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12 後悔なんてしないから

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 ギークス公爵に事情を話すと、公爵は宿をキャンセルし、公爵家に泊まる様にと言ってくれた。
 元々、キュララに待ち伏せされたら嫌だから、宿をとる事に決めていたので、キュララが公爵家にいないのであれば、逆に公爵家にいる方が安全なので、有り難い申し出だった。

 それから、ギークス公爵は早速、自分に繋がりのある貴族に確認をとってくれた。
 すると何人かから、私が聖女に戻ったので、彼女が結界を張りに行くという連絡が、聖女達の方からいっていたらしい。

 それを聞いた私は、慌てて、聖女の侍女達にそんな連絡をいれたか確認したけれど、そんな話は絶対にしていない、と返ってきた。

 そりゃそうよね。
 私が聖女にもどったなんて嘘だもの。

「一体、キュララ達は何を考えてるの」
「聖女様達は、自分達の負担を減らすために、ミーファを聖女に戻そうとしているみたいだな」
「国王陛下の命令を覆す事なんて出来ないのに」

 ギークス公爵とリュークと私で、ギークス公爵邸の談話室で話をしていると、横に座っているリュークが首を横に振った。

「覆す事が出来る人がいるだろう?」
「え? 誰? 王太子殿下?」
「違う」

 リュークが否定すると、ギークス公爵が言った。

「国王陛下本人が、自分の命令を撤回するという事か…」
「そんな事ってありえるでしょうか。国王陛下はとてもプライドの高い方ですし、自分の決めた事にケチをつけられるのは…」

 そこまで言って、言葉を止めた。
 そういう事か。
 国王陛下自身が自分の命令を悔いてるんだわ。
 しかも、私が冤罪だったとわかったからじゃない。
 アンナに会えなくなったから。

 強く言えずにはいるけれど、本当はアンナに私の事など放っておけ、と言いたいに違いない。
 だけどそんな事を言ったら、アンナに嫌われてしまう可能性があるから言えないんだ。
 自分がその場の雰囲気で言った事が、自分にとって仇となって返ってきた事に気付いて、私を許すつもりなのかもしれない。

 そんな事、させてたまるもんですか!

「宰相は必死に火消しをしようとしていたみたいだけど、ミーファ自らが追放されたという話をしたから、平民達にも知れ渡る事になってしまった。だから、間違ってたから取り消す、なんて事は今更言えないんだろうね。よっぽど、ミーファが大きな事を成し遂げない限り無理だろう」

 ギークス公爵が励ますように微笑んでくれた。

 だけど、彼には言えていないけれど、気になる事があった。
 リュークもそれに気が付いていて、なんとも言えない顔をしている。
 国王陛下は私の罪を許す理由として、王太子殿下との婚約を許可したんだわ。
 
 息子の婚約者なら許さざるをえない、という様に持って行きたかったのかも。
 だけど、私が王太子殿下との婚約を断り、リュークと婚約したから、その手が使えなくなって、今頃は困っているのかもしれない。

「まあ、すでにミーファが多くの事をやってくれているから、その権利がないわけでもないんだが、ミーファはもう聖女には戻りたくないんだろう?」
「…最初は聖女として、救える人を救いたいっていう気持ちが強かったんですが、今の状況になってみて、別に聖女じゃなくても出来る事はあるのかなって。もちろん、たくさんの人の命を救う為には聖女の方が色々と便利なのしょうけど、今のこの状態でも、何も出来ていない訳じゃないのかなって。何より、また聖女に戻って他の聖女達にこき使われるのにはうんざりです」
「僕としても、聖女様がそんなに酷い人達だって知ってショックだったな。もちろん、今までの聖女様が全てそうだった訳じゃないと思うけど」
「今回がたまたまそういう人が集まっただけかもしれません。それに、力が目覚めても名乗り出なければ、聖女扱いもされませんから、名声に興味のない人達は力を隠して生きていっているんだと思います」

