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4  魔法

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 2人がイチャイチャしはじめて静かになった事だし、キッチンに戻り、コンロの火を点け、お鍋を乗せる。

 先にお鍋を乗せるものなのかしら?
 よくわからないわ。

 少し、お水を足した方が良いと言われていたのを思い出して、昨日の内に用意していた水を足す。

「おい、ソフィア、何を無視している! 俺達の姿を目に焼き付けろ!」
「……」

 王太子殿下の声が微かに聞こえるけれど、聞こえないふりをして、スープレードルでお鍋の中をかきまぜる。

 温まってきたからか、コンソメのいい匂いがしてきた。

 私もやればできるじゃない!
 温められただけでもすごいわ!
 普通の令嬢なら、できない人が多いはず!

 そういえば、どうなったら温まった事になるのかしら?
 それを聞いていなかったわ。
 味見してみるしかないの?

 グツグツという音がしてきたので、恐る恐る、鍋の中にスプーンを入れてみる。
 湯気も上がっているし、温かそう。

 いつもは毒見の人が食べてくれてから、食べる事になるから、温い料理しか食べられない。
 今日は初めての温かな料理をいただきます!

 初めてのつまみ食い!

 スープをすくったスプーンを口に入れてみた。

「あっつ! 熱い!」

 温かさを感じるどころか、ものすごく熱い!
 そりゃあ、毒見の人も冷ましてから食べるわけだわ。
 温いだなんで贅沢を言ってはいけなかった。

 火を止めて、今度はお皿を用意する。

 無事にお鍋からお皿に食べたい分だけ移す事が出来て満足していると邪魔が入る。

「ちょっと、ソフィア! あなた、私達に何をさせているのよ!」
「貴様が見ていなければ意味がないだろう!」

 私が見ていない事に、2人共が気が付いた様だった。

 何をさせているのよって、あなた達が勝手にやりはじめたのに文句を言われても困るわ。
 
 このまま、庭先で最後までするのかと思っていたけれど、周りを見る余裕はあったみたい。

 といいますか、見たくもないものを見ろと言われたからと素直に見ている人って、とても良い人だと思うわ。
 私の様な性格の悪い人間に何を求めているのかしら。

 こっちはスープを温める事で、とても忙しいというのに。

「おい、ソフィア! 聞いているのか! 俺の命令に背くとはいい度胸だな!」

 相手をしないといけなさそうね。

 ああ、せっかくの温かなスープが…。

「…命令に背いてはおりませんよ。私は大人しく、ここで罰を受けているだけでございます」
「そうだな。貴様は罪人だからな。こんなに可愛いケイティをいじめるんだ。人の心など持っていないんだろう」
「私はいじめてなどおりません」

 声が届きにくいため、窓を少しだけ開けて、王太子殿下に向かって続ける。

「話の通じない相手に根気よく話を続けていられるほど、心が広くないんです。そう考えますと、王太子殿下のお心がとても広い事を実感致しますわ」
「気付くのが遅かったな。貴様がどれだけ泣こうが喚こうが、俺の気持ちは変わらんぞ。ケイティほどに俺の事を理解してくれる女はいない」
「ば」

 馬鹿だから、何でもはいはいと頷いているだけですよ。

 と言いかけてしまい、慌てて言葉を飲み込んだ。

「貴様との婚約関係が破談になったとわかってから、俺は久しぶりにゆっくりと眠る事ができた」
「はあ…」
「今までは、ケイティがいじめられていないか気になって眠れなかったんだ」
「さっさとお城に呼べばいいものを…。殿下、私はあなたが嬉しそうでとても嬉しいですよ」
「今、何か毒を吐かなかったか?」
「申し訳ございませんが、そんな器用な事が出来ていましたら、私はこの場所にはおりません」

 言葉の意味くらいわかるけれど、つい無礼な発言をしてしまった。
 すると、王太子殿下の表情が歪んだ。

 しまった。
 変に挑発してしまった。
 こういうところも母譲りだと、父や兄から気を付ける様に言われていたのに…。

「申し訳ございませんでした」

 謝るしかなく、頭を下げる。
 すると、王太子殿下は、ケイティに尋ねた。

「ケイティ、こういう時はどうしたら、ソフィアが嫌がると思う?」
「そうですね。ソフィアは偽善者だから、他の人間が苦しんでいるのを見る方が辛いと思います」
「……!」

 ケイティの性格は良くないと理解していたけれど、ここまで酷かったなんて。

「そうか、じゃあ、近くにいる騎士の一人を燃やしてしまおうか」
「そんな事が出来るんですか!?」
「ああ。俺は王族だからな」

 王太子殿下はそう言うと、指先に小さな火を浮かび上がらせた。

 私の住んでいる国は、魔法は存在するけれど、生活に使える魔法はほとんど存在しないし、何より使える人間が限られている。

 攻撃魔法に関しては、王家と五大公爵家の人間しか使えず、それぞれ得意魔法が異なっている。

 王家は火の魔法。
 ワイアットのレストバーン家は氷の魔法。
 私の家は少し変わっていて、攻撃魔法を無効化できる魔法が使える。
 ただ、一番最初に生まれてきた子供に力が集中してしまう為、私の家の場合は兄の力が強く、私はそう大きな力は使えない。

