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7 夫の大好きな人 ②
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「ど、どうして、ミスティック伯爵令嬢が私に会いに来るんだ!?」
レンジロード様は平静を装っているつもりでしょうけど、口がひくひくと震えているので、笑みを必死にこらえているのがわかる。そんなレンジロード様を不思議そう見ながら、メイドは答える。
「リコット様のお見舞いに来てくださったそうです。ですが、まずは、旦那様にご挨拶をしたほうが良いかということかと……」
「リ、リコットの?」
あからさまにがっかりした顔をしたレンジロード様は、わたしとお母様の冷たい視線に気がついて、すぐに笑顔を作る。
「そうか。リコットの見舞いに来てくれたのなら通すしかないな。私が相手をしよう。応接室に案内してくれ」
「承知いたしました」
メイドが去っていったあと、レンジロード様は満面の笑みを浮かべて話しかけてくる。
「リコット、君は詫び状を書くことに忙しそうだから、私が三人の相手をする。せっかく足を運んでくれたのに会うことができなくて申し訳ないと詫びていたと伝えておく」
「詫び状を書く元気があるのに、お見舞いに来てくださった方とお会いしないなんて、とても失礼なことだと思います。部屋を片付けてもらいますので、レンジロード様はその間に、ミスティック伯爵令嬢とお話なさってはどうでしょうか」
「いや、駄目だ。私が相手をするから君は気にするな」
そう言って、レンジロード様は早足で部屋を出ていく。扉が閉まると、お母様は呆れた表情で言う。
「レンジロード様に好きな人がいるというのは、あなたから聞いていたけれど、お相手はミスティック伯爵令嬢なのね」
「わかりやすいでしょう?」
「ええ。あんなにソワソワしていたら、言葉にしなくてもミスティック伯爵令嬢のことが好きだとわかるわね」
お母様は呆れた顔のまま、話を続ける。
「あなたはレンジロード様と別れることはできないのかしら」
「レンジロード様も離婚は良くないことだとわかっているんです。ミスティック伯爵令嬢に悪く思われたくないみたいですよ」
「それだけの理由? こちらの立場が弱いからって酷いわ! それに、そんなに好きなら、どうして自分が婚約者になろうとしなかったのかしら」
「たぶん、遠くから見ることしかできない人なんだと思います」
今までのことを考えると、レンジロード様はミスティック伯爵令嬢を前にすると、会話をすることも難しい。
レンジロード様はそんな自分を情けなく思っていて、彼女に幻滅されたくないのだと思う。
「それに、ミスティック伯爵令嬢は婚約者のジリン様とうまくやっているようですし、ミスティック伯爵令嬢が幸せなら、それで良いという考えなのでしょう」
「パーティーでのレンジロード様を見た人は、彼の気持ちを知っているのかしら」
「その可能性はあります。ミスティック伯爵令嬢は気づいていないみたいですけど」
お母様と話をしていると、顔を真っ赤にしたレンジロード様がやって来た。
「リコット! ミスティック伯爵令嬢がどうしても君と話がしたいと言っている! いつから、そんな仲になったんだ!?」
大股でわたしに近づきながら、お母様の前だというのに、平静を装うことも忘れて叫ぶ。
「早く言え!」
「ミスティック伯爵令嬢とは、何度かパーティーでご挨拶した記憶しかありません。きっと、お優しい方なので、顔見知りでしかないわたしのことも気にしてくださっているのでしょう」
「……本当にそうなのか?」
「そうですわ」
嫌悪感を隠さずに答えると、レンジロード様は眉間に皺を寄せる。
「どうして君は、そんなに機嫌が悪そうにしているんだ?」
「レンジロード様とお話したくないからです」
「頼む。頼むから機嫌をなおしてくれないか」
レンジロード様はミスティック伯爵令嬢に嫌われたくなくて必死だった。
「私の気持ちは絶対に彼女に伝えないでくれないか。頼む!」
「ミスティック伯爵令嬢には、わたしからは何も言いませんので、ご安心ください」
人を好きになることは自由だ。だから、レンジロード様の恋をわざわざ邪魔するつもりはない。
でも、ミスティック伯爵令嬢の迷惑にならないように、レンジロード様の恋心をわたしは言葉にはしないように決めた。
「ありがとう。それから、わかっているよな?」
「……はい。わたしから、ミスティック伯爵令嬢には言いません」
踏み外したと言えということらしい。これについても、わたしからは何も言わないことにした。そう言わないと会わせてもらえないしね。
納得したレンジロード様は、メイドにミスティック伯爵令嬢たちを連れてくるように命令した。
お母様が別室に移動した時、扉が開いて、レンジロード様が笑顔でミスティック伯爵令嬢を促す。
「さ、さあ、な、中へどうぞ」
「失礼いたします」
紫色のドレスを着たミスティック伯爵令嬢は、一礼して中に入ってくると、ベッドから起き上がろうとしたわたしに向かって叫ぶ。
「そのままで結構ですわ! 何者かから、階段から突き落とされたと聞きましたの! それはもう恐ろしかったでしょう!?」
