愛しているだなんて戯言を言われても迷惑です

風見ゆうみ

文字の大きさ
15 / 34

15 最低な女? あなたもどうかと思うけど?

しおりを挟む
 あの後、自分の署名したものが離婚届だと気が付いたミゲルは、扉をしばらく叩いてわめいていたけれど、騎士に捕まえられて、門の外へ放り出されたみたいだった。

 私としては無事に離婚が出来るのは有り難いけれど、ザック様を巻き込む形になってしまった。

 しかも、私の心を奪うだとかいう、訳のわからない戦いに。

 ザック様はその事については「僕にもメリットがあるから大丈夫だ」と答えてくれた。
 よっぽど、釣書に悩まされていたらしい。

 けれど、すぐに表情を暗くして、私に謝ってくる。

「逆に君を巻き込んでしまってすまない。噂が広がると、君には不利益になるかもしれない」
「それは大丈夫です。とにかく、離婚できるだけで気持ちの持ちようが違いますから。といいますか、こちらこそ、巻き込んでしまって申し訳ございません」
「別に気にしなくていいと言っているだろう。あ、それから、さっきの話は僕とミゲルとの話であって、君は了承していないのだから、僕とミゲルが君をとりあったとしても、君は勝った方を選ぶ必要もないから」
「何といいますか、ミゲルがザック様に勝てるとは思えないので、最初から勝利は決まっていると思うんですけど」
「こんな事を言うのもなんだが、俺も相手がミゲルだったら、不戦勝できそうな気がする」
「私が判断するんでしたら、もう圧勝ですよ」

 ミゲルが何を考えているかはわからないけれど、とにかく私はザック様からもらった、ミゲルの署名の入った離婚届に記入して、今日の内に、提出する事に決めた。

 そして、数時間後には無事に離婚届は受理され、私とミゲルは他人に戻る事が出来たのだった。

 後から、ドーウッド家が何か言ってこようとも、その件に関してはザック様にお願いする事になったからか、最初は私の家に抗議がきたけれど、お父様の方から話をしてもらったところ、大人しく諦めた様だった。

 そして、ザック様の方には、ミゲルから果たし状の様な手紙が届いたらしい。
 手紙を受け取った彼は迷惑というよりか「こんなものをもらったのは初めてだ」と面白がっていたので良かった。

 私の離婚が無事に成立したので、ザック様ともお別れか、と思っていたけれど、ミゲルがまだ私の事を諦めたわけではないという事と、勝手にザック様をライバル視しているという事で、引き続き、ザック様は私の面倒をみてくれる事になった。

 何より、自分のせいで他の令嬢から、何か言われるのではないかと気にしておられたというのもある。

 そして、そうこうしている内に、ザック様のお母様主催のお茶会の日がやって来た。

 今回、ザック様のお母様であるロゼッタ様は、招待客を選んでくださり、集まったのは、ロゼッタ様と同じ年代である、40代の御婦人方だった。

 若いのは私1人だけだ。

 彼女達に認められれば、これからの夜会でも何かと手助けをしてくれるはず。
 今回はクセのあるこ婦人方ではなく、 私の味方になってくれそうな方達を、ロゼッタ様が選んでくださっているので、少し気が楽だった。

 若いご令嬢達に比べたら厄介な事は厄介かもしれないけれど、皆さん、ご結婚されている事もあり、ザック様が私に良くしてくださっている事に関しての妬みはない。
 ロゼッタ様とは、お茶会の前にご挨拶してるから良いものの、集まった他4人の御婦人方とは、ルキアも初めて出会う人達だった。

 なぜなら、彼女がほとんど夜会に出席していないから。
 だから、それは向こうも同じ事だった。

 トルマリア公爵家の中庭にある白いガゼボの中で、簡単な挨拶を交わした後、お茶会が始まった。

「ここ最近、社交場では、レイング伯爵令嬢と、ドーウッド伯爵家の次男のミゲル様と、トルマリア公爵家の次男のザック様のお話でもちきりですのよ」
「お騒がせしてしまって申し訳ございません。ミゲル様から、とても酷い扱いを受けて別れる事を決めたんです。思い出すのも辛いのに、今更、私とよりを戻したいだなんて考えられません」

