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12 離婚したくない夫 ①
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「……リコット、何を言い出すんだ」
演技をしなければならないことを思い出したのか、レンジロード様は悲しげな顔になって、わたしを見つめた。
「レンジロード様、本当に残念です。わたしはあなたにチャンスを与えたんですよ」
「馬鹿なことを言うな。チャンスを与えたのは私だ」
レンジロード様が首を横に振ると、先代の頃からブロスコフ侯爵家に仕えている年配の側近が口を開く。
「リコット様、あなたはレンジロード様が自分を階段から突き落としたと言いたいようですが、誰がそんな嘘を信じると言うのですか? レンジロード様はとてもお優しい方です。あなたが気を失っている間、文句など何一つ言わずに招待客の一人一人に詫びておられたんですよ」
「あなたは、レンジロード様に感謝しろと言いたいのかもしれませんが、わたしを突き落とすなんて馬鹿なことをしなければ、レンジロード様は招待客に謝らなくても良かったじゃないですか!」
「……もういいよ、リコット。そんなに私が君を突き落としたと言うのなら、そういうことにすれば良いだろう。だから、機嫌を直してくれ」
レンジロード様は今までに聞いたことのないような優しい声で話しかけてきた。さっきまでは懇願していたのに、周りが自分の味方だから、妻の嘘に付き合ってやっている夫を演じることにしたみたいだ。
「罪を認めるのですか?」
「やってはいないよ。でも、君にだけはやったと言ってあげよう」
「……わたしが真実を話しても世間は信じないと言いたいのですね?」
「そうだ。みんな、私がどんな人物か知ってくれているからな。私は愛する妻を突き落とすような人間ではない」
レンジロード様が強気の表情に戻り、廊下に目を向けたので見てみると、若いメイドは軽蔑の眼差しをわたしに向けていた。
……そういえば、前に年配のメイドが忠告してくれていたわね。
使用人がレンジロード様の味方に付いているのなら、毒殺まではされないにしても、食べ物に何かを入れられたり、嫌がらせをされる可能性が高い。それをレンジロード様に訴えても「うちの使用人がそんなことをしたと嘘をついている」と言われるに違いないわよね。
そうなるとまた、わたしは嫌がらせをしてきた以外の人に嘘つき呼ばわりされるんだわ。
こんな展開になるとは思っていなかったけれど、簡単にここを出られないということくらいはわかっていた。だから、わたしはわたしで昨日のうちに連絡を入れていたところがあった。
きっと、午前中の間に何らかの動きがあるはず。とにかく、今は部屋から出て行ってもらいましょう。
「レンジロード様、わたしはわたしなりのやり方で戦います」
「何をするつもりだ? 嘘つきな君を助けてくれるのは家族くらいだろう?」
「わたしも先日まではそう思っていました。でも、そうではなかったんです」
「ミスティック伯爵令嬢に助けを求めるつもりかもしれないが、これから君が誰かに送る手紙は私が全部確認を入れる。嘘の内容を書いていたなら、君を名誉毀損で訴えなければいけなくなるので覚えておくんだな」
「訴えられるものならどうぞ!」
強く言い返したあと、レンジロード様だけでなく、まだわたしを睨みつけている側近やメイドたちに叫ぶ。
「話すことなんてもうないわ! みんな、部屋から出て行って!」
「……まったく、困ったものだ。みんな、すまないか。今日のリコットはいつも以上に気が立っているらしい」
良い夫アピールをしたあと、レンジロード様はみんなを連れて部屋から出て行った。
お母様は鍵をかけたあと、小さく息を吐く。
「レンジロード様は本当に信じられない人ね。普段は使わない階段に呼び出したり、その階段付近に限ってカーペットを替えたりしたのでしょう? それを聞いただけでも怪しいと思うわ」
「それには本人も気がついていたようで、他の場所のカーペットも発注をかけていたんです」
「届いていなかったから替えていないと言い張るつもりね?」
「そういうことです」
「でも、普段使わないほうを替えていくものかしら」
「それについては、たまたまだとかで乗り切るんじゃないでしょうか」
お母様は不安そうな顔で、ベッドの上に座ってわたしに尋ねる。
「このままじゃ、あなたの命が危なくなるかもしれないわ。どうするつもりなの?」
「大丈夫です」
「大丈夫って……」
「昨日の晩、シリュウ兄さまの配下の人に頼んで、シリュウ兄さまに助けを求めています」
「シリュウ様の!? で、でも、どうやって」
「シリュウ兄様が念の為にと、わたしのために女性の護衛騎士を一人連れてきてくれていたんです」
お母様は良い人だから、すぐに顔に出てしまう。申し訳ないけれど、お母様が部屋にいない間に窓に近い所にある木の上に隠れていた護衛騎士に、こんなことがあったと話をしておいたのだ。わたしが眠っている間に、シリュウ兄様に連絡を入れてくれているはずなので、きっと、何らかの動きがあるはずだ。
とにかく、このままでは離婚はできない。離婚はできなくても別居という手はあるのだから、反対されても、ここを出ていく準備をしようと思った時、足音が近づいてくることに気がついた。その足音はわたしの部屋の前で止まり、ノックもなく扉が開けられた。
入ってきたのはレンジロード様だった。
「リコット! どういうことだ!」
「……どういうこととは?」
「トファス公爵がシリュウ様と一緒に君に会いに来ている! どうして、トファス公爵が来るんだ!」
そういえば、レンジロード様はシリュウ兄さまに自分は侯爵で、シリュウ兄さまは公爵令息だと言っていたわね。
「先日、レンジロード様がシリュウ様を侮辱するような発言をされたからではないですか?」
「なっ……」
