1 / 14
1 浮気をしているらしい ①
しおりを挟む
元子爵令嬢であるわたし、リリノアは十八歳になった1年前に、二つ年上でセイクウッド伯爵家の嫡男、ターチ様の元に嫁入りをした。
ダークブラウンのストレートの髪をシニヨンにしている、地味な見た目のわたしとは正反対に、ターチ様は爽やかで目立つ顔立ちをしていて、結婚時には周りから羨ましがられた。
金色の髪にグリーンの瞳。
甘いマスクのターチ様は子どもから老人まで世代問わずに女性に人気だった。
そんなターチ様は、5年前の婚約時から母親にべったりな男性で、彼の姉であるクリスティーナ様に溺愛されていた。
二年前にクリスティーナ様は男爵家の次男と結婚し、家を出て行った。ターチ様は結婚後も母親とは同居希望だったため、初めは暮らしがどうなるか不安だった。
でも、義母のスカベラ様はわたしたちの結婚と同時に、爵位をターチ様に継がせ、新婚生活を邪魔してはいけないと、現在は稼いで貯めたお金で世界中を旅している。
10日ごとくらいに絵葉書が送られてきて、そこに書かれてある文書から、充実した日々を送っているのだとわかる。
スカベラ様の夫であり、ターチ様のお父様である先代のセイクウッド伯爵は、ターチ様が幼い頃に亡くなっている。なぜ亡くなったのか、その理由はわからない。
わたしの両親もターチ様たちも、知らなくて良いことだと言って教えてくれないからだ。義姉のクリスティーナ様に聞いても鼻で笑うだけだし、何か事情があることは確かだ。
わたしはわたしで、何度か聞いただけで無理に教えてもらおうとはしなかった。
誰でも話したくない過去はある。自分の嫌なことは、他の人にはしないことが一番だ。
先代が亡くなってからは、スカベラ様が伯爵代理として働いていた。
貴族に嫁入りした女性は家の管理をすることはあっても、仕事をしないことが、この国の暗黙のルールになっている。妻を働かせるような夫は甲斐性のない男扱いされてしまうのだ。
スカベラ様の場合は夫が亡くなっているので、やらざるを得なかった。それなのに、社交場では女性を蔑視するようなことを言われたと聞いた。
でも、ターチ様はスカベラ様のことを誇りに思っていたので、わたしが仕事を手伝うと言うと、嫌がることなく手伝わせてくれた。
わたしが一緒に仕事をすると「本当に助かる」とも言ってくれた。
わたしたち夫婦は上手くいっている。そう信じて疑わなかった。
あるものを見つけるまでは――
******
優しかった夫の態度がよそよそしいと感じ始めたのは、結婚してから約1年後のことだった。そして、その少し前から、ターチ様は頻繁に領地の視察に行くようになっていた。
しかも、昼間は屋敷で仕事をして夕方から出ていき、朝に帰ってくるのだ。
夜に何を見に行くことがあるのかと聞くと、収穫祭の時期が近づいていて、その準備の様子を見に行っているのだと彼は答えた。
「領民の様子はどうなの?」
「……楽しそうにしているよ。見るだけで幸せな気分になる」
「朝に帰ってくるなんて、みんな、夜中まで働いているの? 体調を壊さないと良いけど……」
「大丈夫だよ。そうならないように、僕が監視に行くんだ」
「あなただってそうよ。ちゃんと眠れているの?」
「ああ。行き帰りの馬車の中で眠れているよ」
ターチ様は出かける前と帰って来た時には、わたしを抱きしめる。だから、今日も出かける前に抱きしめてきた。
その時、首元に虫刺されのような赤い痕を見つけて、わたしは抱きしめ返さなければいけない手を、だらりと下ろした。
「……どうかした?」
わたしの異変に気がついたのか、ターチ様は体を離して不思議そうな顔をした。
「……何でもないわ。気をつけて行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
笑顔を作ってターチ様を見送り、すぐに寝室に向かった。寝間着に着替え終え、ベッドに倒れ込むと、メイドが明かりを消して、寝室から出ていく。
いつもなら、ねぎらいの言葉をかけるのだけど、申し訳ないが、今日はそれどころではなかった。
……あれは、キスマークというものではないの?
ターチ様には見えないけれど、彼に近づいた人間にはわかる位置にあった。
普段はシャツの第一ボタンまでとめている人なので、さっき初めて気がついた。
ターチ様は視察の時はラフな身なりで出かける。だから、シャツのボタンを1つ目は外していたために気づくことができた。
大体、収穫祭の準備だからって夜に視察に行く必要はあるだろうか。
ターチ様は昼はみんな自分の仕事で忙しいから、夜に準備をするのだと言っていた。
仕事終わりに準備をするのはありえないことではない。だけど、深夜までするものだろうか?
