わたしの夫は独身らしいので!

風見ゆうみ

文字の大きさ
4 / 14

4   夫には別名があるらしい

しおりを挟む
 2階には二つの扉と、それに続く廊下があった。わたしが階段を上りきって立ち止まると、その内の一つの扉が開き、ダークブラウンの髪に赤色の瞳の男性が現れた。

 懐かしさを感じているわたしと目が合うと、彼は柔らかな笑みを浮かべる。

「久しぶりだね、リリノア」
「お久しぶりです、ユーリ兄さま……、じゃなくて、ローズ卿」
「ユーリでいいよ」
「……では、ユーリ様で」

 ユーリ様は長身痩躯なのに威圧感を感じさせない柔らかな雰囲気を醸し出す男性で、いつも笑みを絶やさない。顔立ちが整っているから、微笑まれただけで恋に落ちてしまう女性もいたと、ポーリーから聞いたことがある。

 その人の好みに刺されば、どんな相手だろうと顔の良さに負けてしまうのだから恐ろしい。ターチ様に騙されている人もそんな感じなのかもしれない。

 ……って、ターチ様と一緒にするのは、ユーリ様に失礼ね。

「奥に調査員がいるから、彼女から話を聞いてくれるかな」
「は、はい!」

 裏のお仕事というのがどんなものかは気になるけれど、まずは自分のことを片付けようと思い、微笑むユーリ様に返事をして、わたしは案内された部屋の中に入った。


******


 守秘義務の契約を結んだあと、ターチ様の浮気相手の身元調査をお願いした。情報屋ではあるが、浮気の証拠になるものがあれば、証拠品の回収や証言をしてくれる相手を見つけてもらうこともできるというので、オプションとしてお願いした。

 料金は友人だということで特別割引になり、思ったよりも安くついた。

 ローズ侯爵家は自分の領内でトラブルが起きてもすぐに対処できるように、人口密集地にスパイのような人を送り込んでいるらしい。地域に溶け込み、世間の噂話などを仕入れ、放って置くわけにはいかないものには、ユーリ様に連絡がくることになっているそうだ。
 その人たちが、今回は出張するような形で、上手くターチ様の情報を仕入れてくれるらしい。

 わたしの件で現在時点で、わかっているのは浮気は確実だということだった。あとは相手の身元を確認して、証拠を押さえ、ターチ様とその人たちに慰謝料請求をするという段取りになった。

「浮気を自由にさせて、悠々自適な生活を送る奥さまもおられますが、離婚でよろしいのですか?」

 調査員の人に尋ねられ、わたしははっきりと答える。

「伯爵夫人なんて肩書もいりませんし、浮気をしている夫の顔を見て嫌になる自分の気持ちを押し隠すのは性に合わないんです。子どもがいれば我慢していたかもしれませんが、問いただしてもきっと、彼は浮気をやめないでしょう」

 慰謝料をしっかりもらって、ターチ様や浮気相手にダメージを与えるためなら怒りを我慢できても、お金のためだけに我慢はできない。

「そうですね。こういう輩は浮気されるほうが悪いと言い出すでしょう」

 調査員は頷くと、必要書類の中身をわたしに確認させたあと、契約書を作ってくれた。

 今日のところはここまでで、また、分かり次第、連絡を入れてもらえることになった。手続きを終えて外に出ると、空には星が見えていた。
 
 綺麗な星空を見上げて思う。今頃、ターチ様は女性に会いに行くために、出かける準備、もしくは出発しているのでしょう。それとも、わたしが怪しんでいるのではないかと感じて、自重しているかしら。

 ターチ様のことを考えると、怒りがこみ上げてくると同時に気分が悪くなった。一緒にいてくれるポーリーにこれ以上、心配をかけたくないので、今は、ターチ様のことを考えないようにした。



******


 次の日の夜、ローズ侯爵家の談話室でユーリ様に教えてもらった内容は衝撃的なものだった。

「セイクウッド伯爵は自分の領内では顔が知られている可能性があると思ったのか、ローズ侯爵領内の平民女性ばかりを狙い、複数の女性の家に出入りしている。しかも単身で暮らしている女性だ。彼の好みなのか若い女性よりも熟女が多い」
「……ターチ様はお母様が大好きなんです。熟女好きと言われてもおかしくはありません」

 結婚していなければ、ターチ様がどんな人を選ぼうが、わたしには関係ない。仕事をちゃんとこなして、領民に迷惑をかけないなら、わたしと離婚して好きなだけ遊べばいいじゃないの!