自分よりも身分が上である人物の登場に、レンジロード様はルイーダ様に対するものとは違う焦りを感じているようだった。
演技をしなければならないことを思い出したのか、レンジロード様は悲しげな顔になって、わたしを見つめた。
「レンジロード様、本当に残念です。わたしはあなたにチャンスを与えたんですよ」
「馬鹿なことを言うな。チャンスを与えたのは私だ」
レンジロード様が首を横に振ると、先代の頃からブロスコフ侯爵家に仕えている年配の側近が口を開く。
「リコット様、あなたはレンジロード様が自分を階段から突き落としたと言いたいようですが、誰がそんな嘘を信じると言うのですか? レンジロード様はとてもお優しい方です。あなたが気を失っている間、文句など何一つ言わずに招待客の一人一人に詫びておられたんですよ」
「あなたは、レンジロード様に感謝しろと言いたいのかもしれませんが、わたしを突き落とすなんて馬鹿なことをしなければ、レンジロード様は招待客に謝らなくても良かったじゃないですか!」
「……もういいよ、リコット。そんなに私が君を突き落としたと言うのなら、そういうことにすれば良いだろう。だから、機嫌を直してくれ」
レンジロード様は今までに聞いたことのないような優しい声で話しかけてきた。さっきまでは懇願していたのに、周りが自分の味方だから、妻の嘘に付き合ってやっている夫を演じることにしたみたいだ。
「罪を認めるのですか?」
「やってはいないよ。でも、君にだけはやったと言ってあげよう」
「……わたしが真実を話しても世間は信じないと言いたいのですね?」
「そうだ。みんな、私がどんな人物か知ってくれているからな。私は愛する妻を突き落とすような人間ではない」
レンジロード様が強気の表情に戻り、廊下に目を向けたので見てみると、若いメイドは軽蔑の眼差しをわたしに向けていた。
……そういえば、前に年配のメイドが忠告してくれていたわね。
使用人がレンジロード様の味方に付いているのなら、毒殺まではされないにしても、食べ物に何かを入れられたり、嫌がらせをされる可能性が高い。それをレンジロード様に訴えても「うちの使用人がそんなことをしたと嘘をついている」と言われるに違いないわよね。
そうなるとまた、わたしは嫌がらせをしてきた以外の人に嘘つき呼ばわりされるんだわ。
こんな展開になるとは思っていなかったけれど、簡単にここを出られないということくらいはわかっていた。だから、わたしはわたしで昨日のうちに連絡を入れていたところがあった。
きっと、午前中の間に何らかの動きがあるはず。とにかく、今は部屋から出て行ってもらいましょう。
「レンジロード様、わたしはわたしなりのやり方で戦います」
「何をするつもりだ? 嘘つきな君を助けてくれるのは家族くらいだろう?」
「わたしも先日まではそう思っていました。でも、そうではなかったんです」
「ミスティック伯爵令嬢に助けを求めるつもりかもしれないが、これから君が誰かに送る手紙は私が全部確認を入れる。嘘の内容を書いていたなら、君を名誉毀損で訴えなければいけなくなるので覚えておくんだな」
「訴えられるものならどうぞ!」
強く言い返したあと、レンジロード様だけでなく、まだわたしを睨みつけている側近やメイドたちに叫ぶ。
「話すことなんてもうないわ! みんな、部屋から出て行って!」
「……まったく、困ったものだ。みんな、すまないか。今日のリコットはいつも以上に気が立っているらしい」
良い夫アピールをしたあと、レンジロード様はみんなを連れて部屋から出て行った。
お母様は鍵をかけたあと、小さく息を吐く。
「レンジロード様は本当に信じられない人ね。普段は使わない階段に呼び出したり、その階段付近に限ってカーペットを替えたりしたのでしょう? それを聞いただけでも怪しいと思うわ」
「それには本人も気がついていたようで、他の場所のカーペットも発注をかけていたんです」
「届いていなかったから替えていないと言い張るつもりね?」
「そういうことです」
「でも、普段使わないほうを替えていくものかしら」
「それについては、たまたまだとかで乗り切るんじゃないでしょうか」
お母様は不安そうな顔で、ベッドの上に座ってわたしに尋ねる。
「このままじゃ、あなたの命が危なくなるかもしれないわ。どうするつもりなの?」
「大丈夫です」
「大丈夫って……」
「昨日の晩、シリュウ兄さまの配下の人に頼んで、シリュウ兄さまに助けを求めています」
「シリュウ様の!? で、でも、どうやって」
「シリュウ兄様が念の為にと、わたしのために女性の護衛騎士を一人連れてきてくれていたんです」
お母様は良い人だから、すぐに顔に出てしまう。申し訳ないけれど、お母様が部屋にいない間に窓に近い所にある木の上に隠れていた護衛騎士に、こんなことがあったと話をしておいたのだ。わたしが眠っている間に、シリュウ兄様に連絡を入れてくれているはずなので、きっと、何らかの動きがあるはずだ。
とにかく、このままでは離婚はできない。離婚はできなくても別居という手はあるのだから、反対されても、ここを出ていく準備をしようと思った時、足音が近づいてくることに気がついた。その足音はわたしの部屋の前で止まり、ノックもなく扉が開けられた。
入ってきたのはレンジロード様だった。
「リコット! どういうことだ!」
「……どういうこととは?」
「トファス公爵がシリュウ様と一緒に君に会いに来ている! どうして、トファス公爵が来るんだ!」
そういえば、レンジロード様はシリュウ兄さまに自分は侯爵で、シリュウ兄さまは公爵令息だと言っていたわね。
「先日、レンジロード様がシリュウ様を侮辱するような発言をされたからではないですか?」
「なっ……」
自分よりも身分が上である人物の登場に、レンジロード様はルイーダ様に対するものとは違う焦りを感じているようだった。
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