『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

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『第四話・4:呪いのビキニと未来黒歴史バラード』

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数分後。
石板の上には、呪いのビキニだけがポツンと残されていた。

リリアは毛布を頭までかぶり、全身真っ赤になって膝を抱えている。
石板の冷たさがまだ肌に残っていて、ぞくぞく震えるのに、耳から首まで熱で火照りきっていた。
声を出せば裏返るのがわかって、余計に口をつぐんでしまう。

「……し、死ぬかと思った……」

「でも、大丈夫。呪いはもう完全に抜けてるわ」
セラフィーは穏やかに微笑む。
その視線が、妙に意味ありげにリリアを上から下まで舐めるように走った。

「それに……あなた、思った以上に“敏感”だったし♡」

セラフィーはわざとらしく唇に指を当て、くすくすと笑った。
その笑みは“救済の聖女”ではなく、“抜け目ない骨董商”の顔でしかなかった。

「えぇええええ!? ど、どこ見て言ってんですかぁぁぁ!」

「それじゃあ、さっそく“例の封印の件”、お願いね?」

「えっ……あ、はい……」

「私は今、非戦闘職だから同行はできないけれど──
“遠隔お祈り支援”とか、“祈りの既読返信”くらいはできるから、安心して」

「いや、それ全然安心できる要素ないですからぁぁ……!」

リリアはちらっとワン太を見やった。
(また……変な目にあう気しかしない……)

しかし、ワン太は無言のまま再び完全停止中。
颯太の魂が、感応しすぎて意識のほうまでショートしているなんて、リリアは知る由もなかった。

静けさだけが残り、リリアはようやく深く息をつく。
冷えた石板の気配が遠のいていく頃──彼女はそっと立ち上がった。

扉の向こうから差し込む夕映えが、薄く床を染めている。
その光は、さっきまでの儀式の残り香をやさしく包み、祈りの影を延ばしていた。
リリアは、その光に導かれるように、一歩を踏み出した。

──その日の夕方。
ちゃんとした服を着直したリリアが出口に向かう途中、視界の端に“展示棚”が目に入った。

そこには、ガラスケースに入った呪いのビキニ。
タグには「神聖なる供物・清め済」と書かれ、その横に──まさかのプライスタグ「五万ゴールド」。

「えっ!?何これ!?」

あまりの現実味に、思わず声が裏返った。
供物というより、完全に“展示即売会”のノリだ。

セラフィーは隣で、涼しい顔で「コレクションよ」と微笑む。
その横顔は、祈りを捧げる聖女ではなく、骨董市で値を釣り上げるしたたかな商人のそれだった。

(おい待て、これ奉納じゃなくて“教会のエロ衣装コレクション”だろ!?)
(しかも値札つきって、履歴書つき下着かよ! セラフィー、100%確信犯だな!?)

(てかこのままいくと、未来の歴史書に“勇者=羞恥の守護者”とか脚注入れられるだろ!?
授業で朗読されて「ぷっ」て笑われる俺の気持ちも考えろぉぉ!!)

顔から火が出そうなまま、リリアはうずくまったまま現実逃避していた。
空気が落ち着いてくると、ようやく重い腰を上げる。
胸の奥で、まだほんのりと羞恥が燻っている。
それでも──立ち止まってはいられない。
このあとに控えている“封印の件”を思い出し、ため息がひとつこぼれた。

窓の外には、もう夕陽の色が混じっていた。
恥と疲労の残る胸を押さえながら、リリアはゆっくりと出口へ歩き出す。

次なる目的地──「忘れられた祈りのダンジョン」。

「……もうほんとに、行きたくない……」
「……でも、行くしかないんだよね……っ!」

「安心して。遠隔で“祈りの既読”くらいは送ってあげるから」

セラフィーは、懐から小さな祈祷珠を取り出して見せた。
淡い光がぽっと灯り、表面に小さな印が浮かぶ。
祈りと通知音が同時に鳴り、神とスマホの境界が一瞬で崩れた。

「ほら、ちゃんと“既読マーク(祝福済)”がついたわ」
セラフィーはそう言って、ついでのようにリリアの耳元に小さなチャームをそっと掛けた。

チャームがわずかに鳴り、鈴の音のような響きが、空気をひとひら震わせた。

「はい、これも。加護のイヤーチャーム。通信祈祷もできるわよ」

(……通信って言っちゃった!? しかも今、Bluetoothみたいなノリだったぞ!)

セラフィーは涼しい顔で微笑み、祈祷珠を軽く振る。
その瞬間、チャームが“ピッ”と小さく光って同期音らしきものを立てた。

「リンク完了。あなた、これで正式に祝福済み」
「……な、なにその軽いノリ!? 儀式のありがたみ全部ぶっ壊れてますからぁぁ!!」

(……次に歴史に残るなら、“勇者=LINE既読で支援された”とかになる未来が見える……!
俺の黒歴史、まだまだ加速するのかよ……!!)

(……てか誰か、俺に“魂ログアウトボタン”つけてくれ……マジで……)

虚無のような静けさが、数秒だけ世界を包んだ。
その沈黙の奥で、時は静かに流れていった。

⸻やがて、千年の時が過ぎた。

この物語は、遠い時代の吟遊詩人によって語り継がれていた。
彼は「ぬいぐるみは女神の胸に抱かれて歓喜のあまり気絶した」と朗々と歌い上げ、
観衆は涙ながらに喝采していた。

さらに時は流れ──学園のカラオケ大会。
学生たちはノリノリでこう叫ぶ。

「次、“黒歴史バラード~水着の聖女編~”いきまーす!」

イントロが流れ、スクリーンには古写本の挿絵。
そこに映るのは、羞恥に赤面したリリアと胸に埋まるワン太。

歌詞字幕には《ひゃああ♡(転調)》や《やめてぇ♡(ビブラート)》、
そして《うそでしょ!?(サビ)》が律儀にルビ付きで流れ、
採点バーの横では“羞恥MAXゾーン”が心電図みたいに跳ねていた。

学生A「先生ェ!全国採点で一位狙えるぞ!」
学生B「やった、“#羞恥の守護者推し”って名前で登録した!」

採点結果──

採点結果:98点。
羞恥度はMAX、気絶のタイミングも完璧。
……黒歴史の再現率?まさかの100%だった。

(ふざけんなぁぁぁぁ!! 俺の黒歴史が全国ランキング制覇とかマジやめろおおお!!!)
(……誰か、“黒歴史削除呪文”覚えてる人いませんかぁぁ……!!)

──そして未来の歴史に残ったのは、勇者ではなく。
「羞恥こそが、最も人を救う祈りである」という、わけのわからない一文だけだった。

 (……ほんと勘弁してくれ。でも、あの光だけは──少し、きれいだったかもな。)
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