いや、本当は前々からおかしいとは思っていた。だけど、浮気なんてするような人ではない。そう思い込むようにしていた。
でも、もう知らないふりをするのも限界だわ。
浮気をしているだなんて思っていない、馬鹿な妻だなんて思われて騙され続けるのは御免だわ。
明日、帰ってきたら、まずはキスマークについて問いただそう。
その返答によっては、こっそり調べさせてもらうわ。
ダークブラウンのストレートの髪をシニヨンにしている、地味な見た目のわたしとは正反対に、ターチ様は爽やかで目立つ顔立ちをしていて、結婚時には周りから羨ましがられた。
金色の髪にグリーンの瞳。
甘いマスクのターチ様は子どもから老人まで世代問わずに女性に人気だった。
そんなターチ様は、5年前の婚約時から母親にべったりな男性で、彼の姉であるクリスティーナ様に溺愛されていた。
二年前にクリスティーナ様は男爵家の次男と結婚し、家を出て行った。ターチ様は結婚後も母親とは同居希望だったため、初めは暮らしがどうなるか不安だった。
でも、義母のスカベラ様はわたしたちの結婚と同時に、爵位をターチ様に継がせ、新婚生活を邪魔してはいけないと、現在は稼いで貯めたお金で世界中を旅している。
10日ごとくらいに絵葉書が送られてきて、そこに書かれてある文書から、充実した日々を送っているのだとわかる。
スカベラ様の夫であり、ターチ様のお父様である先代のセイクウッド伯爵は、ターチ様が幼い頃に亡くなっている。なぜ亡くなったのか、その理由はわからない。
わたしの両親もターチ様たちも、知らなくて良いことだと言って教えてくれないからだ。義姉のクリスティーナ様に聞いても鼻で笑うだけだし、何か事情があることは確かだ。
わたしはわたしで、何度か聞いただけで無理に教えてもらおうとはしなかった。
誰でも話したくない過去はある。自分の嫌なことは、他の人にはしないことが一番だ。
先代が亡くなってからは、スカベラ様が伯爵代理として働いていた。
貴族に嫁入りした女性は家の管理をすることはあっても、仕事をしないことが、この国の暗黙のルールになっている。妻を働かせるような夫は甲斐性のない男扱いされてしまうのだ。
スカベラ様の場合は夫が亡くなっているので、やらざるを得なかった。それなのに、社交場では女性を蔑視するようなことを言われたと聞いた。
でも、ターチ様はスカベラ様のことを誇りに思っていたので、わたしが仕事を手伝うと言うと、嫌がることなく手伝わせてくれた。
わたしが一緒に仕事をすると「本当に助かる」とも言ってくれた。
わたしたち夫婦は上手くいっている。そう信じて疑わなかった。
あるものを見つけるまでは――
******
優しかった夫の態度がよそよそしいと感じ始めたのは、結婚してから約1年後のことだった。そして、その少し前から、ターチ様は頻繁に領地の視察に行くようになっていた。
しかも、昼間は屋敷で仕事をして夕方から出ていき、朝に帰ってくるのだ。
夜に何を見に行くことがあるのかと聞くと、収穫祭の時期が近づいていて、その準備の様子を見に行っているのだと彼は答えた。
「領民の様子はどうなの?」
「……楽しそうにしているよ。見るだけで幸せな気分になる」
「朝に帰ってくるなんて、みんな、夜中まで働いているの? 体調を壊さないと良いけど……」
「大丈夫だよ。そうならないように、僕が監視に行くんだ」
「あなただってそうよ。ちゃんと眠れているの?」
「ああ。行き帰りの馬車の中で眠れているよ」
ターチ様は出かける前と帰って来た時には、わたしを抱きしめる。だから、今日も出かける前に抱きしめてきた。
その時、首元に虫刺されのような赤い痕を見つけて、わたしは抱きしめ返さなければいけない手を、だらりと下ろした。
「……どうかした?」
わたしの異変に気がついたのか、ターチ様は体を離して不思議そうな顔をした。
「……何でもないわ。気をつけて行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
笑顔を作ってターチ様を見送り、すぐに寝室に向かった。寝間着に着替え終え、ベッドに倒れ込むと、メイドが明かりを消して、寝室から出ていく。
いつもなら、ねぎらいの言葉をかけるのだけど、申し訳ないが、今日はそれどころではなかった。
……あれは、キスマークというものではないの?
