『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

文字の大きさ
57 / 161

『第十話・7 : 記録再起動──女神リリア、降臨』

しおりを挟む
リリアの輪郭は薄れ、腕も髪も、まるで水面に落とした墨が静かに溶けていくように広間へ滲み始めていた。
声に触れた部分から、“存在の定義”が剥ぎ取られていく。
空気が、彼女の消失を受け入れるように沈黙した。
崩れ落ちた身体の中で、かろうじて動く唇から、消え入りそうな吐息だけが漏れた。

「……わ、たし……は……」

──沈黙。

アドラは嗤うことなく、ただ冷たく告げた。

《“器”は不要。
 かつての勇者を呼べ──“最強”と謳われた、あのリリアを。
 我、かの者を抹消し、正史を作り直す!》

その宣告に呼応するように、ワン太の入ったショルダーバッグがわずかに震えた。

次の瞬間、ぬいぐるみが自らの意思で転げ出すように、床を這い出てきた。
布に覆われた小さな手足が、必死に石床を掻く。
その動きは決して格好良くはなかった。
だがそこには、“守りたい”という、ワン太──颯太のたった一つの意志が宿っていた。

「……ワン太……?」
視線が揺れた一瞬、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
涙が零れ、震える声が漏れる。

「……助けて……」

そのとき、リリアは完全に落ちた。

──同時に、ぬいぐるみの縫い目から蒼い光が漏れ出す。
それは殻を破るように全身へ広がり、布の身体の内側から脈動が走った。
細い糸となった光は、確かな熱を帯びてリリアの胸へ流れ込み──彼女の存在を、そっと縫い留めた。

(……リリア! まだだ、消えるな!
 今度は、俺が戦う!)

その瞬間、空気が震えた。
世界の奥で、何かが再起動するような低い唸りが響く。
それは祈りでも叫びでもなく──ひとつの“命令”だった。

《起動コード確認──アクセスコード:SoL–R1L1A》
《記憶同期プロトコル解除。人格オーバーライド開始》
《“LILIA=SOUTA=WANTA”ユニット、再起動を受理》

電子音のような響きが、広間の空気を震わせる。
記録柱が一斉に点滅し、結晶の回路がうなりを上げる。

颯太の意識が、ワン太という殻から引き抜かれる。
足元が消え、光の粒子へと分解されながら、少女の体内へ吸い込まれていく。
脈動が二つ、重なり──やがてひとつになった。

光が爆ぜた。
蒼白い閃光が天蓋を貫き、封印の紋章を塗り替える。
そして、その瞳がゆっくりと開く。
女神の威容を宿した瞳に、しかし底には颯太の意志が確かに燃えていた。
リリアの唇が震え、まるで彼女自身の声ではない誰かに操られるように──
颯太の言葉が紡がれた。

「──やれやれ。目覚めが悪いわね」

髪が宙に散り、ひと房ごとに蒼金の火花が走る。
その横顔はリリアでありながら、瞳の奥に颯太の反骨の笑みが閃いていた。

澄んだ声。
しなやかな微笑。
そこに宿るのは、女神のような威容と、少年のように飄々とした影。
二つの魂が一体化し、完全なるリリアが目を覚ました。

そして──次の瞬間、世界が鳴った。

──ズン……!

空気が沈み込むような音とともに、リリアの足元に、金と蒼の複合魔法陣が展開される。
幾何学模様は幾重にも重なり合い、天井の封印すら塗り替えるように回転し、広間の次元そのものを上書きしていく。

石床の亀裂からは、花のように光の芽が咲き出す。
天井に刻まれた封印紋は砕け、古代語の祈りが“歌”となって降り注ぐ。
空間そのものが彼女を讃える讃美歌を奏でていた。
その中心に立つ少女は、もはや“人”ではなかった。

蒼光と金光が渦を巻き、広間を支配する。
その圧に、影の使徒アドラは本能的に数歩、後ずさった。
黒い輪郭がぶるぶると震え、滴る闇が床に吸い込まれ、恐怖という“感情”が、黒に混ざり合う。
そのざらついた瞬きは、“神の使徒”ですら怯えている証だった。

今、世界が、ひとりの少女に跪こうとしていた。
その瞬間、世界の秩序は、微笑とともに書き換えられた。

広間全体が張りつめた弦のように、音も呼吸も許さぬ緊張で満たされていた。

「ふふ……忘れてたわけじゃないでしょ?」

リリアの髪がふわりと舞う。
その指先は、女神のように、優雅で、正確だった。

「魂は“999”で縫われてる。……なら、続きを紡いで──」

魔法陣が回転し、低く唸るような振動音とともに、熱と光が爆ぜる。
耳の奥で脈打つような低音が響き、空間全体がその鼓動に呼応して震える。

「展開コード──《セレス=オリジン》。領域転写、完了」

ぶわ、と空間が揺れた。
風が逆巻き、広間全体が“別の次元”に変貌していく。

そして、リリアの身体全体から──膨大な魔力が、噴き出した。

大気を蒼白に染める威圧と純粋な“力”のオーラ。
光ではない。炎でもない。だが、耳鳴りのような高音と、地鳴りめいた低音が同時に空間を満たし、重力すらねじ伏せる“絶対領域”が発生する。

蒼と金の光が重なり、天井の紋様が“聖句”のように歌い出す。

まるでこの世界そのものが祈りを捧げるかのように、次元が彼女の覚醒を讃えて震えていた。

「……これで再起動は終わり。──次は、あなたを終わらせる番よ、アドラ。」

リリアは、口元をわずかに吊り上げた。

「……目覚めは最悪。でも──あなたを砕くには、ちょうどいい」

リリアは、静かに息を吸い込んだ。
魔法陣の回路が共鳴し、封印構造が激しく反転する。
耳を裂く衝撃音が弾け、光の奔流が空間を断ち割った。

──そして、“戦い”が始まった。

空間全体が悲鳴を上げるように震え、
石壁に刻まれた古代紋様が軋みを返す。
それはまるで、この世界そのものが神の戦場として目を覚ましたかのようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

異世界では地味な俺が、なぜか神々に最愛されて無双してる件

fuwamofu
ファンタジー
平凡な高校生・桐生ユウは、女神の手違いで異世界に転生した。 チートもスキルも貰えず、冒険者登録すらままならない落ちこぼれ……のはずだった。 しかし周囲の異常な好感度、意味不明な強運、そして隠された神格スキルによって、ユウは「無自覚に全能」な存在へと覚醒していく。 気づけば女神も姫騎士も魔王娘も彼に夢中。誤解と崇拝が加速する中、ユウの“地味な日常”は世界を揺るがす伝説になっていく。 笑いあり、胸キュンあり、ざまぁありの最強(なのに本人だけ気づいてない)異世界ファンタジー開幕!

勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

無自覚に世界最強だった俺、追放後にチートがバレて全員ざまぁされる件

fuwamofu
ファンタジー
冒険者団から「役立たず」と追放された青年リオ。 実は彼のスキル《創造》は、世界の理を作り替える最強の能力だった。 追放後、孤独な旅に出るリオは、自身の無自覚な力で人々を救い、国を救い、やがて世界の中心に立つ。 そんな彼の元には、かつて彼を見下していた美少女たちが次々と跪いていく──。 これは、無自覚に世界を変えてしまう青年の、ざまぁと覇道の物語。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

処理中です...