9番と呼ばれていた妻は執着してくる夫に別れを告げる

風見ゆうみ

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3  妻たちからの手紙

 次の日の朝は、私の気分とは裏腹に雲一つない青空が広がっていた。

 寝不足でぼんやりした頭のまま朝食を済ませると、早速、私専用の執務室に向かった。

 サレナール王国は王太子一人ではさばききれない仕事を王太子妃が対応するという仕組みになっている。

 だから、王太子の執務室の隣に、王太子妃専用の執務室が用意されていた。

 サレナール王国に限ることかもしれないが、成人すれば王族の中では、王太子のする仕事が一番多いと言われている。

 そして、そんな王太子をサポートするのが側近と王太子妃だ。

 ターズ様は学園卒業後も王城内にいないことが多かった。
 そのため、王太子妃になる前から、ターズ様の仕事を代わりにやっていた。
 王家の内情について詳しくない私は、仕事で出かけているのだと思い込んでいた。

 よくよく考えてみれば、それも怪しかったのよね。

 新婚旅行は9カ国に行ったし、毎回、国を移動するたびに半日だけ、ターズ様は単独行動していたことを思い出す。

 他の妻に会いに行っていたんだわ。
 もう一人は結婚していないけど、すでに愛人関係にあったんでしょうね。

「リリララ様、大変です!」

 ノックの後に侍女が複数の新聞を抱えて執務室に入ってきた。
 書かれている内容は予想できたので、侍女が話し出す前に、私から尋ねる。

「各国の姫君がターズ様と結婚していたと発表でもあった?」
「し、知っていらしたのですか?」
「昨日の晩に教えてもらったの。私に伝えたから大々的に発表しても良いと思ったんでしょう。もしくは、発表する予定だったから伝えたのかもしれないわね」

 発表するつもりだったから、の可能性が高いと、自分で口に出してみて思った。

「ですが、こんな……!」

 新聞を握りしめて怒る侍女に微笑む。

「大丈夫よ。私が正妃らしいから」
「大丈夫だなんて! こんなことが知られたら、自分も妻になりたいと言い出す人が出てくるに決まっています!」
「私もそう思うわ」
「でしたら」

 侍女はもどかしそうな表情で私を見つめる。
 こんな状況なのに、呑気そうに見える私が腹立たしく思えるらしい。

 侍女が苛立つ気持ちは理解できる。
 ただでさえ、複数人の妻がいるのに、これ以上増えるなんて、普通は許せないことだものね。
 でも、私はそれが狙いなのだ。

 今のところ、国内で私のように彼の秘密に気が付いた人はいないのでしょう。
 
 だから、私にこだわっている。
 長く一緒に過ごせば、彼の秘密に気づく人もいるでしょうから、私でなければならない理由はない。

 ターズ様に気に入られ、妻となる女性がいてくれたら、私はお役御免になる。

 今までは私という婚約者がいるからターズ様に近づけなかった女性たちも、今回の件で立候補してくれるかもしれない。

 いや、立候補してくれないと困る。

 昨日の晩、どうにかして自分自身を納得させようと試みたけれど、どうしても難しかったからだ。

「リリララ様には何かお考えがあるのですね」
「ええ。だから、今は見守っていてほしいの。どうしても納得できないと思うことがあれば、口に出して確認してくれても良いわ。心配してくれてありがとう。新聞は後で読むから、私の部屋に持っていってもらえる?」
「承知しました」

 2年前からの付き合いである侍女は、腑に落ちないような表情をしながらも、素直に執務室から出て行った。


*****


 次の日には、ターズ様の妻だと名乗る人たちから手紙が送られてきた。

 ご丁寧に自分が何番目だと封筒に書いてくれていたことは有り難く思う。

 多くは攻撃的な内容で、3番目と7番目の妻と名乗る2人だけは、私に申し訳ないと謝ってくれていた。

 2人共、なぜ自分がターズ様との結婚を決めたのかわからないし、彼が離れると気持ちが一気に冷めてしまうのだと書いていた。

 2人も私と同じように、ターズ様の秘密に気づいている可能性が高い。

 検閲があるから、具体的に書かなかったのでしょう。

 7番目の妻は順番が来ればこちらに来るそうなので、それまでに私が離婚できていなければ、その時に話を聞いてみようと思った。

 この2人は良かったのだが、他の妻たちの手紙の内容は本当に酷かった。
 遠回しに私の容姿を馬鹿にしてきたり、自分のほうが優れているというアピールが書かれていてうんざりした。

