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13 絶対にありえません!

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「王太子殿下が先程、突然やって来られまして、ミーファ様に会わせろと仰っています」
「今、どんな状態だ?」

 呆気にとられている私の代わりに、当主様が尋ねると、バトラーが答える。

「エントランスホールでお待ちいただいておりますが、相手は王太子殿下ですので、応接間にお通ししてもよろしいでしょうか」
「そうせざるをえんだろう。いつまでもエントランスホールで待たせておくわけにはいかんからな」

 当主様の言葉を聞いて、バトラーは一礼すると、慌てて部屋を出て行った。

 普通なら王太子殿下をエントランスホールで待たせる事も無礼なのかもしれないけど、それだけ招かれざる客だという事を暗に伝えているような気がする。

 もちろん、この家の中で一番偉いのは当主様だし、当主様の許可なしに、バトラーといえども勝手に案内できないというのはあるかもしれないけど。

「ミーファ、王太子殿下はお前に会いたいと言っておられるようだが、どうしたい? 悪いが、私は今すぐやらないといけない事ができてしまったから、お前の代わりに行ってやれん。お前が嫌なら、王太子殿下のお相手はリュークにさせよう」
「いえ、大丈夫です。私が行きます」
「じゃあ俺も一緒に行くよ」
 
 リュークが微笑んでから続ける。

「婚約者を他の男性と二人きりにさせる訳にはいかないから」
「その事だが…」

 リュークの言葉を聞いて、当主様が提案してくれた案に、私とリュークは大きく頷いて、肯定の意を示した。

 再度、当主様から意思確認があり、それについて先程と同じ答えを返した後、私とリュークは、その場で当主様と別れ、私とリュークは王太子殿下が待っている応接間に向かう。
 部屋の扉をノックしてから開けると、コの字に並べられているソファーの一人がけの席に、王太子殿下が足を組んでふんぞり返って座っていた。

「お待たせ致しました」

 リュークがそう言った後、私と二人でお決まりの挨拶の言葉を王太子殿下にした後、リュークはお辞儀を、私はカーテシーをした。

「遅い! それにリューク、俺はお前は呼んでいないぞ」
「申し訳ございません。婚約者を他の男性と二人きりにさせる訳にはいかないんです。ご理解いただけませんか?」

 リュークは笑顔を作って王太子殿下に言う。

「理解などできん!」
「そう仰られるのでしたら、ミーファと話は出来なくなりますが?」
「何だと!?」

 リュークの言葉に王太子殿下が立ち上がって叫ぶ。

「何を偉そうに! どうして、俺がミーファと話が出来ないんだ!」
「先程もお伝えしましたが、いくら王太子殿下であらせられても、婚約者と男性を二人きりにさせる訳にはいきません」

 王太子殿下に対して、命知らずともとられかねないリュークの発言にドキドキしながらも、見守っている場合ではないと気付き、私も口を開く。

「王太子殿下、私に御用との事ですが、リュークが言いました様に、私には婚約者がいる身ですから、他の男性と二人きりになる訳にはいきません。リュークの同席を認めていただけないのであれば、申し訳ございませんが、本日はお帰りいただき、用件を改めて書面でいただけますでしょうか」
「何だと! ミーファ! お前は自分が何を言っているのかわからないのか!」
「失礼ながら殿下、あなたの方こそ、自分が何をしていらっしゃるのか、おわかりになられないのですか? 約束もなしに屋敷に押しかけてきて、婚約者のいる女性と二人きりで話したい? 王太子殿下と噂なんて立てられましたら困るのは私の方なんですが?」
「ミーファ、本気で言っているのか?」

 最後の方は丁寧な口調が消え失せ、本音を発してしまった私を、王太子殿下は睨みつけながら聞いてきた。

 不敬罪で殺されてしまうかしら?
 いや、元聖女とはいえ、わたしの名前は世間に知られているから、さすがにそこまでは出来ないはず。
 ここまできたら、なるようになれだわ。

「本気で言っております」
「どうしてだ! 俺はお前の事をあんなにも気にかけてやっていたのに!」
「気にかける…?」

 意味がわからなくて聞き返す。
 王太子殿下が何か言う前に扉がノックされ、扉付近に立っていたリュークが扉を開けると、バトラーがリュークに二つ折りにされた紙と、小さなメモを差し出した。
 そして、メモを受け取って確認したリュークが、バトラーに向かって頷き、二つ折りの紙は持ったまま、メモだけ返すと、それを受け取ったバトラーは、目があった私に軽く会釈をして、静かに扉を閉めた。

 バトラーが割って入った事により、一度は途切れた会話だったけれど、王太子殿下が口を開く。

「ミーファ、俺は十分、お前の事を気にかけてやったいただろう。城内で出会えば声を掛け、手紙だって何通も送った! 他の聖女にはしていない事なんだぞ!」
「他の聖女にはしていないと言われましても、あなたが私にして下さった事は、私にとっては嫌がらせにしか受け取れなかったのですが…」
「ミーファ、何を言ってるんだ! 言わないとわからないのか? それだけ俺がお前を特別扱いしてやっていたという事だろう!」

 信じられない様なものを見る目で言ってくる王太子殿下だけれど、はっきり言って、私の方が信じられない気持ちで一杯なんだけど?