「私も使いたいです!」
「ケイティには無理だが、お前が使えない分、俺が使って、嫌な相手に罰を与えてやろう。おい、そこのお前、避けるなよ。すぐに殺してるから」

 王太子殿下は大きな火の玉を作り、近くにいた騎士に向けて放った。
 騎士はさすがに避けようとしたけれど、殿下が叫ぶ。

「避けても違う方法で殺してやる! ソフィアの苦しむ顔が見れるんだからな!」
「ふざけないで下さい」
 
 パチンと指を鳴らすと、騎士に向かって飛んでいた大きな火の玉が消えた。

「ソフィア! 貴様、何をする!」
「王太子殿下が何の罪もない騎士を殺そうとするだなんて正気の沙汰ではありません!」

 窓を大きく開けて叫ぶと、ケイティが答える。

「ソフィア、今の時代、普通の人間では王にはなれないのよ? 人を簡単に殺せるくらいの精神の強さがないと」
「馬鹿な事を言わないで。そんな訳ないでしょう! しかも、何の罪もない人なのよ!? 大体、あなたは王妃になるというなら、こんな事は止めないといけない立場なのに!」
「どうして? ゼント殿下が国王になったら、この世で一番偉い人間になるのよ? 誰も彼に文句を言えなくなるの!」
「そんな訳ないでしょう! してはいけない事だってあるわ!」

 私が窓から身を乗り出して叫んだ時だった。
 殿下が私の頬を平手打ちし、髪の毛をつかんで叫んだ。

「このクソ女が! 貴様ごときがケイティに生意気な口を叩けると思うなよ!」
「お止め下さい、殿下!」

 騎士達が私を助ける為に近寄ってくる足音が聞こえたけれど、頭を押さえつけられていて、状況がわからない。

 あまり、彼の前で本当の力を見せたくないんだけど…。

「俺は偉いんだ! それなのに、この女は無効化の魔法が使えるからと大きな顔をしやがって!」
「そんな事はしておりません!」

 このままでは、自分の身がどうなるかわからない。
 私は意を決して、私の髪をつかんでいる殿下の手首をつかんだ。

「な、何…っ! ぐっ、ぐあぁっ!」

 お母様の血をしっかり受け継いでいると感じるのは、性格だけでなく、怪力もだ。
 私の場合はコントロールが出来るから良いけれど、お母様は、それが難しい。

 殿下は私の手を振り払おうとするけれど、それは無理だった。

「手首がっ…!」
「あら、女性に手を握られたくらいで骨が折れたとでも? そんなみっともない事はおっしゃいませんよね?」
「そ、それは…っ」

 殿下が私の手を自分の手首から引き剥がそうとしながら、歯を食いしばった時だった。

「何をしているんですか」

 ワイアットの声が聞こえて、慌てて、私は殿下の手首をはなす。
 手首をおさえながら何もなかったかの様に、殿下はワイアットに話しかけた。

「おはよう、ワイアット。どうしてお前がここにいるんだ?」
「それはこちらのセリフですね。なぜ、殿下が彼女の家に来ているんです?」
「ちょっと様子が気になっただけだ。お前こそ、どうしてここに?」
「彼女の兄から頼まれていまして、彼女の様子を見にきました」

 ワイアットは私と殿下の間に入ると、笑顔を作って続ける。

「補佐官達が探しておりましたよ。戻られた方がよろしいのでは?」
「そうだな。ケイティ、腹も減っただろう? 帰って飯にしよう」
「はーい! でも、ゼント殿下、次こそは、カッコいいところを見せてほしいなあ」
「わかっている。今度はバレない様に殺す事にしよう」

 殿下はケイティの肩を抱いて、私とワイアットに背を向けて歩き出す。

「命拾いしたわね、ソフィア」
「それはこっちのセリフよ」

 笑顔で言葉を返すと、ケイティは蔑んだ目で私を見た後、殿下の胸に身体を預けながらも、自分の足で歩き始めた。

「ありがとう」

 二人の姿が見えなくなってから、ワイアットに礼を言うと、彼は眉間にシワを寄せる。
  
「どうして窓を開けたりしたんです?」
「それは…」

 俯いて答えずにいると、助けた騎士がやって来て、ワイアットに事情を説明してくれた。
 それを聞いて、ワイアットは難しい顔のまま、私を見る。

「面倒な事になりましたね」
「ただ、殿下が私を憎んでいる理由はわかったわ」
「何なんです?」
「自分の魔法が無効化されるのが気に食わないみたい」
「あなた達の魔法は、争いをさせない為のものですから、王太子殿下には邪魔といったところでしょうか」
 
 ワイアットは小さく息を吐いてから、吐き捨てる様に言う。

「あんな人が王太子では、このままでは国が滅びます」
「本当にゼント殿下を国王になんてさせないわよね?」
「残念ながら、今のままではそうなります」

 ワイアットはそう言った後、一枚の白い紙を差し出してきた。

「これは…?」
「国王陛下からです」

 受け取って、内容に目を通す。

 国王陛下から私宛の書状は、ある役職に任命する事や、それに関しての権限について説明して下さっているものだった。
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