『サレナール王国の民だから、あなたは正妃になれた』

 これだけは6人の考えが同じで、私もそう思っている。

 それにしても、こんなくだらない内容の手紙を送ってくるくらいなら、こうして別れたらどうだ、とかアドバイスしてくれれば良いのにと思ってしまう。

 もしくは、ターズ様の虜になっている、この6人の誰でも良いから、私と立場を入れ替えてくれないかしら。
 
 全ての手紙を読み終えて、真剣にそう思った。



*****



 それから2日後、隣国の第一王女であり、ターズ様にとっては記念すべき1番目の妻であるファナ様がサレナール城にやって来た。

 ファナ様は容姿端麗で大人の色香を漂わせる女性だった。
 たしか、20歳で私よりも一つ年上だ。

 レモン色のドレスに身を包んだファナ様は金色のウェーブのかかった長い髪をなびかせ、出迎えたターズ様に抱きついた。

「ああ、ターズ様! お会いしたかった!」
「ファナ、会えて嬉しいよ。だけど、リリララの前では、このようなことは控えてくれとお願いしただろう?」

 ファナ様を抱きしめ返したターズ様は、私の視線に気付き、慌てて身を離して言った。

 すると、ファナ様はターズ様の腕に顔を寄せて不満そうに口を尖らせる。

「そんな冷たいことを言わないでくださいませ。今まで我慢していましたのよ。少しくらい良いでしょう? リリララ様は寛大な御心の持ち主のようですから許してくださいますよね」
「はじめまして、ファナ様。リリララと申します。お会いできて光栄ですわ」

 お決まりの挨拶の言葉を述べ、カーテシーをしたあとに、笑顔で質問に答える。

「はるばる来てくださったんですもの。ターズ様は仕事に支障が出ない程度に、ファナ様のお相手をよろしくお願いいたします」
「リリララ、妬いているのか? 誤解しないでくれ。僕の正妃は君だけだ」
「妬いてはいません。ですので、私のことはお気になさらず。お邪魔のようですし、ここで失礼させていただきます」
「待ってくれ、リリララ」

 ファナ様から離れ、私の手を掴んで引き止めると、ターズ様は苦笑する。

「君はそんな嫌な言い方をする人じゃないだろう。一体、どうしたって言うんだ」
「嫌な言い方?」
「ああ。僕を突き放すような発言だよ」
「そうですわね。それは失礼いたしました。ところでお聞きしますが、ターズ様、私は嫌な女でしょう?」
「どういうことだ?」

 聞き返してきたターズ様の腕に、ファナ様がまとわりつく。

「ターズ様、リリララ様がせっかくこう言ってくださるんですもの。お言葉に甘えましょうよ」
「いや、さすがにそれは駄目だろう。君とも約束したじゃないか。君が来ていても優先するのはリリララだと」
「そんな話は聞いていませんわ。二人きりの時はリリララ様の話なんて一度も出たことがありませんわよ?」

 周りにいる護衛も、私やファナ様の侍女たちも皆、複雑そうな顔をしている。

 一般的な考えを持つ人には、ターズ様やファナ様のしていることを理解できない気持ちが強いのでしょう。

 私だって未だに信じられない。
 それに、あと5人もこんな人を相手にしろというの?

 早く、サレナール王国から立候補してくる令嬢が現れてほしい。
 実家から持ってきたアクセサリーなどを売れば、平民として、しばらくは暮らしていけるはずだから捨てられたってかまわない。

「リリララ様、もしかして、ショックを受けていらっしゃいます?」

 黙り込んでいたからか、ファナ様が勝ち誇った笑みを浮かべて話しかけてきた。

「そうですわね。ショックは受けております」

 自分の立場に納得しているなんて嘘だわ。
 彼女は私にターズ様との仲を見せつけて、マウントを取ろうとしている。

 国は違えど、相手は第1王女で、こちらは公爵令嬢だ。
 立場上、マウントを取りたくなる気持ちもわからないでもない。
 
 そんなプライドがあるなら、側妃にならなければ良いのに。

「リリララ、あとで君の部屋に行くから待っていてくれ」
「申し訳ございませんが、私は今から仕事を始めますので、お話する時間はありません。ファナ様とどうぞごゆっくり」
「リリララ!」

 ターズ様は私の腕を強く握って見つめてくる。

「僕と目を合わせてくれ」
「合わせましたわ」
「一瞬だけじゃない。見つめるんだ!」

 やっぱり、何かがあるんだわ。

 その時、有り難いことにファナ様が割って入ってくれた。

「ターズ様! 長旅で疲れましたの。部屋まで案内していただけませんか」
「僕じゃなくても良いだろう」
「一緒に行きたいんです。癒やしてくれますよね。あなたの腕の中で久しぶりに眠りたいわ」

 ターズ様は焦った顔になり、ファナ様は意味深な笑みを浮かべて、ターズ様ではなく私を見つめた。
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