ターチ様には見えないけれど、彼に近づいた人間にはわかる位置にあった。
普段はシャツの第一ボタンまでとめている人なので、さっき初めて気がついた。
ターチ様は視察の時はラフな身なりで出かける。だから、シャツのボタンを1つ目は外していたために気づくことができた。
大体、収穫祭の準備だからって夜に視察に行く必要はあるだろうか。
ターチ様は昼はみんな自分の仕事で忙しいから、夜に準備をするのだと言っていた。
仕事終わりに準備をするのはありえないことではない。だけど、深夜までするものだろうか?
いや、本当は前々からおかしいとは思っていた。だけど、浮気なんてするような人ではない。そう思い込むようにしていた。
でも、もう知らないふりをするのも限界だわ。
浮気をしているだなんて思っていない、馬鹿な妻だなんて思われて騙され続けるのは御免だわ。
明日、帰ってきたら、まずはキスマークについて問いただそう。
その返答によっては、こっそり調べさせてもらうわ。
950
あなたにおすすめの小説
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
見捨てられた逆行令嬢は幸せを掴みたい
水空 葵
恋愛
一生大切にすると、次期伯爵のオズワルド様に誓われたはずだった。
それなのに、私が懐妊してからの彼は愛人のリリア様だけを守っている。
リリア様にプレゼントをする余裕はあっても、私は食事さえ満足に食べられない。
そんな状況で弱っていた私は、出産に耐えられなくて死んだ……みたい。
でも、次に目を覚ました時。
どういうわけか結婚する前に巻き戻っていた。
二度目の人生。
今度は苦しんで死にたくないから、オズワルド様との婚約は解消することに決めた。それと、彼には私の苦しみをプレゼントすることにしました。
一度婚約破棄したら良縁なんて望めないから、一人で生きていくことに決めているから、醜聞なんて気にしない。
そう決めて行動したせいで良くない噂が流れたのに、どうして次期侯爵様からの縁談が届いたのでしょうか?
※カクヨム様と小説家になろう様でも連載中・連載予定です。
7/23 女性向けHOTランキング1位になりました。ありがとうございますm(__)m
【完結】欲をかいて婚約破棄した結果、自滅した愚かな婚約者様の話、聞きます?
水月 潮
恋愛
ルシア・ローレル伯爵令嬢はある日、婚約者であるイアン・バルデ伯爵令息から婚約破棄を突きつけられる。
正直に言うとローレル伯爵家にとっては特に旨みのない婚約で、ルシアは父親からも嫌になったら婚約は解消しても良いと言われていた為、それをあっさり承諾する。
その1ヶ月後。
ルシアの母の実家のシャンタル公爵家にて次期公爵家当主就任のお披露目パーティーが主催される。
ルシアは家族と共に出席したが、ルシアが夢にも思わなかったとんでもない出来事が起きる。
※設定は緩いので、物語としてお楽しみ頂けたらと思います
*HOTランキング10位(2021.5.29)
読んで下さった読者の皆様に感謝*.*
HOTランキング1位(2021.5.31)
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】
小平ニコ
恋愛
「パメラが熱を出したから、今日は約束の場所に行けなくなった。今度埋め合わせするから許してくれ」
ジョセフはそう言って、婚約者である私とのデートをキャンセルした。……いったいこれで、何度目のドタキャンだろう。彼はいつも、体の弱い幼馴染――パメラを優先し、私をないがしろにする。『埋め合わせするから』というのも、口だけだ。
きっと私のことを、適当に謝っておけば何でも許してくれる、甘い女だと思っているのだろう。
いい加減うんざりした私は、ジョセフとの婚約関係を終わらせることにした。パメラは嬉しそうに笑っていたが、ジョセフは大いにショックを受けている。……それはそうでしょうね。私のお父様からの援助がなければ、ジョセフの家は、貴族らしい、ぜいたくな暮らしを続けることはできないのだから。
《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?
桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』
魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!?
大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。
無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!!
*******************
毎朝7時更新です。
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
有能婚約者を捨てた王子は、幼馴染との真実の愛に目覚めたらしい
マルローネ
恋愛
サンマルト王国の王子殿下のフリックは公爵令嬢のエリザに婚約破棄を言い渡した。
理由は幼馴染との「真実の愛」に目覚めたからだ。
エリザの言い分は一切聞いてもらえず、彼に誠心誠意尽くしてきた彼女は悲しんでしまう。
フリックは幼馴染のシャーリーと婚約をすることになるが、彼は今まで、どれだけエリザにサポートしてもらっていたのかを思い知ることになってしまう。一人でなんでもこなせる自信を持っていたが、地の底に落ちてしまうのだった。
一方、エリザはフリックを完璧にサポートし、その態度に感銘を受けていた第一王子殿下に求婚されることになり……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる