【完結】捨てられた私が幸せになるまで

風見ゆうみ

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7  誤算(ヘーベル公爵side)

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「おい! レティアを連れてこい!」

 レティシアが出て行き、少しの沈黙の後に、ヘーベル公爵は立ち上がって扉を開け、扉の前に控えていたメイドに叫んだ。

「承知いたしました!」

 メイドは返事をすると、慌てて、レティアがいると思われる屋根裏部屋のある方向に向かって走っていった。
 指示をしてから、先程まで座っていた場所に腰を下ろすと、ローテーブルをはさんだ向かい側に座る、レイブンや、彼の後ろに立っている魔道士達の目は、明らかにヘーベル公爵を非難していた。

 自分の娘の身代わりをたてようとしていた事が王家にバレれば、自分達の地位が危ないと感じたヘーベル公爵は、シブン達に情で訴えかける。

「今まで騙していた事は申し訳なかった。心からお詫びしよう。ただ、自分の可愛い娘を遠くの地に送り出すのは、父親として耐え難きものだったんだ」
「でも、実際、あなたの娘は俺と結婚したがっているが、止めなくていいのか?」

 レイブンが聞くと、ヘーベル公爵は首を縦に振る。

「もちろん止めている! 今回の事は、あの子が一人で言い出した事だ。まだ精神に子供なところがある。それは許してやってくれ。考え直すように説得しよう」
「レティシア様は子供という事か。では、その責任は保護者である、あなたが取ってくれるという事だな。レティアをこのまま連れて帰らせてくれるなら、今回の件は父が言うように、こちらからの婚約破棄という形で不問にしてやると言ってるんだ。有り難く思ってくれよ」

 レイブンの口調にヘーベル公爵は怒りを覚える。

(たかが魔道士風情が、公爵の私にそんな口のききかたを!)

 腸が煮えくり返る様な怒りを覚えたヘーベル公爵だったが、そこは公爵としての自覚もある為、怒りを押し殺して、申し訳ない顔をして頭を下げる。

「そう言ってもらえると助かる。そうしないと、ヘーベル家の立場がこの国で良くないものになる。そうなると、領民達が苦しむ事になるからな」
「どうだろうな。他の人間に代わった方がいいかもしれない」

 レイブンの言葉に、ヘーベル公爵は思わず彼を睨みそうになったが、何とかこらえた。

 しばらくすると、メイドが焦った顔をして戻ってきた。
 レティアを連れてきていない事に気が付いたヘーベル公爵は眉根を寄せて、厳しい口調でメイドに言う。

「レティアはどこだ!」
「それが…、いらっしゃらないんです」
「いない…? そんな訳がないだろう!」
「それが、本当に部屋の中に、いらっしゃらないんです!」
「あの部屋は外から鍵がかかっているから、誰かが鍵を開けないと、外へ出れないはずだ! 誰かが出さない限り、いないわけがないだろう!」

 そこまで叫んで、慌ててヘーベル公爵は自分の口を押さえた。

(しまった! 動揺しすぎて口を滑らせた)

 自分の失言を誤魔化す為に、ヘーベル公爵は慌てて、レイブン達の方に顔を向けて言う。

「レティアが良くない事をして、いつもとは違う部屋に軟禁していたんだ。普段はそんな事はしない。今回はたまたまだ。誰かが、閉じ込められているレティアを可哀想に思って開けてしまったのかもしれない」

 そこまで言ってから、すぐにメイドの方に顔を向けて指示を出す。

「早くレティアを探せ!」
「承知しました」
「シブン様、レイブン様、そろそろ次の約束のお時間です」

 シブンとレイブンの後ろに立っていた、ポニーテールの魔道士が腰を折り曲げ、彼の耳元で囁く声が、ヘーベル公爵の耳にも届いた。

(それは、丁度いい)

 ヘーベル公爵は心の中でほくそ笑んだ後、シブンに向かって言う。

「用事があるようだから、今日は帰ってくれてかまわない。レティアを見つけ次第、すぐに連絡を入れよう」
「見つけられなかったらわかってるだろうな」

 シブンは、そう言ったかと思うと、手の上に火の玉を作った。

「この家くらいなら、簡単に燃やせるからな」

(そんな小さな火の玉で、私を脅せると思うなよ)
 
 ヘーベル公爵が思った、その時だった。

 シブンは眉を寄せて、護衛の名を呼んだ。

「アメリア」
「承知しました」
  
 アメリアは返事を返すと、窓に近付き、何かを確認したかと思うと、小声で公爵には聞き取れない言葉を呟いた。
 すると、次の瞬間、屋敷の庭に突然、轟音と共に稲光が走った。

 慌てて、ヘーベル公爵が窓に近寄り、外を見ると、庭にあった大きな木が落雷により焼け焦げていた。 

「ノース」
「へいへい」

 アメリアに呼ばれたノースは、彼女の隣に立つと、窓の方に向かって手を伸ばし、今度もヘーベル公爵には聞き取れない言葉を呟いたかと思うと、焼け焦げたはずの木が何事もなかったかの様に元の形に戻った。

 ヘーベル公爵が驚きで何も言えずにいると、シブンが立ち上がって言う。

「火は怖くなかったみたいだから、雷を落とさせてもらった。木に罪はないから修復したが、相手がどこかの誰かさんだと、治してやる気にならないかもしれない。ああ、どこかの誰かさんの娘でもいい」
「……脅迫する気か…」
「汚いことをしていた、お前に言われたくない。帰るぞ」

 シブンが黒のローブを翻すと、レイブンも立ち上がり、ヘーベル公爵を一睨みしてから、背中を向けた。

 アメリアが一番先に部屋を出て、レイブン達が出て行った後、最後にノースが部屋を出て行く際、ヘーベル公爵に向かって言った。

「レティの偽者を寄越しても無駄ですよ。俺達がわからないはずがない。あ、あと、俺は優しいから教えてあげます」

 ノースは眉根を寄せて、言葉を続ける。

「レティア様はこの屋敷内にはいませんよ」
「何だと!?」
「おい、ノース! 何してる、行くぞ!」

 レイブンに叱られ、ノースは慌てて彼に返事をする。

「今、行くよ。では、ヘーベル公爵、頑張って、レティを探してくれ」
「おい、ちょっと待ってくれ! レティアがいないとはどういう事だ! お前達が逃したのか!?」

 ヘーベル公爵の問いかけに、ノースではなく、レイブンが立ち止まり、振り返って答える。

「それはこっちの台詞だ。この屋敷に俺達が来た時から、この屋敷内にはレティの魔力は感じられなかった」
「な、な、なんだと!?」

 ヘーベル公爵は本気で驚いた。
 けれど、すぐに、先程のレティシアの様子を思い出した。

(前々から、レティアを嫌っていたが、まさか、レティシア…!)

 自分の娘がレティアをどこかに連れて行ったのだとわかったヘーベル公爵は、近くにいたメイドに叫ぶ。

「レティシアを呼んで来い!」
「は、はい!!」
「ヘーベル公爵、あなたがレティを連れて来られる事ははさそうですね」

 レイブンはにこりと笑うと、ヘーベル公爵に背を向け、前を向いて歩き出す。

「父さん、微弱だけど、俺と父さんの魔力を感じた」
「俺もだ。かなり離れた場所の様だがな」

 この時、レイブン達は、レティアが男達に絡まれた際に発動した魔力を感じ取っていた。

「レティアを迎えに行く」
「ノース、アメリア、悪いが、外で待たせている魔道士達と一緒に、レイブンとレティアを頼む。俺はレティアを迎え入れる用意をする」
「承知しました」

 ノースとアメリアの声が重なった。

 ヘーベル公爵の耳には、そんなレイブン達の会話は、当たり前だが聞こえていなかった。


 
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