次は間違えないと言われましても

風見ゆうみ

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4   怒る公爵令嬢

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「ランフェス、……あの、私にはさっぱり話がわからないのですが、どうして、あなたの中で私が殺されることになっているんですか?」
「ユミリーには記憶がないのか?」

 ランフェスは驚いた顔をしたあと、首を横に振って質問を撤回します。

「そうだよな。記憶があったら、ノジル伯爵令嬢を侍女になんてしないよな」
「えっと、ランフェスの中ではファルナはどんな人なのでしょう?」
「ユミリー、信じられないと思うが聞いてくれ。この女と君は仲の良い友人同士だった。君がトーマス殿下の元に嫁ぐことになった時、彼女は君と少しでも長く一緒にいるために侍女になったんだ」

 ランフェスは言葉を区切ると、私からファルナに視線を移します。

「詳しい事情はわからないが、彼女はトーマス殿下を好きになったんだ。それで、ユミリーを裏切った」
「そうですわ。ユミリー様と私は親友でした。わたくしがトーマス殿下に恋に落ちてしまうまでは、一生、大事にしたいと思っていたお友達でしたわ」

 ファルナは十歳の子供が浮かべるものとは思えない、凶悪な笑みを浮かべて言いました。ファルナにも記憶があるようですから聞いてみます。

「友達でしたということは、ランフェスの言う通り、あなたは私を裏切ったんですね」
「裏切ってなどいません。友情よりも恋愛を取っただけですわ」
「あなたの中では裏切りとは言わないわけですね。では、質問を変えます。トーマス殿下にそれだけ魅力を感じていたということですか」

 今の私にはトーマス殿下のどこが良いのか、さっぱりわかりません。

「そうですわ。友人はまた作れば良いですが、愛する人に代わりはいません。トーマス殿下のように深い愛情を他者に向けられる人に、わたくしは愛してもらいたかったのです」

 ファルナが声を上げて笑った時でした。ノックの音と共にトーマス殿下が部屋の中に入ってきました。

「トーマス殿下! お久しぶりでございます!」

 ファルナは凶悪な表情を消し、笑顔でトーマス殿下に近寄っていきました。そんなファルナとは裏腹に、トーマス殿下はファルナを見るなり表情を歪め、突然、彼女の頬を打ったのです。

「きゃあっ!」

 ファルナは後ろによろめき、頬を押さえてトーマス殿下を見つめます。

「で、殿下……、どうして」
「どうしたもこうしたもないよ。ユミリーの前では僕たちは関係のないふりをするという約束だったよね?」
「そ、それは時間が巻き戻る前の話では……」
「今だって一緒だ」

 トーマス殿下はため息を吐くと、私とランフェスに目を向けます。

「やっぱり二人はそういう仲だったんだな」
「二人きりでなければ話をしても良いという許可はいただいています」
「馬鹿だなユミリー。そこは、僕がそう言っても遠慮して話をしないもんなんだよ!」
「……馬鹿で申し訳ございません」

 自分を殺したと言っている人に、私はそこまで気を利かせるつもりはありません。嫌なら嫌とはっきり言ってもらったほうが良いです!

「トーマス殿下、悪いのは俺です」
「……そうだね」

 ランフェスが私を庇うと、トーマス殿下は笑顔で頷きながら、ランフェスの頬を拳で殴りました。

「ランフェス!」
「来るな!」

 ソファに倒れ込んだランフェスに駆け寄ろうとすると、彼は手で制しながら叫びました。

 そうですよね。私が気にかければ、余計に状況が悪化するでしょう。

 申し訳ない気持ちで一杯になりましたが、ここは動きを止めて口を閉ざしました。

 トーマス殿下はランフェスを見下ろして尋ねます。

「ランフェス、僕が誰だか知っているか?」
「……ハズレー王国の王太子殿下です」
「そうだよ。僕は偉い。だから、多少馬鹿なことをしても許されるんだ」

 トーマス殿下はにやりと笑うと、身を屈めてランフェスの頬をまた拳で殴りました。

「やり返すなよ? 僕は王太子だぞ」

 トーマス殿下は無言で彼を睨みつけていたランフェスを、今度は足で蹴ったのです。

 私が助けに入っても火に油を注ぐだけです。咄嗟にそう考え、私は急いで助けを呼ぶために扉に駆け寄りました。扉のノブに手をかけた時、ファルナが私の手を掴んで叫びます。

「トーマス殿下の邪魔をしないでくださいませ!」
「あなたは私の邪魔をしないで!」

 私は怒りに任せて、ファルナの腕を捻り上げると、向こうずねを蹴り、前のめりの体勢にさせ、頭を掴んで床に押し付けました。

「ファルナ、あなたは私の侍女でも、ましてや友人でもありません。伯爵令嬢が公爵令嬢に対して調子に乗るのはやめなさい」
「……な……、いつの間に……こんな」

 ファルナは私が反撃したことに驚いているようでした。
 トーマス殿下から『殺した』と言われ続けてきたんです。私だって自衛したくもなります。

 普段はティアトレイという相棒がいますが、ない時は素手で対処できるように、家族には内緒で騎士たちに教えてもらった動きが役に立ちました。

 ファルナやトーマス殿下の思い通りになりたくはありません!

「ディリング公爵を呼んでください! トーマス殿下がランフェス様に暴力をふるっています!」

 私はファルナから離れると、大きく扉を開け放ち、そう叫んだのでした。
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