしても、相手が国王陛下じゃ、当主様達は今までの様にアンナをさりげなく守る事しか出来ないものね。
 もしかしたら、アンナの様子で知っているかもしれないけれど、知らなかったら娘が困っていたのに何も出来なかったと悔やまれるかもしれないし、デメリットの方が多いなら、相談しない方が良いかもしれない。

「謝らなくていいわ。それよりも、今まで頑張ってたね。こんな事を言っても、救いにはならないかもしれないけど、私、聖女じゃなくなって良かった。私が聖女を続けていたなら、アンナは誰かにこの事を話す事なんて出来なかったでしょう?」
「…うん」

 口をへの字に曲げて頷いたかと思うと、アンナの目から涙が溢れ出した。

「…聞いてくれて、ありがとう。ミーファさん」
「こちらこそ、話してくれてありがとう。陛下からのお誘いに関しては、私と仲良くなったから、どこへ出掛けるにも私と一緒に行きたいから無理だって言いなさい。私は追放された身だし、王城どころか、王都にも入るなって言われてるから。変にプライドの高い人だから、一度決めた事を覆すのは嫌いな人だし、一緒に来たら良いだなんて言わないはずよ」
「…わかったわ」
「これからは、元聖女パワーで守ってあげるからね!」
「元聖女パワーって何をしてくれるの?」
「…えっと、大食い?」

 励ましたいが為に、咄嗟に思い浮かんだ事を口に出したら、アンナは涙を拭いて笑った。

「ふふ、そうよね。ミーファさん、細いのに、びっくりするくらい食べるものね。考えてみたら、テーブルにのってるだけの料理じゃ足りないわね! もっと頼みましょう!」
「え? でも…」
「元聖女パワー見てみたいから」

 アンナが心から笑ってくれているように見えたので、今のところは、この話を止めにして、元聖女パワーを見せて差し上げる事にした。
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