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4 夫には別名があるらしい
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2階には二つの扉と、それに続く廊下があった。わたしが階段を上りきって立ち止まると、その内の一つの扉が開き、ダークブラウンの髪に赤色の瞳の男性が現れた。
懐かしさを感じているわたしと目が合うと、彼は柔らかな笑みを浮かべる。
「久しぶりだね、リリノア」
「お久しぶりです、ユーリ兄さま……、じゃなくて、ローズ卿」
「ユーリでいいよ」
「……では、ユーリ様で」
ユーリ様は長身痩躯なのに威圧感を感じさせない柔らかな雰囲気を醸し出す男性で、いつも笑みを絶やさない。顔立ちが整っているから、微笑まれただけで恋に落ちてしまう女性もいたと、ポーリーから聞いたことがある。
その人の好みに刺されば、どんな相手だろうと顔の良さに負けてしまうのだから恐ろしい。ターチ様に騙されている人もそんな感じなのかもしれない。
……って、ターチ様と一緒にするのは、ユーリ様に失礼ね。
「奥に調査員がいるから、彼女から話を聞いてくれるかな」
「は、はい!」
裏のお仕事というのがどんなものかは気になるけれど、まずは自分のことを片付けようと思い、微笑むユーリ様に返事をして、わたしは案内された部屋の中に入った。
******
守秘義務の契約を結んだあと、ターチ様の浮気相手の身元調査をお願いした。情報屋ではあるが、浮気の証拠になるものがあれば、証拠品の回収や証言をしてくれる相手を見つけてもらうこともできるというので、オプションとしてお願いした。
料金は友人だということで特別割引になり、思ったよりも安くついた。
ローズ侯爵家は自分の領内でトラブルが起きてもすぐに対処できるように、人口密集地にスパイのような人を送り込んでいるらしい。地域に溶け込み、世間の噂話などを仕入れ、放って置くわけにはいかないものには、ユーリ様に連絡がくることになっているそうだ。
その人たちが、今回は出張するような形で、上手くターチ様の情報を仕入れてくれるらしい。
わたしの件で現在時点で、わかっているのは浮気は確実だということだった。あとは相手の身元を確認して、証拠を押さえ、ターチ様とその人たちに慰謝料請求をするという段取りになった。
「浮気を自由にさせて、悠々自適な生活を送る奥さまもおられますが、離婚でよろしいのですか?」
調査員の人に尋ねられ、わたしははっきりと答える。
「伯爵夫人なんて肩書もいりませんし、浮気をしている夫の顔を見て嫌になる自分の気持ちを押し隠すのは性に合わないんです。子どもがいれば我慢していたかもしれませんが、問いただしてもきっと、彼は浮気をやめないでしょう」
慰謝料をしっかりもらって、ターチ様や浮気相手にダメージを与えるためなら怒りを我慢できても、お金のためだけに我慢はできない。
「そうですね。こういう輩は浮気されるほうが悪いと言い出すでしょう」
調査員は頷くと、必要書類の中身をわたしに確認させたあと、契約書を作ってくれた。
今日のところはここまでで、また、分かり次第、連絡を入れてもらえることになった。手続きを終えて外に出ると、空には星が見えていた。
綺麗な星空を見上げて思う。今頃、ターチ様は女性に会いに行くために、出かける準備、もしくは出発しているのでしょう。それとも、わたしが怪しんでいるのではないかと感じて、自重しているかしら。
ターチ様のことを考えると、怒りがこみ上げてくると同時に気分が悪くなった。一緒にいてくれるポーリーにこれ以上、心配をかけたくないので、今は、ターチ様のことを考えないようにした。
******
次の日の夜、ローズ侯爵家の談話室でユーリ様に教えてもらった内容は衝撃的なものだった。
「セイクウッド伯爵は自分の領内では顔が知られている可能性があると思ったのか、ローズ侯爵領内の平民女性ばかりを狙い、複数の女性の家に出入りしている。しかも単身で暮らしている女性だ。彼の好みなのか若い女性よりも熟女が多い」
「……ターチ様はお母様が大好きなんです。熟女好きと言われてもおかしくはありません」
結婚していなければ、ターチ様がどんな人を選ぼうが、わたしには関係ない。仕事をちゃんとこなして、領民に迷惑をかけないなら、わたしと離婚して好きなだけ遊べばいいじゃないの!
「それから、彼は自分のことをチータと名乗っていて、普段は役所の裏方として働いている平民なんだそうだよ。しかも独身で彼女もいない。というか、彼女はその日の相手が彼女の名になるのかな」
「独身……。ということは、お相手の女性は、ターチ様の正体も結婚しているということも知らないのですね?」
「中には知っている人もいるかもしれない。もう少し詳しく調べてみるけど、浮気相手の全ての女性から慰謝料をもらうというのは難しいかもしれないね」
まさか、違う領の領主が夜中に自分のところに会いに来るだなんて思いもしないわよね。ターチ様のことを知っていても、よく似ていると言われるんだと言われたら、それで納得してしまうでしょう。
というか、チータって何なのよ。どうでも良いことでも苛立ってしまい、怒りが顔に出ていたのか、ユーリ様が心配そうな顔で尋ねてくる。
「まだ、伝えないといけないことがあるんだけど、いいかな」
「申し訳ございません。お願いします」
「どうやら、君の夫と義兄は賭博をしている」
「賭博?」
賭博ってお金をかけて勝負するゲームのことよね?