 尋ねてきた、侯爵夫人は目をキラキラさせて、私を見ていたけれど、俯いて悲しんでいるふりをすると、同情的な眼差しになって言う。

「たしか、初夜の日に女性を部屋に連れ込んでいたのよね? しかも、あなたを追い返して!」
「そうなんですか!? なんて酷い男性なんでしょう!」

 御婦人達の言葉に頷いてから、私は、ミゲルに言われた事などを包み隠さずに話した。
 もちろん、最初は悲しげに、でも、最後の方は負けてはいけないと思ったという強い意思を見せる様な話し方にすると、侯爵夫人が頷く。

「貴族の女性はなんだかんだと男性に虐げられているところがありますからね。家庭内では大した事はないのに! 何にしても、妻にそんな事を言う男性とは別れて正解です! よりを戻したいだなんて言語道断だわ! この場にロゼッタ様がいらっしゃるから、おべっかを使うわけではなく、私はザック様を応援するわ!」
「私の娘は、ドーウッド卿の事を笑顔の素敵な男性だと言ってたんですが、笑顔が素敵でも中身が酷ければ意味がないですね! その点、ザック様は落ち着いていらっしゃいますし、浮いた噂もありませんもの。きっと大事にしてくださるわ!」

 侯爵夫人だけでなく、他の人もミゲルに悪印象を持ってくれた様だった。

「ありがとうございます。でも、わたくしの事を、ミゲル様とザック様がとりあっているだなんていう噂ですが、あれは私がミゲル様と離婚できるように、ザック様が自分を犠牲にして手を打ってくださっただけで、ザック様には本当にご迷惑をおかけしていまして…」
 
 ロゼッタ様に目を向けて言うと、にこりと微笑んでくれてから、首を横に振る。

「迷惑だなんて本人は思っていないわ。あなたを助けられて良かったと言っていたし…。ただ、ドーウッド卿が本当に厄介だわ」

 ロゼッタ様は、ふうと息を吐いてから、困った顔をして左手を口元に当てた。

「どうかされましたか?」

 私が話を促すと、ロゼッタ様が口を開く。

「今は大人しくなったんだけれど、一時期は、ドーウッド卿がザックに騙されたといって、社交場でザックの悪口を言いふらしていたみたいなの。主人がさすがに黙っていられなくなって、ドーウッド家に警告をしてくれたから、大人しくなってはくれたんだけど、騙されてサインさせられた、なんて、言っていた様だけれど、そんな事はなかったのよね?」

 尋ねられたので、大きく頷いて、はっきりと答える。

「ザック様はちゃんと本人に確認しておられました。それに、自分の意思で書いているとミゲル様が話しているのを聞きました。ただ、気になったのですが、ミゲル様はサインされる際に、何についての書類にサインをしているか、という確認をされてなかったんです」
「自分の名前をサインするのにですか?」
「そうなんです。今、考えると、そんな方が、私の父から伯爵の爵位を継ごうとしていたなんて恐ろしい話ですわ」

 大きく息を吐いて言うと、御婦人方は顔を見合わせた。

「信じられないわ!」
「私の息子もそう賢いわけではないけれど、さすがに書面に何が書いてあるかは確認するわ!」

 ご婦人方が一斉に話し始めた。

 こうして、私にとっての初めてのお茶会は無事に終了し、次の日には、ご婦人方の連絡網の凄さに驚く事になる。

 もちろん、ロゼッタ様も協力してくださっているのもあるけれど、瞬く間に、私が話した内容は、貴族の間に知れ渡る事になった。
 そして、予想外の出来事が起こる事になる。

 それは、メアリーと護衛を連れて、夜会に来ていく為のドレスを仕立てに行った日の事。

 お店に入ると、私よりも前の時間にドレスを仕立てていた令嬢がいた様で、彼女が店の奥の部屋から出てきたところだった。
 パステルカラーのピンク色で、量が多く、ウェーブのかかった長い髪を背中におろしている、色の白い、とても可愛らしい小柄な令嬢だった。

 その令嬢の名前が出てこないので、ルキアは会った事がないようだけれど、相手の方は私を見て立ち止まると、憤怒の表情を浮かべ、私を指差して叫んだ。

「あなた! よくも、ミゲル様の悪い噂を流したわね!!」
「…はい?」
「嘘の噂ばっかり、最低な女だわ! ミゲル様が可哀想! こんな根暗で何の取り柄のない嘘つき女に騙されて!」
「会ってすぐに、いきなりそんな事を言ってくる、あなたもどうかと思うけど?」