 暴言を吐いたり、嫌がらせみたいな手紙を送ってくるのが特別扱い?
 そんな特別扱いなんていらないわ。

「王太子殿下は私を特別扱いして下さっていたようですが、私はその行動によって不快な思いしかしておりません」
「不快だと!? ミーファ、お前、俺が誰だかわかっているのか! 王族なんだぞ! 俺に対して、そんな口のきき方が許されると思っているのか!」

 王太子殿下が顔を真っ赤にして叫ぶと、リュークが王太子殿下に近付きながら言う。

「もちろん、ミーファも自分の立場をわかっていますよ。ですが、ミーファの立場も私の立場も、今、現在はあなたと同等の発言をしても良いという立場にあります」
「何だと! いくら、元聖女と従兄弟だからって、そんな事があるわけないだろ!」
「残念ながら、それを許すという許可をいただいております」

 リュークはそう言って、二つ折りにされていた紙を開き、王太子殿下の目の前に突きつけた。

「何だいきなり!」

 そう言って、王太子殿下は紙を奪おうとしたけれど、奪われたらいけない為か、リュークが腕を上にあげた為、背の低い彼には背伸びをしても届かなかった。
 王太子殿下の背丈は、この国の女性の平均身長くらいしかないので、男性にしてみれば低い方だし、逆にリュークは男性でも高い方なので、子供と大人までとはいかないけれど、大きな身長差がある。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねる王太子殿下が滑稽で笑いたくなったけれど、何とかこらえて、リュークに尋ねる。

「一体、何が書いてあるの?」

 リュークは王太子殿下から離れ、扉付近で立ったままの私の所までやって来ると、紙を渡してくれた。

 紙の下の方には、リーフ殿下とカイン殿下の名前が書かれてあり、対王太子殿下にのみ、私とリューク、当主様に自分たちと同一の権限を与え、発言の責任については二人が取ると書かれてあり、直筆の署名もされていた。

「これって…」
「詳しい話は落ち着いてからするつもりだけど、前にミーファからリーフ殿下とカイン殿下に連絡を取ってくれって言われてたろ? その後も何度か連絡を取ってたんだ」
「そうだったのね…」
「おい! 俺を無視して話をするな! 一体、何なんだ!」
「落ち着いてお読み下さい」

 そう言って、リュークがまた王太子殿下に近付き、目の前に紙を差し出すと、今度は奪い取ろうとはせずに、王太子殿下は文面を読み始め、そして、怒り始めた。

「俺に対してのみだと! 何を考えてるんだ、あいつらは! 邪魔だから他国に追いやったのに、こんな風に邪魔をするのか!」
「王太子殿下、そういえば、今日はお一人でいらっしゃったのですか?」

 リュークが尋ねると、王太子殿下は憤慨したまま答える。

「転移の魔道具で来たんだ、当たり前だろう!」
「誰かに連絡はされているのですよね?」
「していない! いや、キュララは知っているはずだ」
「聖女様ですか」

 リュークが呆れた顔で呟く様に言った。

 側近に何も言わずに出てくるなんて、今頃、彼がいなくなったと、側近の人が探し回ってなければいいけど…。
 といっても、どこに行ったかは見当はつくかしらね。
 でも、たぶんそこにいるだろうという理由で探さない訳にはいけないだろうから、迷惑な話だわ。
 これで責任を取れだなんて言われたら、喜んで辞めてしまいそう。

 キュララが知っていると王太子殿下は言ったけれど、キュララはわざわざ教えてあげる様な親切なタイプじゃないし。
 そういえば…。

「でも、なぜ、キュララ限定なんですか?」
「やはり俺の事が気になるんだな!?」
「いえ…、そういう訳ではなくてですね」
「俺と婚約したいなら、はっきりと言え! 今、素直に言うのなら、今までも無礼は水に流してやる」
「ですから、そんな気は全くありません!」

 リーフ殿下とカイン殿下のお許しも出ている事だし、正直な気持ちを伝えさせてもらう事にする。

「私は王太子殿下の事を今まで一度たりとも、異性として意識した事はございません。それはこの先もそうです。ですから、王太子殿下との婚約を望む事なんて、絶対にありえません! ですから、もうその話をするのは止めていただけませんか」
「意地を張るなと言ってるだろう!」

 何なのこの人。
 全然、話が通じないんだけど!

「王太子殿下、いいかげんにして下さい。たとえ殿下とはいえ、婚約者のいる女性に、その様な発言は許されませんよ」
「うるさい! 偉そうに! 大体、リューク! お前は年下の分際で俺よりも背が高いからって馬鹿にしやがって」
「殿下、仰っておられる意味がわかりません。私は背丈の事で殿下を馬鹿にした事など一度もありませんが?」

 リュークが低い声で言う。
 背丈の事では馬鹿にしていないというのは嘘じゃないわね。
 他の事では馬鹿にしてると思うけど。
 あ、でも、さっきの行動は馬鹿にしてた様になるのかしら?
 リューク的には馬鹿にしたつもりはないだろうけれど、王太子殿下にしてみれば、馬鹿にされた様に感じたのかもしれない。

「俺だって背が高ければ…!」

 悔しそうに殿下が言った後、私を指差して叫ぶ。

「ミーファ! 絶対にお前を俺のものにしてやるからな!」
「ありえません! そんな悪夢みたいな事を嘘でも口にしないで下さい!」
「悪夢だと!?」

 王太子殿下の言葉に対して、私が言い返そうとした時、何の前触れもなく扉が開いた。
 振り返ると、当主様が難しい顔をして入ってくると、王太子殿下に向かって頭を下げた。

「王太子殿下、ご尊顔を拝見でき光栄にございます」

 言葉とは正反対の重々しい声で当主様は言った後、言葉を続ける。

「ご報告がありまして、こちらへやって来させていただきました」
「報告だと…?」

 突然の当主様の出現に、王太子殿下は焦った表情で聞き返す。

「はい。先程、リュークとミーファ、この二人の婚姻が認められました事を、王太子殿下にご報告いたします」

 当主様の言葉に、王太子殿下は口をぽかんと開けたのだった。
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