婚約破棄していただき、誠にありがとうございます!

風見ゆうみ

文字の大きさ
9 / 52

8  魔王というワード

しおりを挟む
 ジーギス殿下がいるということは、お姉様も一緒なのよね。
 見つからないうちに隠れないと。
 私が不安そうにしているのがわかったのか、ロード様が話しかけてくる。

「ミレニア、君は邸の中に入っててくれ」
「……よろしいんですか?」
「姉と顔を合わせたくないんだろう?」
「はい。あ、あの、良ければメルちゃんを連れて行って姉に見せてもらえますか? 姉は犬が苦手なので怖がって逃げると思います」

 何とかお姉様に見つからないように、ロード様の体で身を隠すようにしながらお願いした。
 でも、時すでに遅しだった。

 お姉様の声が私の耳に飛び込んできた。

「ミレニア! 会いたかったわぁ! あなたのお姉様が会いに来たわよぉ! ミレニアぁ! こっちを見てぇ! わたしはここよぉ!」
「……鬱陶しそうな人だね」

 ロード様は後ろを振り返って呟くと、ハヤテくんに話しかける。

「ハヤテ、ミレニアを頼むよ」
「バウっ!」

 意味がわかっているのかはわからないけれど、ハヤテくんは「任せて」と返事をするかのように吠えた。

 そして、私を見上げて付いてこいと言わんばかりに邸のほうへ向かって歩き出す。

 本当に任せて良いのか迷いつつも、ハヤテくんを追って歩き出す。

「メル、あいつらは敵だ。いいな? お前が知らない人は敵だからな」

 ロード様の声が聞こえて振り返ると、メルちゃんの横にしゃがみ言い聞かせるように言っているロード様の姿があった。

 すると、メルちゃんは門のほうに向かって走り出す。

「ワンッ! ワンワンッ!」

 あっという間に門の近くまで走ったメルちゃんは門を挟んでではあるけれど、お姉様の前に行って何度か吠えた。
 すると、涙目になったお姉様が私に助けを求めてくる。

「ミ、ミレニア! わ、わたしに向かってきている犬がいるわぁっ! ミレニア、助けてぇ! 怖い!」

 どうして、私に助けを求めてくるのかしら。
 すぐ近くにジーギス殿下がいるんだから、殿下に助けてもらえばいいじゃないの。

 ハヤテくんもメルちゃんたちの様子が気になるのか足を止めたので、私も足を止めて遠くから冷めた目で見つめる。

 お姉様は私が助けてくれないことがわかったのか、ジーギス殿下の後ろに隠れて叫ぶ。

「ジーギス殿下ぁ、怖いですぅっ! わたしは犬がとっても苦手なんです! 助けてください!」
「な、なんだ、この犬は!」

 ジーギス殿下は犬が苦手じゃないようだけれど、メルちゃんは大型犬だから恐怖を感じているらしく、声が引きつっている。

 ウーッ!

 メルちゃんが唸り声をあげると、お姉様がぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた。

「いやあっ! 怖いっ! 殺されちゃうわ! 食べられちゃうわ! あっちに行ってよぉ!」
「おい、ロード! レニスが怖がっているだろ! この獣をどうにかしろ!」
「獣じゃない。招かれざる客に対して吠えているんだよ。彼女は君よりも賢いよ。それから、バカを食べたりしないから安心していいよ。メルは口が綺麗なんだ」

 ロード様はお姉様たちに向かって歩いていきながら話を続ける。

「ジーギス、忠告しておくけど、その犬に何かしたら許さないよ。犬だけじゃなく、そこにいる門番や使用人、領民、ミレニアだってそうだ。誰かに迷惑をかけることをするなら黙っていないからね」
「な、な、何を偉そうに言ってるんだよ! 俺よりも犬が大事だと言うのか!?」
「そうだよ。だって、僕にとってはそうだから。ジーギスは今のところ、クズの一歩手前ってとこだから。いや、もう、クズ認定していいのか」

 ロード様が答えると、ジーギス殿下は怒りの声を上げる。

「俺がクズだと!? ロード、貴様! 覚えてろよ!」
「君がまともになるまでは忘れるよ。なる日がくるかはわからないけど。……で、ジーギス、今日は何をしに来たんだ? さっさと帰ってほしいんだけど」