「それから、彼は自分のことをチータと名乗っていて、普段は役所の裏方として働いている平民なんだそうだよ。しかも独身で彼女もいない。というか、彼女はその日の相手が彼女の名になるのかな」
「独身……。ということは、お相手の女性は、ターチ様の正体も結婚しているということも知らないのですね?」
「中には知っている人もいるかもしれない。もう少し詳しく調べてみるけど、浮気相手の全ての女性から慰謝料をもらうというのは難しいかもしれないね」

 まさか、違う領の領主が夜中に自分のところに会いに来るだなんて思いもしないわよね。ターチ様のことを知っていても、よく似ていると言われるんだと言われたら、それで納得してしまうでしょう。

 というか、チータって何なのよ。どうでも良いことでも苛立ってしまい、怒りが顔に出ていたのか、ユーリ様が心配そうな顔で尋ねてくる。

「まだ、伝えないといけないことがあるんだけど、いいかな」
「申し訳ございません。お願いします」
「どうやら、君の夫と義兄は賭博をしている」
「賭博?」

 賭博ってお金をかけて勝負するゲームのことよね?
 エターリン王国では公営賭博は認められている。わざわざ、そんな話をするということは違法賭博をしているということ?
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

あなたの幸せを、心からお祈りしています

たくわん
恋愛
「平民の娘ごときが、騎士の妻になれると思ったのか」 宮廷音楽家の娘リディアは、愛を誓い合った騎士エドゥアルトから、一方的に婚約破棄を告げられる。理由は「身分違い」。彼が選んだのは、爵位と持参金を持つ貴族令嬢だった。 傷ついた心を抱えながらも、リディアは決意する。 「音楽の道で、誰にも見下されない存在になってみせる」 革新的な合奏曲の創作、宮廷初の「音楽会」の開催、そして若き隣国王子との出会い——。 才能と努力だけを武器に、リディアは宮廷音楽界の頂点へと駆け上がっていく。 一方、妻の浪費と実家の圧力に苦しむエドゥアルトは、次第に転落の道を辿り始める。そして彼は気づくのだ。自分が何を失ったのかを。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

《完》わたしの刺繍が必要?無能は要らないって追い出したのは貴方達でしょう?

桐生桜月姫
恋愛
『無能はいらない』 魔力を持っていないという理由で婚約破棄されて従姉妹に婚約者を取られたアイーシャは、実は特別な力を持っていた!? 大好きな刺繍でわたしを愛してくれる国と国民を守ります。 無能はいらないのでしょう?わたしを捨てた貴方達を救う義理はわたしにはございません!! ******************* 毎朝7時更新です。

美人な姉を溺愛する彼へ、最大の罰を! 倍返しで婚約破棄して差し上げます

佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢マリアは、若き大神官フレッドとの結婚を控え、浮かれる日々を送っていた。しかし、神殿での多忙を理由になかなか会えないフレッドへの小さな不安と、結婚式の準備に追われる慌ただしさが、心に影を落とし始める。 海外で外交官の夫ヒューゴと暮らしていた姉カミーユが、久しぶりに実家へ帰省する。再会を喜びつつも、マリアは、どこか寂しい気持ちが心に残っていた。 カミーユとの再会の日、フレッドも伯爵家を訪れる。だが、その態度は、マリアの心に冷たい水を浴びせるような衝撃をもたらした。フレッドはカミーユに対し、まるで夢中になったかのように賛辞を惜しまず、その異常な執着ぶりにマリアは違和感を覚える。ヒューゴも同席しているにもかかわらず、フレッドの態度は度を越していた。 フレッドの言動はエスカレートし、「お姉様みたいに、もっとおしゃれしろよ」とマリアにまで、とげのある言葉を言い放つ。清廉潔白そうに見えた大神官の仮面の下に隠された、権力志向で偽善的な本性が垣間見え、マリアはフレッドへの信頼を揺るがし始める。カミーユとヒューゴもさすがにフレッドを注意するが、彼は反省の色を一切見せない。

偽りの婚姻

迷い人
ファンタジー
ルーペンス国とその南国に位置する国々との長きに渡る戦争が終わりをつげ、終戦協定が結ばれた祝いの席。 終戦の祝賀会の場で『パーシヴァル・フォン・ヘルムート伯爵』は、10年前に結婚して以来1度も会話をしていない妻『シヴィル』を、祝賀会の会場で探していた。 夫が多大な功績をたてた場で、祝わぬ妻などいるはずがない。 パーシヴァルは妻を探す。 妻の実家から受けた援助を返済し、離婚を申し立てるために。 だが、妻と思っていた相手との間に、婚姻の事実はなかった。 婚姻の事実がないのなら、借金を返す相手がいないのなら、自由になればいいという者もいるが、パーシヴァルは妻と思っていた女性シヴィルを探しそして思いを伝えようとしたのだが……

良いものは全部ヒトのもの

猫枕
恋愛
会うたびにミリアム容姿のことを貶しまくる婚約者のクロード。 ある日我慢の限界に達したミリアムはクロードを顔面グーパンして婚約破棄となる。 翌日からは学園でブスゴリラと渾名されるようになる。 一人っ子のミリアムは婿養子を探さなければならない。 『またすぐ別の婚約者候補が現れて、私の顔を見た瞬間にがっかりされるんだろうな』 憂鬱な気分のミリアムに両親は無理に結婚しなくても好きに生きていい、と言う。 自分の望む人生のあり方を模索しはじめるミリアムであったが。

婚約破棄ですか?勿論お受けします。

アズやっこ
恋愛
私は婚約者が嫌い。 そんな婚約者が女性と一緒に待ち合わせ場所に来た。 婚約破棄するとようやく言ってくれたわ! 慰謝料?そんなのいらないわよ。 それより早く婚約破棄しましょう。    ❈ 作者独自の世界観です。

処理中です...