犬猿の仲だと思っていたのに、なぜか幼なじみの公爵令息が世話を焼いてくる

風見ゆうみ

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12 どう鈍いのか

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 ミーグスの発言について言いたいことはあったけれど、勤務中なので、その日は諦めることになった。
 そして週明け、私は席に着くなり、挨拶もそこそこにミーグスに文句を言った。

「ちょっとミーグス! あなた、どうしてわざわざ聞かれてもいないのに、あんなことを言ったのよ!?」
「あんなことって何のこと、?」
「しらばっくれないでよ。先輩から彼氏がいたなんて知らなかったとか言われたんだけど」
「周りにはそう言うって約束だろ? それに彼がそのことを知らなくても別におかしくはない」
「そ、それはそうかもしれないけど、わざわざ聞かれてもいないのに言う必要はあるの?」
「逆に聞くけど、どうして嫌なの?」

 ミーグスに真剣な表情で聞き返されて、返答に困ってしまう。

「別に嫌とか言う問題じゃなくて、わざわざ言う必要もないかと思ったのよ」
「君はあの人のことが好きなわけ?」
「は? どうしてそうなるのよ」
「彼に誤解をされたくないから、そんなことを言うのかと思って」

 ミーグスに言われて真剣に考える。
 私にとって、ベン先輩は常連客でとても良い人というイメージしかない。
 だから、誤解されたくないのかと問われると、そういう訳でもない。

「あの人をそういうような目で見たことはないわ」
「じゃあ、別に言ってもかまわないだろ」
「そ、それはそうかもしれないけど」

 許される嘘なんだろうけれど、罪悪感を感じるのよね。
  でも、私には色々とミーグスに借りを作ってしまっているから、これくらいは我慢しないといけないのかもしれない。

 私が無言になったからか、ミーグスは話題を変えてくる。

「そういえば、フレシアはあれから大人しく帰ったの?」
「ああ、それが大変だったのよね」

 1限目の用意をしながら苦笑する。

「フレシア様ったら、うちの店長が素敵だとか言いはじめたのよ」
「え? 嘘だろ? フェルナンディはどうしたんだよ」
「残念ながら本当なの。まあ、それには一応訳があってね。あの日、私の勤めているカフェに来る前に、フェルナンディの家を見に行ったらしいの」
「そういえば、挨拶に行くだとかなんとか言ってたっけ」
「そうなの。本当はその次の日に挨拶に行くつもりだったらしいんだけど」

 私はそこで言葉を区切り、小さく息を吐いてから話を続ける。

「家を見てビックリしたんですって」
「ビックリした?」
「ええ。あまりにも古ぼけた家だったから、驚いたんですって」
「僕はフェルナンディの家を知らないけど、そんなにひどいの?」
「私にしてみれば一番近付きたくない場所だから、最近は近くに行くこともないけれど、たぶん、ひどいと思うわ。ギャンブルにお金を使っているから、家にかけるお金はないと思うわ」
「人の命を奪うようなことをしておいて、よく平気でギャンブルなんて続けていられるものだな」

 教壇のほうを見ながら、呟くように言ったミーグスに頷く。

「そうね。私の家族の死なんて、あいつらにはどうだっていいのよ」
「そういえば、君の家族を殺した人間は捕まったんだっけ?」
「一応はね。だけど、知らない奴に頼まれたの一点張りで、誰が頼んだかはわからないままよ」
「フェルナンディ子爵という可能性は?」
「指示したのはフェルナンディに金を貸してた奴らだと思うけど、両親に保険金がかかっているのを伝えたのはフェルナンディ子爵だと思う。だから、私にしてみれば、あいつが家族を殺したも同然よ」

 突然、机の上で握りしめていた私の手を、ミーグスが片手で優しく握った。

「……ちょっと何するのよ」
「手が震えてる」
「……え?」

 あの時のことを忘れられるわけがない。
 第1発見者は私だった。
 思い出すと、色々な感情が渦巻く。
 だから、自分の手が震えていることになんて気が付いていなかった。
 それが恐怖からくるものなのか、怒りからくるものなのか、悲しみからくるものなのか、今の私には判断できなかった。

「思い出させてごめん」
「ミーグスが謝る必要ないわよ。あと、ありがとう」

 もう大丈夫、と言わんばかりに微笑むと、ミーグスは重ねていた手を静かに離した。

 ミーグスの手は私よりも大きかった。
 男性の手って、そんなものなのかしら。

 そんな風に思ってから、すぐにそんな気持ちを振り払って、次の授業の準備を続けていると、ミーグスがまた話しかけてくる。

「お願いがあるんだけど」
「どうしたの?」
「来週の土曜日の晩、僕に付き合ってくれない?」
「どうかしたの?」
「辺境伯家でパーティーが開かれるんだよ」
「そうなのね」
「フレシアと出席する予定だったんだけど無理になったから、君が代わりに出てくれないか。フェルナンディもフレシアを連れて来るみたいだから」

 そんな話を聞くと、行くことが嫌になる。
 もしかして、この話をしに、先日はカフェに来てくれたのかしら。

「なんで嫌いな相手が来るってわかってるのに行かないといけないの」
「フェルナンディに後悔させてやろうと思って」
「どういうこと?」
「僕が本当に欲しかったものを簡単に捨てたことを後悔させてやりたいんだよ」
「……よくわからないけれど、ホーリルに後悔させてやるというのは良いわね!」

 頷くと、ミーグスが呆れた顔で私を見てきたので眉根を寄せて尋ねる。

「何よ? 何か言いたそうね。何が言いたいのよ」
「君、鈍いよね、本当に」
「鈍臭くて悪かったわね!」
「そっちの鈍いじゃないんだけどな」
「じゃあ、どういう鈍さなのよ」

 尋ねたけれどミーグスは、目を伏せて大きく息を吐いただけで答えを教えてはくれなかった。
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