エターリン王国では公営賭博は認められている。わざわざ、そんな話をするということは違法賭博をしているということ?
懐かしさを感じているわたしと目が合うと、彼は柔らかな笑みを浮かべる。
「久しぶりだね、リリノア」
「お久しぶりです、ユーリ兄さま……、じゃなくて、ローズ卿」
「ユーリでいいよ」
「……では、ユーリ様で」
ユーリ様は長身痩躯なのに威圧感を感じさせない柔らかな雰囲気を醸し出す男性で、いつも笑みを絶やさない。顔立ちが整っているから、微笑まれただけで恋に落ちてしまう女性もいたと、ポーリーから聞いたことがある。
その人の好みに刺されば、どんな相手だろうと顔の良さに負けてしまうのだから恐ろしい。ターチ様に騙されている人もそんな感じなのかもしれない。
……って、ターチ様と一緒にするのは、ユーリ様に失礼ね。
「奥に調査員がいるから、彼女から話を聞いてくれるかな」
「は、はい!」
裏のお仕事というのがどんなものかは気になるけれど、まずは自分のことを片付けようと思い、微笑むユーリ様に返事をして、わたしは案内された部屋の中に入った。
******
守秘義務の契約を結んだあと、ターチ様の浮気相手の身元調査をお願いした。情報屋ではあるが、浮気の証拠になるものがあれば、証拠品の回収や証言をしてくれる相手を見つけてもらうこともできるというので、オプションとしてお願いした。
料金は友人だということで特別割引になり、思ったよりも安くついた。
ローズ侯爵家は自分の領内でトラブルが起きてもすぐに対処できるように、人口密集地にスパイのような人を送り込んでいるらしい。地域に溶け込み、世間の噂話などを仕入れ、放って置くわけにはいかないものには、ユーリ様に連絡がくることになっているそうだ。
その人たちが、今回は出張するような形で、上手くターチ様の情報を仕入れてくれるらしい。
わたしの件で現在時点で、わかっているのは浮気は確実だということだった。あとは相手の身元を確認して、証拠を押さえ、ターチ様とその人たちに慰謝料請求をするという段取りになった。
「浮気を自由にさせて、悠々自適な生活を送る奥さまもおられますが、離婚でよろしいのですか?」
調査員の人に尋ねられ、わたしははっきりと答える。
「伯爵夫人なんて肩書もいりませんし、浮気をしている夫の顔を見て嫌になる自分の気持ちを押し隠すのは性に合わないんです。子どもがいれば我慢していたかもしれませんが、問いただしてもきっと、彼は浮気をやめないでしょう」
慰謝料をしっかりもらって、ターチ様や浮気相手にダメージを与えるためなら怒りを我慢できても、お金のためだけに我慢はできない。
「そうですね。こういう輩は浮気されるほうが悪いと言い出すでしょう」
調査員は頷くと、必要書類の中身をわたしに確認させたあと、契約書を作ってくれた。
今日のところはここまでで、また、分かり次第、連絡を入れてもらえることになった。手続きを終えて外に出ると、空には星が見えていた。
綺麗な星空を見上げて思う。今頃、ターチ様は女性に会いに行くために、出かける準備、もしくは出発しているのでしょう。それとも、わたしが怪しんでいるのではないかと感じて、自重しているかしら。
ターチ様のことを考えると、怒りがこみ上げてくると同時に気分が悪くなった。一緒にいてくれるポーリーにこれ以上、心配をかけたくないので、今は、ターチ様のことを考えないようにした。
******
次の日の夜、ローズ侯爵家の談話室でユーリ様に教えてもらった内容は衝撃的なものだった。
「セイクウッド伯爵は自分の領内では顔が知られている可能性があると思ったのか、ローズ侯爵領内の平民女性ばかりを狙い、複数の女性の家に出入りしている。しかも単身で暮らしている女性だ。彼の好みなのか若い女性よりも熟女が多い」
「……ターチ様はお母様が大好きなんです。熟女好きと言われてもおかしくはありません」
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「それから、彼は自分のことをチータと名乗っていて、普段は役所の裏方として働いている平民なんだそうだよ。しかも独身で彼女もいない。というか、彼女はその日の相手が彼女の名になるのかな」
「独身……。ということは、お相手の女性は、ターチ様の正体も結婚しているということも知らないのですね?」
「中には知っている人もいるかもしれない。もう少し詳しく調べてみるけど、浮気相手の全ての女性から慰謝料をもらうというのは難しいかもしれないね」
まさか、違う領の領主が夜中に自分のところに会いに来るだなんて思いもしないわよね。ターチ様のことを知っていても、よく似ていると言われるんだと言われたら、それで納得してしまうでしょう。
というか、チータって何なのよ。どうでも良いことでも苛立ってしまい、怒りが顔に出ていたのか、ユーリ様が心配そうな顔で尋ねてくる。
「まだ、伝えないといけないことがあるんだけど、いいかな」
「申し訳ございません。お願いします」
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