 ロード様が2人の近くまでやって来ると、メルちゃんは吠えるのをやめて、ロード様に駆け寄り、ちょこんと隣でお座りをした。

 気になって立ち止まったままでいると、早く帰ろうと言わんばかりにハヤテくんがグイグイ引っ張ってくる。

 そうよ、そうよね。
 せっかく、ロード様がお姉様に会わなくていいように気を遣ってくださったんだもの。
 気にはなるけれど、邸内にましょう。
 そう思って歩き出した時、お姉様の声が聞こえてきた。

「ミレニアを返しなさいよ、この魔王っ!」

 出たわ、魔王というワードが……。

 自分に対して気に入らないことをする人は、お姉様にとっては、皆、魔王なのよね。

 私の友人もよく魔王って言われていたわ。
 明らかに友人は馬鹿にしていて気にしていなかったから良かったけど。

「魔王って何だよ。本人が帰りたがってないし。大体、僕は魔王でもない」
「ジーギス様ぁ! 魔王があんなことを言ってますぅっ!」
「おい、ロード! こんなにか弱い女性がお願いしているんだぞ! 少しは感情が動かないのか!?」
「人のことを魔王とかいう人間に、感情を動かす必要はないよね」

 ロード様は一度言葉を止めたあと、すぐに口を開く。

「とにかくお帰り願おうか」
「嫌よ! いやいやっ! せっかく、ミレニアに会えると思ったのに! ミレニア! 聞こえないの!? お姉様はここよ!」
「ミレニアはあなたの顔も見たくないんだそうだよ」
「そ……、そんな……っ、あの時、嫌わないでって言ったのに! 酷い、ミレニアの嘘つき! うっ……うっ! わたしはっ、結婚もしないで……、ミレニアのために頑張ってきたのにっ!」
「ああ、泣くなよレニス! 貴様らはなんて冷たい奴らなんだ! レニス、もう泣かなくていいんだ! 俺が何とかするから心配するな!」

 地面に座り込んで泣き始めたお姉様を抱きしめて慰めるジーギス殿下を見て、これ以上見ているのもバカバカしくなったので、急いで屋敷の中に入った。

しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます

珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。 そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。 そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。 ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。

何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります

Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。 自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。 彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。 そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。 大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…

【第一章完結】相手を間違えたと言われても困りますわ。返品・交換不可とさせて頂きます

との
恋愛
「結婚おめでとう」 婚約者と義妹に、笑顔で手を振るリディア。 (さて、さっさと逃げ出すわよ) 公爵夫人になりたかったらしい義妹が、代わりに結婚してくれたのはリディアにとっては嬉しい誤算だった。 リディアは自分が立ち上げた商会ごと逃げ出し、新しい商売を立ち上げようと張り切ります。 どこへ行っても何かしらやらかしてしまうリディアのお陰で、秘書のセオ達と侍女のマーサはハラハラしまくり。 結婚を申し込まれても・・ 「困った事になったわね。在地剰余の話、しにくくなっちゃった」 「「はあ? そこ?」」 ーーーーーー 設定かなりゆるゆる? 第一章完結

謹んで、婚約破棄をお受けいたします。

パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。

【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?

綾雅(りょうが)今年は7冊!
恋愛
「エステファニア・サラ・メレンデス――お前との婚約を破棄する」 婚約者であるクラウディオ王太子に、王妃の生誕祝いの夜会で言い渡された私。愛しているわけでもない男に婚約破棄され、断罪されるが……残念ですけど、私と結婚しない王太子殿下に価値はありませんのよ? 何を勘違いしたのか、淫らな恰好の女を伴った元婚約者の暴挙は彼自身へ跳ね返った。 ざまぁ要素あり。溺愛される主人公が無事婚約破棄を乗り越えて幸せを掴むお話。 表紙イラスト:リルドア様(https://coconala.com/users/791723) 【完結】本編63話+外伝11話、2021/01/19 【複数掲載】アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアップ+ 2021/12  異世界恋愛小説コンテスト 一次審査通過 2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過