ミスティック伯爵令嬢の言葉を聞いたレンジロード様の顔から、笑みが一瞬にして消え去った。そんな彼とは反対に、シリュウ兄さまは、わたしを見てにこりと微笑んだ。
レンジロード様は平静を装っているつもりでしょうけど、口がひくひくと震えているので、笑みを必死にこらえているのがわかる。そんなレンジロード様を不思議そう見ながら、メイドは答える。
「リコット様のお見舞いに来てくださったそうです。ですが、まずは、旦那様にご挨拶をしたほうが良いかということかと……」
「リ、リコットの?」
あからさまにがっかりした顔をしたレンジロード様は、わたしとお母様の冷たい視線に気がついて、すぐに笑顔を作る。
「そうか。リコットの見舞いに来てくれたのなら通すしかないな。私が相手をしよう。応接室に案内してくれ」
「承知いたしました」
メイドが去っていったあと、レンジロード様は満面の笑みを浮かべて話しかけてくる。
「リコット、君は詫び状を書くことに忙しそうだから、私が三人の相手をする。せっかく足を運んでくれたのに会うことができなくて申し訳ないと詫びていたと伝えておく」
「詫び状を書く元気があるのに、お見舞いに来てくださった方とお会いしないなんて、とても失礼なことだと思います。部屋を片付けてもらいますので、レンジロード様はその間に、ミスティック伯爵令嬢とお話なさってはどうでしょうか」
「いや、駄目だ。私が相手をするから君は気にするな」
そう言って、レンジロード様は早足で部屋を出ていく。扉が閉まると、お母様は呆れた表情で言う。
「レンジロード様に好きな人がいるというのは、あなたから聞いていたけれど、お相手はミスティック伯爵令嬢なのね」
「わかりやすいでしょう?」
「ええ。あんなにソワソワしていたら、言葉にしなくてもミスティック伯爵令嬢のことが好きだとわかるわね」
お母様は呆れた顔のまま、話を続ける。
「あなたはレンジロード様と別れることはできないのかしら」
「レンジロード様も離婚は良くないことだとわかっているんです。ミスティック伯爵令嬢に悪く思われたくないみたいですよ」
「それだけの理由? こちらの立場が弱いからって酷いわ! それに、そんなに好きなら、どうして自分が婚約者になろうとしなかったのかしら」
「たぶん、遠くから見ることしかできない人なんだと思います」
今までのことを考えると、レンジロード様はミスティック伯爵令嬢を前にすると、会話をすることも難しい。
レンジロード様はそんな自分を情けなく思っていて、彼女に幻滅されたくないのだと思う。
「それに、ミスティック伯爵令嬢は婚約者のジリン様とうまくやっているようですし、ミスティック伯爵令嬢が幸せなら、それで良いという考えなのでしょう」
「パーティーでのレンジロード様を見た人は、彼の気持ちを知っているのかしら」
「その可能性はあります。ミスティック伯爵令嬢は気づいていないみたいですけど」
お母様と話をしていると、顔を真っ赤にしたレンジロード様がやって来た。
「リコット! ミスティック伯爵令嬢がどうしても君と話がしたいと言っている! いつから、そんな仲になったんだ!?」
大股でわたしに近づきながら、お母様の前だというのに、平静を装うことも忘れて叫ぶ。
「早く言え!」
「ミスティック伯爵令嬢とは、何度かパーティーでご挨拶した記憶しかありません。きっと、お優しい方なので、顔見知りでしかないわたしのことも気にしてくださっているのでしょう」
「……本当にそうなのか?」
「そうですわ」
嫌悪感を隠さずに答えると、レンジロード様は眉間に皺を寄せる。
「どうして君は、そんなに機嫌が悪そうにしているんだ?」
「レンジロード様とお話したくないからです」
「頼む。頼むから機嫌をなおしてくれないか」
レンジロード様はミスティック伯爵令嬢に嫌われたくなくて必死だった。
「私の気持ちは絶対に彼女に伝えないでくれないか。頼む!」
「ミスティック伯爵令嬢には、わたしからは何も言いませんので、ご安心ください」
人を好きになることは自由だ。だから、レンジロード様の恋をわざわざ邪魔するつもりはない。
でも、ミスティック伯爵令嬢の迷惑にならないように、レンジロード様の恋心をわたしは言葉にはしないように決めた。
「ありがとう。それから、わかっているよな?」
「……はい。わたしから、ミスティック伯爵令嬢には言いません」
踏み外したと言えということらしい。これについても、わたしからは何も言わないことにした。そう言わないと会わせてもらえないしね。
納得したレンジロード様は、メイドにミスティック伯爵令嬢たちを連れてくるように命令した。
お母様が別室に移動した時、扉が開いて、レンジロード様が笑顔でミスティック伯爵令嬢を促す。
「さ、さあ、な、中へどうぞ」
「失礼いたします」
紫色のドレスを着たミスティック伯爵令嬢は、一礼して中に入ってくると、ベッドから起き上がろうとしたわたしに向かって叫ぶ。
「そのままで結構ですわ! 何者かから、階段から突き落とされたと聞きましたの! それはもう恐ろしかったでしょう!?」
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