 ザック様を好きだという女性から文句を言われる覚悟は出来ていた。

 まさか、ミゲルを好きだという女性から文句を言われる事になるなんて、予想もしていなかった。

「あなたを見たら何も言わないわけにはいかないじゃない! 私はミゲル様ファンクラブの会員ナンバー3番なんだから!」
「ミゲルのファンクラブ…」

 あまりの驚きに言葉を失った後、思い付いた事があり、口に出してみる。

「あなたのお家、後継者を募集していない?」

 私の問いかけに、女性は口をへの字に曲げた。
しおりを挟む
感想 92

あなたにおすすめの小説

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優
恋愛
「君には大変申し訳なく思っている」 私の婚約者はそう言って、心苦しそうに顔を歪めた。「私が悪いの」と言いながら瞳を潤ませている、私の妹アニエスの肩を抱きながら。 アニエスはいつだって私の前に立ちはだかった。 これまで何ひとつとして、私の思い通りになったことはない。すべてアニエスが決めて、両親はアニエスが言うことならと頷いた。 だからきっと、この婚約者の入れ替えも両親は快諾するのだろう。アニエスが決めたのなら間違いないからと。 もういい加減、妹から離れたい。 そう思った私は、魔術師の弟子ノエルに結婚を前提としたお付き合いを申し込んだ。互いに利のある契約として。 だけど弟子だと思ってたその人は実は魔術師で、しかも私を好きだったらしい。

理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました

ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。 このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。 そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。 ーーーー 若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。 作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。 完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。 第一章 無計画な婚約破棄 第二章 無計画な白い結婚 第三章 無計画な告白 第四章 無計画なプロポーズ 第五章 無計画な真実の愛 エピローグ

姉の婚約者であるはずの第一王子に「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」と言われました。

ふまさ
恋愛
「お前はとても優秀だそうだから、婚約者にしてやってもいい」  ある日の休日。家族に疎まれ、蔑まれながら育ったマイラに、第一王子であり、姉の婚約者であるはずのヘイデンがそう告げた。その隣で、姉のパメラが偉そうにふんぞりかえる。 「ぞんぶんに感謝してよ、マイラ。あたしがヘイデン殿下に口添えしたんだから!」  一方的に条件を押し付けられ、望まぬまま、第一王子の婚約者となったマイラは、それでもつかの間の安らぎを手に入れ、歓喜する。  だって。  ──これ以上の幸せがあるなんて、知らなかったから。

私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?

きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。 しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……

幼馴染以上、婚約者未満の王子と侯爵令嬢の関係

紫月 由良
恋愛
第二王子エインの婚約者は、貴族には珍しい赤茶色の髪を持つ侯爵令嬢のディアドラ。だが彼女の冷たい瞳と無口な性格が気に入らず、エインは婚約者の義兄フィオンとともに彼女を疎んじていた。そんな中、ディアドラが学院内で留学してきた男子学生たちと親しくしているという噂が広まる。注意しに行ったエインは彼女の見知らぬ一面に心を乱された。しかし婚約者の異母兄妹たちの思惑が問題を引き起こして……。 顔と頭が良く性格が悪い男の失恋ストーリー。 ※流血シーンがあります。(各話の前書きに注意書き+次話前書きにあらすじがあるので、飛ばし読み可能です)

【完結】婚約破棄に感謝します。貴方のおかげで今私は幸せです

コトミ
恋愛
 もうほとんど結婚は決まっているようなものだった。これほど唐突な婚約破棄は中々ない。そのためアンナはその瞬間酷く困惑していた。婚約者であったエリックは優秀な人間であった。公爵家の次男で眉目秀麗。おまけに騎士団の次期団長を言い渡されるほど強い。そんな彼の隣には自分よりも胸が大きく、顔が整っている女性が座っている。一つ一つに品があり、瞬きをする瞬間に長い睫毛が揺れ動いた。勝てる気がしない上に、張り合う気も失せていた。エリックに何とここぞとばかりに罵られた。今まで募っていた鬱憤を晴らすように。そしてアンナは婚約者の取り合いという女の闘いから速やかにその場を退いた。その後エリックは意中の相手と結婚し侯爵となった。しかしながら次期騎士団団長という命は解かれた。アンナと婚約破棄をした途端に負け知らずだった剣の腕は衰え、誰にも勝てなくなった。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

処理中です...