『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

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『第五話・1:忘れられた祈りのダンジョン』

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東の村はずれ。
苔に覆われた石階段を、ひと段ひと段、軋むように登り切った先に──それはあった。

崩れかけた祈祷の碑、首の折れた天使像。
その足元では、黒い水たまりのような瘴気がゆっくりと渦を巻き、ぼんやりとした紫光が水面に揺れている。
近づくたび、空気が重く、肌にねっとり張りついてくる。耳も詰まる。胸の奥がズシリと冷えて──なんか全部まとめて体に入り込んでくる感じだった。
風は吹いていないのに、髪の先だけがぞわっと逆立った。

「……ここ、だよね」

リリアは足を止め、浅く息をつく。
胸の奥に冷たい重しを乗せられたみたいに、足が自然と地面に貼りつく。

(……これ、“呪われてます”って自己紹介してるよね……)

リリアは小さく震えながら、それでも目を逸らさずに前を見据えた。

ワン太が、心の中で低く唸る。
(おいリリア……この空気、完全に“ホラーのOP映像”だぞ……!)

だが、リリアはゆっくりと足を踏み出した。
怯えを押し殺すその背中は、小さくても確かな意志の色を帯びている。

「……行こう」

少女とぬいぐるみ。
ふたりの影が、じわりと闇の中に溶けていった。

一歩を踏み出した瞬間、背中を鋭い爪でなぞられたみたいな感覚が走る。
冷気が首筋をぞわっと走って、耳の奥が変に詰まった。吸い込んだ空気まで、やけに冷たく感じる。

(……これはただの寒気じゃねぇ。“何か”が目を覚ます前触れだ)

ダンジョン内部は、かつての祈りの残り香に包まれていた。
天井から垂れ下がるぼろぼろの祈祷布、足元に散らばる崩れた祝福文字。
壁には黒く焦げた手形が無数に刻まれ、それが祈りの跡なのか、絶望の爪痕なのか判別できない。
焦げ跡からはまだ燻んだ匂いが漂い、鼻を刺し、喉の奥をむりやり締めつけてきた。

遠くで、水滴が岩を打つ音がひとつ、またひとつ。
……ふいに、音の質が変わった。
水音じゃない。石を舐めるような、濡れた唇の音。
耳からじゃなく、骨の奥、血の流れの中に直接入り込んでくる。
自分の体液が勝手に祈りを代弁してるみたいに。

外の喧騒は完全に消え、
代わりに胸の奥に直接沈んでくる“水底の囁き”が聞こえてくる。

(やめろやめろやめろ!俺の心臓ポストに怪文書投函すんなぁぁ!!)
(差出人不明・開封厳禁なやつだぞこれ!しかも料金後納って書いてあるタイプ!!)

石床には灼けた法衣の残り香が絡みつき、
踏むたびに湿った音が狭い空間にじわりと広がる。
足元の石の目地からは、冷えた風が這い出してきて、足首を舐めるような風が這い上がった。

光はほとんどなく、天井の割れ目から差し込む細い光だけが、足元の一部を白く浮かび上がらせている。
その光が途切れる先は、まるで夜に沈む深海の底だった。

「……暗い……」

(そりゃそうだろ……たいまつとかランタンとか、そういうRPG的便利アイテムはどこいったんだよ……)

やがて、通路の奥に揺らめく光が見えた。
最初は誰かが落としたランタンの残光のように思えた。
しかし近づくにつれ──それが光を帯びた“鎧の残骸”だと分かる。

ガシャ……ギギ……。

錆びた鎧が、不自然な関節の動きで立ち上がった。
膝を折る角度は人に似ているのに、重心のかけ方が逆。
人間の「動き方」を後から無理に真似したみたいで、見てるだけでズレが気持ち悪い。
その瞬間、空気が“ひび割れた”感覚が走った。
寒いとかじゃなく、時間そのものが歪んだみたいな不快感が背骨を抜けた。

奥底から、かすかな祈りの声が浮かび上がる。

『……まだ……祈りは……届かぬ……』
『……守れ……聖域を……最後の……ひと欠片を……』
『……誓約は……まだ……果たされていない……』
『……名を呼ぶ声が……仲間の声が……まだ……沈黙の底にある……』

その一言ごとに、床石の隙間から冷たい水が滲み出す。
言葉が音じゃなく液体として漏れているみたいで、足首をじわりと濡らしていった。

それは喜びでも怒りでもなく──押し殺した後悔の響き。
倒れた仲間の名を、まだ抱きしめたまま手放せずにいるような声。

リリアの背筋がぞわりと震える。
その刹那、鎧の頭部が“カクッ”とこちらを向き──
口のない兜から、乾いた“笑い声”が漏れた。

『……ハ、ハハ……ま、だ……おわらぬ……』

それは笑いというより、錆びついた蝶番が悲鳴をあげてるみたいな音だった。

「ひぃぃぃ!? 絶対いま笑った!ホラー映画で一番やっちゃいけないタイプのやつだよ!!」

(落ち着けリリア!俺がついてる!……いや嘘、俺もめっちゃ怖ぇ!!)
(今からでも作者に抗議して帰ろうぜ!!)
(あとタイトル変えろ!!“忘れられた祈りのダンジョン”とか、絶対「死にます」って自己申告してる系じゃん!!)

リリアの声が、冷たい石壁にこだまし、やがて闇に溶けていった。

「ごめんワン太、私もう帰っていい!?」

──“忘れられた祈りのダンジョン”。
その最初の一歩は、恐怖とツッコミで彩られて幕を開けた。

だがこのとき、リリアもワン太も知らなかった。
奥に眠るのは「祈り」じゃない。
……祈りを食う。願いを噛み潰す。笑いに変える影。

それは神に最も近く、同時に一番遠いもの。
救済を求めた者ほど深く食われ、最後には──“祈りそのもの”が喰い尽くされるということだった。
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