 大きくなって思った。
 もし、普通の家に生まれて、両親に愛されていたら、私は聖女になっていなかったんじゃないかと。
 だって、回復魔法をかける為に、たくさんの人達と触れ合って知った。
 自分の事よりも家族の事を大事に思っている人達がたくさんいる事を。
 きっと、そういう人達は娘を聖女に出すのではなく、聖女と認められる力を隠させて普通の少女として育てて、大きくなってお嫁にいくまで、自分達と一緒に暮らしたいと思うんじゃないかって。

「ミーファ、大丈夫か?」

 リュークに聞かれ、彼の方を見ると、心配そうな顔をして私を見ていた。

「大丈夫よ、リューク。ちょっと考えちゃっただけ」
「…それって、大丈夫じゃないだろ」

 リュークが眉を寄せた時だった。
 ギークス公爵がしんみりした雰囲気を払拭する様な言葉を発してくれた。

「そういえばミーファ。肉をたくさん食べさせてあげるって約束していたよね」
「はっ! はい!!」
「スコッチ卿は肉は大丈夫かな?」
「あ、大丈夫です」
「じゃあ、夕食にしようか。ミーファが今日、うちに泊まらないと聞いて、料理人達はがっかりしてたんだけど、やっぱり泊まると伝えたら、急いで食事の支度を始めてくれたんだ。もうそろそろ出来上がってくる頃だろうし、ダイニングに向かおうか」
「はい!」

 ギークス公爵が立ち上がると同時に、私も飛び跳ねるようにして立ち上がる。

 忘れてたわ!
 私、これを楽しみに来ていたんだった!

 ギークス公爵に連れられてダイニングに着くと、白いテーブルクロスが敷かれた大きなテーブルの上に、所狭しとお肉料理、ところどころに野菜メインの料理が並べられていて、見るだけで幸せな気持ちになった。

「ミーファちゃん、お肉のあとはデザートやお菓子も待ってるからね」
 
 後からやって来たギークス公爵夫人に笑顔で言われ、今日のところは嫌な事は忘れて、好きなものをたくさん食べられる幸せを噛みしめる事にした。





 次の日、朝から、昨日、キュララに邪魔されて出来なかった結界を張り終えると、ギークス公爵夫妻に挨拶をして、アフタヌーンティーの時間帯にスコッチ邸に戻った。

 家で仕事をされていた当主様の所に帰って来た事を伝えに行くと、昨日の内にリュークが頼んでくれていた件の話をしてくれた。

「ギークス公爵が手伝ってくれたおかげで、辺境伯家以上の貴族とは全て、連絡がとれた。聖女様達は結界を張りに来てほしいと頼まれた相手には、ミーファが向かうと答えていたようだな」
「そんな…。ところで、その中に切羽詰まっている様なところはないんでしょうか?」
「ある事はあるみたいだが、ミーファにその予定はないと伝えておいた。だが、その事を伝えると、逆に、ギークス公爵の様に聖女様にではなく、ミーファに結界を頼みたいという人間が増えてしまった」
「まあ、そうなりますよね…」

 聖女があてにならないなら、元聖女でも結界を張ってくれるなら、それで良いものね。

「北の辺境伯からも依頼が来ているんだが、どうする?」
「北の辺境伯って、破られた結界を張ったのは私じゃないと言ってくれなかった人ですよね!? 何を今さら! その地域だけは絶対に聖女に行ってもらわないと!」
「そう伝えたんだが、聖女様に来てもらえないんだからしょうがないだろうと開き直っていた」
「北の辺境伯って、聖女をたたえるパーティーを開くって言ってたんじゃ…」

 アンナが言っていた話を思い出して言うと、当主様は大きく息を吐いてから言う。

「北の辺境伯は、ある聖女様を愛人にしようとしている」
「ある聖女って、フランソワの件ですか?」
「その様だな」
「北の辺境伯って、奥様はいらっしゃらないんですか?」
「いる。だが、愛人を作るのは違法ではないからな」
「奥様は納得されているんですか?」
「納得も何も相手が聖女様だから、奥方は文句は言えないだろう。メリットもある様だしな。それに、実際には北の辺境伯も愛人にしたくはないようだが」

 当主様の言っている意味がわからず、つい眉を寄せてしまう。

 愛人にしようとしているのに、愛人にしたくないだなんて、意味がわからない!

