おっとり令嬢ではありますが、何も考えていないわけではございません

風見ゆうみ

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29  あなたがそれを言いますか

「え? あ、い、いらない?」
「僕はあなたと婚約なんて望んでません」
「え? え?」

 ツヤラ様はかなり混乱した様子です。

「い、いらないなんて言い方は失礼ではありませんか!」

 思考が停止しているツヤラ様の代わりに、旦那様がすごい剣幕でシサヤ卿に向かって叫びました。シサヤ卿は少し考えたあと、納得して頭を下げます。

「そうですね。いらないという発言は失言でした。申し訳ございません」
「本当ですわ! 私はとても傷ついてしまいました! 責任をとっていただかねばなりません!」
「責任?」

 シサヤ卿が冷たい目を向けて聞き返すと、ツヤラ様は目を逸らして答えます。

「そ、そうです! 人を傷つけるなんてやってもいい行為ではございません! それは言葉でも駄目です」

 あなたがそれを言いますか。

「……それはそうですね」

 シサヤ卿はうなずいて話を続けようとしましたが、何か気がついたように私に目を向けました。

「迷惑でなければ、どうぞこちらへ」

 立ったまま話を聞いていた私に気を遣ってくださったようです。自分の隣に座るように促してくださいました。

 向かいに座っている旦那様たちのソファの空きスペースは一人分です。そこにはツヤラ様が座るでしょうから、そう声をかけてくれたのでしょう。

「ありがとうございます」
「待って! リリコット様は」
「ツヤラ、お前はこちらに座りなさい」

 異を唱えようとしたツヤラ様でしたが、イビーバ侯爵に止められてしまいました。

「~っ!」

 ツヤラ様は悔しそうに唇を噛みはしたものの、大人しく、旦那様の隣に座りました。
 私も「失礼します」と一声かけて、シサヤ卿の横に腰掛けます。

「話を再開しますが、この文字を見てもらえば、あなた方が犯人だとおっしゃる人物の文字と全く違うことがわかるでしょう?」

 シサヤ卿はテーブルの上に置かれている、二枚の便せんを指差して続けます。

「筆跡鑑定を改めて行いますが、もし、違っていた場合、あなた方はろくに調べもせずに都合のいい相手を見繕ったことになります」
「そ、そういうわけではありません」

 旦那様は否定しましたが、ツヤラ様の言い分を信じて、何も調べなかったのは事実です。

「では、犯人がわかったとおっしゃったのは、どういう根拠があってなのでしょうか」

 シサヤ卿は微笑んでいますが、目は笑っていません。そのことに気がついた旦那様とイビーバ侯爵は引きつり笑いを返すことしかできませんでした。

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