【完結】全てを後悔しても、もう遅いですのよ。

アノマロカリス
恋愛
私の名前はレイラ・カストゥール侯爵令嬢で16歳。 この国である、レントグレマール王国の聖女を務めております。 生まれつき膨大な魔力を持って生まれた私は、侯爵家では異端の存在として扱われて来ました。 そんな私は少しでも両親の役に立って振り向いて欲しかったのですが… 両親は私に関心が無く、翌年に生まれたライラに全ての関心が行き…私はいない者として扱われました。 そして時が過ぎて… 私は聖女として王国で役に立っている頃、両親から見放された私ですが… レントグレマール王国の第一王子のカリオス王子との婚姻が決まりました。 これで少しは両親も…と考えておりましたが、両親の取った行動は…私の代わりに溺愛する妹を王子と婚姻させる為に動き、私に捏造した濡れ衣を着せて婚約破棄をさせました。 私は…別にカリオス王子との婚姻を望んでいた訳ではありませんので別に怒ってはいないのですが、怒っているのは捏造された内容でした。 私が6歳の時のレントグレマール王国は、色々と厄災が付き纏っていたので快適な暮らしをさせる為に結界を張ったのですが… そんな物は存在しないと言われました。 そうですか…それが答えなんですね? なら、後悔なさって下さいね。

私は側妃なんかにはなりません!どうか王女様とお幸せに

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のキャリーヌは、婚約者で王太子のジェイデンから、婚約を解消して欲しいと告げられた。聞けば視察で来ていたディステル王国の王女、ラミアを好きになり、彼女と結婚したいとの事。 ラミアは非常に美しく、お色気むんむんの女性。ジェイデンが彼女の美しさの虜になっている事を薄々気が付いていたキャリーヌは、素直に婚約解消に応じた。 しかし、ジェイデンの要求はそれだけでは終わらなかったのだ。なんとキャリーヌに、自分の側妃になれと言い出したのだ。そもそも側妃は非常に問題のある制度だったことから、随分昔に廃止されていた。 もちろん、キャリーヌは側妃を拒否したのだが… そんなキャリーヌをジェイデンは権力を使い、地下牢に閉じ込めてしまう。薄暗い地下牢で、食べ物すら与えられないキャリーヌ。 “側妃になるくらいなら、この場で息絶えた方がマシだ” 死を覚悟したキャリーヌだったが、なぜか地下牢から出され、そのまま家族が見守る中馬車に乗せられた。 向かった先は、実の姉の嫁ぎ先、大国カリアン王国だった。 深い傷を負ったキャリーヌを、カリアン王国で待っていたのは… ※恋愛要素よりも、友情要素が強く出てしまった作品です。 他サイトでも同時投稿しています。 どうぞよろしくお願いしますm(__)m

婚約破棄されたトリノは、継母や姉たちや使用人からもいじめられているので、前世の記憶を思い出し、家から脱走して旅にでる!

山田 バルス
恋愛
 この屋敷は、わたしの居場所じゃない。  薄明かりの差し込む天窓の下、トリノは古びた石床に敷かれた毛布の中で、静かに目を覚ました。肌寒さに身をすくめながら、昨日と変わらぬ粗末な日常が始まる。  かつては伯爵家の令嬢として、それなりに贅沢に暮らしていたはずだった。だけど、実の母が亡くなり、父が再婚してから、すべてが変わった。 「おい、灰かぶり。いつまで寝てんのよ、あんたは召使いのつもり?」 「ごめんなさい、すぐに……」 「ふーん、また寝癖ついてる。魔獣みたいな髪。鏡って知ってる?」 「……すみません」 トリノはペコリと頭を下げる。反論なんて、とうにあきらめた。 この世界は、魔法と剣が支配する王国《エルデラン》の北方領。名門リドグレイ伯爵家の屋敷には、魔道具や召使い、そして“偽りの家族”がそろっている。 彼女――トリノ・リドグレイは、この家の“戸籍上は三女”。けれど実態は、召使い以下の扱いだった。 「キッチン、昨日の灰がそのままだったわよ? ご主人様の食事を用意する手も、まるで泥人形ね」 「今朝の朝食、あなたの分はなし。ねえ、ミレイア? “灰かぶり令嬢”には、灰でも食べさせればいいのよ」 「賛成♪ ちょうど暖炉の掃除があるし、役立ててあげる」 三人がくすくすと笑うなか、トリノはただ小さくうなずいた。  夜。屋敷が静まり、誰もいない納戸で、トリノはひとり、こっそり木箱を開いた。中には小さな布包み。亡き母の形見――古びた銀のペンダントが眠っていた。  それだけが、彼女の“世界でただ一つの宝物”。 「……お母さま。わたし、がんばってるよ。ちゃんと、ひとりでも……」  声が震える。けれど、涙は流さなかった。  屋敷の誰にも必要とされない“灰かぶり令嬢”。 だけど、彼女の心だけは、まだ折れていない。  いつか、この冷たい塔を抜け出して、空の広い場所へ行くんだ。  そう、小さく、けれど確かに誓った。

処理中です...