あなたに未練などありません

風見ゆうみ

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第1話  悲しい現実

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「本当は前から知っていたんだ。君がキャロをいじめていた事」

 婚約者でもあり、10年以上思いを寄せ続けていた相手、ヘイスト・フォーン殿下の口から、事実無根の言葉を聞いて、わたしの頭の中は真っ白になった。

 わたしはいじめなんてしていない。

 彼が口にした名前、キャロことキャロラインは、わたしの親友の子爵令嬢の名だ。
 
 どうしてわたしが彼女をいじめていただなんて言うの?

 我に返ったわたしは、今にも泣き出しそうな表情でわたしを見つめている、ヘイスト殿下に尋ねる。

「わたしがいじめをしていたと仰るのですか?」
「…ああ。ずいぶん前から、キャロから泣きながら相談されていたんだ。まさか君がそんな事をするだなんて信じられなくて本気にしていなかったけれど、君は本当はそういう人だったんだね」
「そういう人というのはどういう事ですの!? わたしはいじめなんかしていません!」
「やめてくれ。言い訳なんか聞きたくない。正直に話をしてほしいんだ」

 ヘイスト殿下は晴れた日の空の様な水色の瞳を揺らすと同時に、首を横に振り、肩までのびた金色のストレートの髪を揺らした。

 わたしと変わらない背丈で、細い体。
 17歳だというのに女の子と間違われるくらいに可愛らしい顔立ちのヘイスト殿下を見て、わたしは無実を訴える。

「言い訳なんかしておりません 本当にやっていないのです! どうしてわたしがキャロラインにそんな事をしないといけないのですか!?」
「アニエス、いいかげんにしてくれ! キャロだけが言っているんじゃない! 他の女性達からの証言があるんだ」
「…証言?」
「ああ。キャロを君がいじめているところを見たという人達がいる」

 そう言って、彼が名前をあげていったのは、学園で仲良くしている女子生徒達の名前だった。

 彼女達はわたしがキャロラインの食べ物にわざと虫を入れたり、お手洗いの個室に閉じ込めたりなどと、陰湿ないじめをしていると嘘をついていた。

 そんな事をわたしが彼女に、いや、誰に対してでもする理由がわからない。
 
 同じグループで仲良しだと思っていた全員に、わたしは見事に裏切られたのだ。 

 わたし、アニエス・ロロアルは、黒色のストレートの長い髪、この世界では珍しい赤い瞳を持つ、今年17歳になる侯爵令嬢だ。

 状況をもう一度整理してみると、今、わたしは王城の中庭にあるガゼボの中にいて、婚約者のヘイスト殿下から、幼馴染であり親友だと思っていた相手、キャロラインをいじめているという、全く身に覚えのない事を言われていた。

 わたしが通っている学園は子爵家以上の貴族の人間が通っていて、王族ではあるけれど、同じ年であるヘイスト殿下も通っており、現在は私と同じクラスだ。
 親友だと思っていたキャロラインとも学園で出会い、彼女も現在は同じクラスである。

 正直に言わせてもらえば、そんな嘘をつかれた時点で、いじめを受けているのはわたしだった。

 どうして、わたしの言葉は聞かずに、彼女達の言葉だけを信じるの?

 どうして、ヘイスト殿下はわたしの言葉よりもキャロラインの言葉を信じるの…?

 目頭が熱くなってきて、涙が出そうになるのを歯を食いしばってこらえる。
 
 こんなところで泣くわけにはいかない。

「アニエス、残念だよ。君が素直に謝ってくれていたら、君との婚約を破棄しなくて済んだのに」

 婚約破棄!?
 一体、どういう事!?

「待って下さい! 何度もお伝えしますが、わたしは何もしておりません! どうして信じてくださらないのですか!? それに婚約破棄とはどういう事です!?」
「アニエス! これ以上、嘘を重ねるのはやめてくれ。キャロ達が嘘をつく必要はないだろう!」
「それはわたしも同じことですわ、殿下! わたしだって嘘をつく必要はありません! それに殿下は、わたしがそんな事をする人間だとお思いなのですか!?」
「思っていなかった! だからショックなんだ! どうして、そんな事を…」

 ヘイスト殿下は目に涙を浮かべて私を見た。

 何を言っているの?
 泣きたいのはこっちだわ。

 そんなに辛いと思ってくれるのなら、どうしてわたしの言葉を信じてくれないの!