 それに奥様のメリットって何なの!?

 私の疑問を感じ取って下さったのか、当主様が答えてくれる。

「北の辺境伯は王太子殿下と同じで、聖女様を近くに置いておきたい様だ」
「王太子殿下と一緒って…、アンナが言ってましたが、いつでも結界を張ってもらったり、回復魔法をかけてもらえるからですか?」
「そういう事だな。聖女様をその様に使おうとするなんて信じられない事だが…」

 もしかしたら、フランソワから言い出したのかもしれない。
 キュララの様子から考えるに、聖女達は思った以上に働いていそう。
 今まで楽をしてきた人間が、そんな辛い生活をすぐに受け入れられるはずがない。

 そういえば、フランソワがどうとか、昨日のキュララも言っていた。
 フランソワはすでに逃げた!?

 いや、でも、そんな事を国王陛下や王太子殿下が許すはずがないと思うんだけど…。
 それにフランソワがいるなら、私は必要なくない?
 いや、匿っているから、外に出せないだけ?

「とにかく二人に渡しておきたいものがある。予定よりはだいぶ早いがな。二人に覚悟が出来た時に書いてくれ。時がくるまで私が預かっておく」

 そう言って、一枚の紙を渡してこられたので、リュークが手を伸ばして受け取って、すぐに固まった。

「どうかしたの?」

 リュークの手元を覗き込んで、何の紙かわかり、慌てて、当主様の方を見る。

「こ、これって…!」
「保険をかけておくだけだ。提出はしない。二人共、その覚悟があるなら署名してくれ」
「わかりました。ペンをお借りしても良いですか」

 リュークがそう言うと、無言で当主様はペンをリュークに差し出した。
 それを受け取ったリュークは、迷う事なく、室内にあった応接テーブルでサインをした。

「ミーファはどうする?」

 困った様な笑みを浮かべたリュークに問われて、迷ってしまう。
 こんな大事な事、すぐに決められない。
 
 だけど…。

「ミーファは別に急がなくていい。父上、これは父上にお預けします」
「待って!」

 リュークが当主様に向かって差し出した紙に、私が手を伸ばすと、二人共驚いた顔をした。

「以前はリュークが卒業してからと言われてましたが、急ぐ理由が出来たのですか?」
「ミーファ、お前もリュークもまだ若い。新たに誰かを好きになる可能性がないわけではないんだ。特にミーファ、お前は特に、そんな事を考えずに、聖女として生きてきただろう?」

 リュークも当主様も、私の事を思って言ってくれているのはわかる。
 だけど、そんな大事な気持ちくらい、自分でちゃんとわかっている。

 焦らなくても良いのかもしれない。

 だけど、当主様が急いでいる理由が他にもあるんじゃないかと思った。

「私はリュークが好きよ。婚約が決まった時は、自信がなかったけど、今ははっきりとわかる。だから、後悔なんてしないから」

 後悔するとしたら、今、私が持っている紙、婚姻届にサインをしなかった事を後悔する。 

「ミーファ」

 リュークがはにかんだ笑顔を見せてくれた。
 リュークの手からペンを取り、私もサインをしてから、当主様にペンと共に婚姻届を返した。

「当主様が必要だと思われた時にお出しください。もちろん、そんな事がないと祈りますが…。リュークが卒業した後は、自分達で出します」
「わかった」

 当主様が頷いて、受け取ってくれた時だった。

 廊下が騒がしくなり、私とリュークが扉の方に振り返ると同時に、扉がノックされた。
 当主様が許可すると、入ってきたバトラーが私を見て言った。

「ミーファ様、王太子殿下がお見えになっておられます」
「はい?」

 自分の耳を疑ってしまい、もう一度聞き返した。
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