『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

文字の大きさ
56 / 161

『第十話・6:存在を裂く声、泣き叫ぶ影』

しおりを挟む
空気を裂く甲高い音が広間に突き刺さり、温度が急激に下がった。
吐く息は白く凍り付き、肌に針を刺すような冷たさが骨の奥まで侵食していく。

神の使徒――アドラは形を持たぬまま、螺旋を描いて膨れあがっていった。
次の瞬間、まるで自分の姿を思い出せない夢の中の怪物みたいに、幾重にも折れ曲がった触手や脚を作っては崩し、また別の影を生み出す。
そのたび、濁った呻き声みたいな音が広間を震わせ、空間そのものがぐにゃっと波打った。

結晶の蒼い光が、まるで怯えるみたいに脈を早める。  
影の中心からは、押し潰すような圧力と、耳の奥を直接叩く低い唸り声が放たれていた。  

冷たい気配が肌を切り裂き──静寂。  
音が死に、世界が“呼吸”を忘れた。  
空気の密度だけが、刃のように張り詰めている。  

リリアは息を呑み、一歩、後ずさる。  
心臓が痛いほど脈打ち、視界の端がわずかに暗くなった。

(……これ、来る……!)

──爆ぜた。

破裂音と同時に、黒影の輪郭が歪み、異様な速さで空間を裂く。  
光が後方に置き去りにされ、闇だけが前へ突き進む。
視界が引きちぎられるように揺れ、周囲の光景が一瞬で置き去りになる。  

圧縮された冷気が衝撃波となって押し寄せ、肺の奥の空気までも凍りついた。  
耳が詰まり、金属を削るような甲高い悲鳴が鼓膜を貫く。  

影は、形の定まらぬ四肢をしならせ、獲物を狩る猛獣のしなやかさで迫る。  
その動きには“重さ”という概念がなかった。質量を拒む速さ──まるで空間の法則そのものが獣に喰われていくようだった。
床石を掠めるたび、石片が粉雪みたいに散って──いや、粉雪なんて綺麗なもんじゃない、全部破片だ。  

髪の毛の数本が宙を舞う。  
頬を掠めただけで熱い血が滲み、匂いが空気を赤に染めた。

「くっ──!」
リリアは反射的に右腕を振り、魔力障壁を展開する。  

「──《シールド・ブルーム》!」
淡い蒼光の盾が瞬時に形成され、迫る影を受け止めた──かに見えた。

衝突音が広間を揺らす。  
だがアドラは盾の表面を滑るように形を変え、真横から喰らいつこうと回り込む。  

(速い!)  
(リリア、下がれ──ッ!!)  

──ワン太の中で、颯太の声が弾けた。

リリアは反射的に膝を落とし、床を蹴る。  
直後、影の突き抜けた軌跡が、さっきまでの位置を裂き、石床に深い亀裂を刻んだ。  

破片が舞い上がるたび、リリアの瞳に火花みたいに映り込み、恐怖と覚悟の両方を焚きつける。  

黒い霧のような残滓が広がり、空気がさらに重く冷たくなる。  
アドラは形を再び失い、低い唸り声を響かせながら、次の一撃のために収束し始めた。

その中心から、やがて、ひとつの“声”が響いた。

《──名を騙るは、罪だ》

空気が震えた。

《お前ではない。“リリア”とは、お前のことではない》

声は凍りついた鐘の音のように広間を貫き、同時に土中から響く地鳴りのように胸郭を震わせる。
ただの音じゃない。存在そのものを否定する宣告。

リリアのこめかみがずきりと裂け、耳の奥から熱い血が一滴、流れ落ちた。
見ているだけで、存在の芯が削られる──そんな“視覚する呪い”だった。

リリアの心臓が、ひとつ跳ねた。

少女の肩には、小さなショルダーバッグ。
“それ”に気づいているかのように、黒い存在の視線が、ちらりとワン太の方へ流れた。

「……え?」

次の瞬間。
その“何か”が、光を引き裂く速度で迫った。

──カチリ。広間に、金属質の声が割り込む。
《レーヴァテイン・ゼロ ……起動》
《対存在障害コード:……XENO–TYPE?》
《防御展開──《盾・極式》》

少女の身体を守るように、光の膜が瞬時に弾ける。
六角形の結界構造が重なり合い、“正面”の衝撃を受け止めた──はずだった。

だが、“それ”は貫いた。
完全防御を謳う超古代遺産のシールドごと、空間そのものを裂いて──

──ズドオオオオンッ!!!

「──っ……! あっ……!」

時間が、止まったようだった。  
衝撃も、痛みも、なかった。  
けれど、身体は吹き飛び、石床に叩きつけられる。

(リリア──ッ!!!)

ワン太の心の叫びが、胸骨を内側から砕くように轟いた。  
裂ける。魂が。  
声にならない悲鳴が、布の身体の奥で炎のように暴れ出す。  
少女の身体は、ぴくりとも動かなくなっていた。

次の瞬間──彼女の左腕が“透けた”。  
皮膚も血もなく、光の粒となって剥がれ、宙へと散った。

(嘘だろ……今の、一撃で……!?)  
(おい……リリア、お前……!)

ワン太の中で、颯太の魂が揺れた。

(……やめろ……! この子を削るくらいなら、俺を喰えッ!!)  
布に詰まった手が、ちぎれるほど震える。  
綿しかない体で、どうして掴める……?  
それでも──心臓の奥から、叫びは勝手にあふれ出した。

リリアの輪郭が揺らぎ、足元から淡く影に溶け始める。  
声に触れた部分が、現実から薄れていく。  

──まるで、“存在そのもの”が神に触れられ、静かに削ぎ落とされていくかのように。

「……っ……あ……」
リリアの唇から、かすかな息が零れた。
その音は涙よりも脆く、触れた途端に砕けてしまいそうだった。
光が彼女の髪をなぞり、肌を透かし、指先を奪っていく。

ワン太の奥で、颯太の魂が必死に抗う。
(やめろ……消えるな! そいつに“お前の存在”を渡すな!)

だが、少女の視界はすでに白くかすみ、最後に浮かんだのは“終わり”の影ではなく、微かな笑みの残像だけだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

S級クラフトスキルを盗られた上にパーティから追放されたけど、実はスキルがなくても生産力最強なので追放仲間の美少女たちと工房やります

内田ヨシキ
ファンタジー
[第5回ドラゴンノベルス小説コンテスト 最終選考作品] 冒険者シオンは、なんでも作れる【クラフト】スキルを奪われた上に、S級パーティから追放された。しかしシオンには【クラフト】のために培った知識や技術がまだ残されていた! 物作りを通して、新たな仲間を得た彼は、世界初の技術の開発へ着手していく。 職人ギルドから追放された美少女ソフィア。 逃亡中の魔法使いノエル。 騎士職を剥奪された没落貴族のアリシア。 彼女らもまた、一度は奪われ、失ったものを、物作りを通して取り戻していく。 カクヨムにて完結済み。 ( https://kakuyomu.jp/works/16817330656544103806 )

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活

仙道
ファンタジー
リメイク先:「視線が合っただけで美少女が俺に溺れる。異世界で最強のハーレムを作って楽に暮らす」  ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。  彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

処理中です...