「ヘイスト殿下、わたしを信じてください」
「…アニエス、申し訳ないが、僕は次の夜会で君との婚約を破棄する宣言をするつもりだ。父上と母上にも許可をとっている」
「国王陛下と王妃陛下が許可されたんですか…?」

 目の前にいる彼は、わたしの住んでいる国、クォント国の第二王子だ。
 彼の両親の国王陛下と王妃陛下には、ヘイスト殿下の婚約者だという事もあり、幼い頃から可愛がってもらっていた。

 それなのに、国王陛下や王妃陛下まで、わたしを信じてくれなかったというの…?

 友人や親友だと思っていた人に裏切られ、ずっと好きだった人や本当の両親の様に慕っていた人達にも信じてもらえていなかった事がわかり、目の前が真っ暗になった。

 なぜなら、わたしは家族からも嫌われていたから。
 
 わたしのお母様は後妻だった。
 父ともお母様とも違う赤い瞳をした私が生まれた時、父はお母様の浮気を疑ったらしい。
 
 実際、この国ではそんな事が稀に起こっていて、わたしのケースは初めての事でもなかった。
 けれど、父は納得しなかった。

 その為、自分の子供ではないと言って、わたしを虐待しようとした。
 それに気が付いたお母様が止めてくれてからは、父はバレない様に私を殴ったりしていたけれど、ある日、父を怪しんでいたお母様は出かけたふりをして戻ってきてくれた。

 そして、殴られていた私を庇おうとして、お母様は父に頭を木の棒で殴られ打ちどころが悪くて亡くなった。
 わたしが6歳の時だった。
 警察がやって来て、私への虐待が明らかになった為、父は私を殴る事はなくなった。

 なぜなら、その後すぐに、わたしの婚約が決まったから。

 父は罰せれられる事はなかった。
 この世の中はお金がある人間が強かった。
 それに赤い瞳のわたしの言うことなど、警察は話を聞くつもりはなかった。

 母の死は転んで頭を打った事が原因と世間的には発表された。

 その日から、父はわたしの事を嫌いではなく憎むようになった。

 わたしが赤い瞳を持って生まれなければ、お母様は今も生きていただろうから。

 父には前妻との子供が2人いて、わたしにとって2人は兄と姉になるけれど、嫌になる事に2人共、わたしの事が嫌いだった。
 
 瞳の色が赤いから?

 そう聞いてみると、兄と姉は答えた。

『見てるだけでムカつく』

『存在自体が迷惑』 
 

 家族そろって、わたしなんか生まれてこなければ良かったと言うのが日課だ。

 わたしだって、こんな人生になるくらいなら生まれてきたくなかった。

 死んでしまおうと思ったけれど、せっかく助けてくれたお母様の命を無駄にするようで嫌だった。

 わたしの救いであった友人はまやかしで、大好きな人もわたしではなく、嘘をついている人達を信じている。


「アニエス、まだ間に合う。罪を認めてキャロに謝るんだ。そうすれば少しは罪滅ぼしになるだろう。僕からも婚約破棄の取り下げを父上達に話そう」

 ヘイスト殿下の言葉を聞いたわたしは、ドレスのすそを握りしめて、一度俯いたあと、強い意思を持って顔を上げる。

「殿下、わたしは嘘なんてついていませんわ」
「……アニエス、残念だよ」

 ヘイスト殿下は、そう言って立ち上がると私をガゼボの中に残したまま去っていく。
 
 父に疎まれているため、わたしには侍女もいなかった。
 1人残された、わたしの目からは涙が溢れ出てきて止まらなかった。

 俯いて両手で顔を覆い、声を殺して泣いていると、トントンと肩を誰かに叩かれた。

 もしかして、ヘイスト殿下が戻ってきてくれた!?

 そう思って顔を上げると、ヘイスト殿下の兄であるジェレミー殿下が心配そうな表情で私を見つめていた。
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