あなたとずっと一緒にいられますように

風見ゆうみ

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第一部

10 愛してるわけないでしょ

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「いや、正確には違うんだ、ダイアナ。僕はまだ伯爵じゃないから、伯爵の息子だというのが正しくて……」
「でも、どうせいつかは、ジェイコブだって伯爵になるんでしょう? ということは、わたしは伯爵夫人になれるってことですよね?」
「……今のところは無理なんだ。君は愛人にしかなれなくなった」
「はい!? 何言ってるんですか!? 私をお嫁さんにしてくれるって言ったじゃないですか! あれは嘘だったんですか!?」

 持っていたナイフとフォークを皿の上に放り投げると、ダイアナ嬢は身を乗り出して続ける。

「約束したじゃないですか! 最初は愛人だけど、いつかはちゃんと伯爵夫人にしてくれるって! わたしはずっと愛人のままだということですか!?」
「いや、それは、ちょっと、ダイアナ、その話はここではちょっとやめないか? 今は少しだけ静かにしよう」
「静かになんてしていられるわけないでしょう
!」

 叫びだしたダイアナ嬢に周りの視線が集まる。
 茶番劇みたいだけれど、至って本人は真面目そうだし、ダイアナ嬢が次に何を言い出してくるのか気になるので、私も黙って見守ることにする。

「私がどれだけジェイコブ様にご奉仕してると思ってるんですか! 乙女を捧げたんですよっ!? それってどういことかわかってます!?」
「ダイアナ、そんなに大きな声で話さないでくれ!」
「ちゃんと責任をとってくれれば済む話です!」
「ダイアナ、頼むから静かに!!」
「僕も君が責任を取るべきだと思うけど」

 焦るジェイコブにアットンが言うと、ダイアナ嬢が彼のほうを向いて頷く。

「そこのイケメンさんもそう思いますよね? ほら、ジェイコブ、この人だってそう言ってるじゃない! ジェイコブ、わたし達のみらいのために覚悟を決めてほしいのっ!」
 
 そう言って、ダイアナ嬢はジェイコブの隣まで歩いていくと、彼の頬にキスをした。

 何を見せられてるのかと一瞬思ったけれど、向かいに座るアットンの視線を感じて我に返る。

 そうだわ。
 今がチャンスよね。

「こんなに可愛い人を困らせちゃ駄目よ! ジェイコブ、私は婚約破棄を受け入れるわ! ダイアナ嬢と幸せになって!」
「いや、ちょっと待ってくれ。そんなことをしたら困るのは君だろう! お父上のことを考えろ!」

 素直にうん、とは言ってくれない。
 お父様のことを言われると辛いので、返す言葉に困っていると、アットンが言った。

「僕がなんとかする」
「キーファ様!?」

 驚いてアットンを見つめると、彼は綺麗な瞳を私に向ける。

「今のチャンスを逃さないほうがいいだろ」

 そう言った後、彼はジェイコブのほうを見て続ける。

「君の言いたいことはそれだけかな?」
「い、今は思い浮かばないだけで、僕とフィリアが別れられない理由は他にもあるはずだ!」

 そこまで言ったあと、何か思い付いたのか、私を見てにやりと笑った。

 なんなの、気持ち悪い。
 というか、ジェイコブが何をしても、気持ち悪いという感情しか浮かんでこない。

「フィリア、君は僕を愛してるよな? これが僕が別れられない、1番の理由です。僕は彼女を泣かせたくないんですよ」
「愛してるわけないでしょ」

 きっぱりと答えると、ジェイコブは困った顔をする。

「君は僕に夢中だったじゃないか」
「それは過去の話です! あなたが、そちらのご令嬢とお付き合いをはじめたと知ってからは、あなたへの愛は消え去りました」
「フィリア、君が、そんなに 変わり身のはやい女性だったとは思ってなかった。どんなことがあっても、僕を愛し続けてくれると思ったのに……」
「いや、あなたが別れを切り出してきてましたよね?」
「そうだったか? あまりよく覚えていないな」

 この人、自分が婚約の解消を言い出した記憶を綺麗に消し去ろうとしてるみたい。

 なんて奴なの。

「ルイス様が一緒に聞いて下さっていました。証人がいますけど?」
「いくら公爵令息であっても、彼は子供じゃないか。証人にはならないよ」
「僕にも聞こえてた。君は婚約を解消しようとしていたよ」

 アットンに言われ、ジェイコブが黙り込む。
 あの時、アットンが私やルイス様の所まで案内してくれたということは覚えているみたい。
 
 すると、黙って話を聞いていたダイアナ嬢が声を発する。

「ねえ? よくわからないけど、わたし、伯爵夫人になれるのかしら?」
「ダイアナ、その話は後にしよう」
「やだ! いつもそうやって、えっちなことだけするんだから、ちゃんと今、聞きたいわ!」
「そうだよ。女性を不安にさせるのは良くない。とっととフィリア嬢と婚約破棄して、その彼女と婚約してあげればいい」

 アットンがしれっと、ダイアナ嬢の味方に付いた。

 ここは、私もそうしなくてはいけないわね。

「私も二人はお似合いだと思うので、婚約破棄を受け入れますよ? ここにいる皆さんが証人になって下さると思うから、今更なかったことに、なんて言わないわよね?」
「もちろんですよ! ねっ? ジェイコブ?」

 ダイアナ嬢に腕をがっちりつかまれたジェイコブは、父親のことでも考えたのか、情けない顔をして私を見る。

「本気なのか、フィリア」
「本気よ」
「妻に愛人を認めさせるのも男の仕事だと、父上には言われているんだ! いいかげんに諦めてくれよ」
「私はあなたのお父様のことなんてどうでもいいわ」

 答えると、ジェイコブが何か言う前に、支配人らしき人物が私の所へやって来て笑顔で言う。

「婚約破棄が認められた記念に、お嬢様にはメインディッシュは特別なものにさせていただきますね」
「え? あ、ありがとうございます!」
「そちらのお嬢様も、婚約が決まったようでおめでとうございます。お嬢様にも特別なものをご用意させていただきますね」
「きゃーん、やったぁ! ありがとう、素敵なおじ様!」

 私のあとに支配人に声を掛けられたダイアナ嬢は、耳にキンキン響く喜びの声を上げ、横で呆然としているジェイコブの様子には、全くおかまいなしだった。

 周りの人達も婚約破棄と新たな婚約を祝ってくれて、ジェイコブは後が引けなくなったのか、何も言わずに、出されたコース料理に手を付けていた。

「あの、キーファ様、本当に父の仕事の件はどうにかしてもらえるの?」

 婚約破棄できるのは嬉しいけれど、やはりそれが気になって聞くと、アットンは首を縦に振る。

「ああ。言った以上はちゃんとするよ」
「……ありがとう」

 何だか、その言葉に棘があるように聞こえたけれど、文句を言える立場ではないので、素直に礼を言った。
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