『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

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『第十三話・2 : 蝋燭の灯に、旅立ちのスープを

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鐘の音が街に溶け、やがて夜がそっと降りてきた。
灯りの増えた石畳の路地を抜けると、小さな看板の下で、木造の扉が柔らかい光に照らされていた。

「ここよ」
セラフィーが立ち止まり、指先で扉を押し開ける。

中は広くない。
壁には乾いたハーブが吊るされ、素朴な木のテーブルがいくつか並んでいる。
窓際のランプがゆるやかに揺れ、店主らしき老人が静かに頷くだけで迎えてくれた。
賑わう酒場とは違い、ここはまるで──時間がゆっくりと溶ける避難所のようだった。

二人は奥の席に並んで腰を下ろす。
卓上の蝋燭が揺れ、その小さな炎が、互いの横顔を淡く撫でていく。

「……こんな落ち着いた店、知ってたんだね」
リリアが少し照れたように言うと、セラフィーは肩をすくめた。

「昔から、出立の前はここで食べてたの。……勝率が上がる気がして」

「ジンクスなんだ」

「ええ。でも、あなたと来るのは初めて」

(……おいおい、それって完全に“特別扱い”じゃん。ていうか雰囲気、どう見てもデートだろこれ!)

運ばれてきたのは、温かなスープと黒パン、香草で煮込まれた肉料理。
陶器の器から立ちのぼる湯気に、ハーブの香りが溶けて空気を満たす。
肉が煮汁の中でほろりと崩れ、パンにしみる音が、まるで“心をほどく”ように静かだった。

リリアはスプーンを手に取り、一口すくう。
舌に広がる塩気と甘み──思わず目を細めて、小さく吐息をこぼした。

「……こういう時間があると、ちゃんと“現実”なんだなって思う」

「どういう意味?」

「旅とか、魔王とか、封印とか……大げさなことばかり考えてても。
こうして一緒にごはん食べてるだけで、不思議と安心できるんだ。」

セラフィーは驚いたように瞬きをしたあと、
ゆっくりとグラスの水を揺らし、その表面に蝋燭の光を滲ませた。

「……そう。なら、ここに連れてきてよかった」

(ちょ、待て待て待て……その返しは破壊力ありすぎ! 完全に告白の流れだろこれ……!)

短い沈黙が落ちた。
蝋燭の炎が揺れ、その明滅のあいだだけ、互いの表情が幼さを帯びて見えた。

リリアはパンをちぎりながら、少し冗談めかして呟く。
「でも……もし、わたしが代金払わずに逃げたら、どうする?」

セラフィーは間髪入れず、無表情のまま答えた。
「その場で斬るわ」

(うわ、真顔で即答……! 冗談返しのつもりだったのに……ってか俺、なんで食い逃げネタなんか振った!?)

慌ててスープをすする。
けれど熱さで舌を火傷し、思わず小さくむせた。

セラフィーが、わずかに目を細める。
蝋燭の炎がその瞳に映り、いたずらっぽい光が一瞬だけ宿った。
「……ほんと、変わらないわね」

(……やっぱり、“優しさ”の言い方が反則だって……!)

ふっと笑うセラフィーの横顔に、リリアは少しだけ息を呑んだ。
炎の明滅に溶けたその笑みは、冗談の続きに見せかけて──どこか、遠い優しさの色をしていた。

(……っぶな! フォローされた感あるけど、これ完全に“気まずいのを笑って流された”やつだよな!? ほんと、俺なにやってんだよ……)

彼女はグラスを置き、視線を宙に泳がせながら、ぽつりとこぼした。
「こうして座ってると……昔、一緒に修行した夜を思い出すわ」

「……あのときも、パンとスープだったね」

「うん。でも、今のほうが──ずっと美味しい」

その声には、料理の味だけではない、淡い感情が滲んでいた。

蝋燭の炎がゆらめき、光が二人の影をゆっくりと重ねていく。
失敗した会話も、くだらない冗談も、なぜか心の奥でほどけずに残っていた。
それはきっと、この夜がただの“食事”じゃなく──
“明日へ繋がる、小さな約束のような時間”だったから。

やがて店主が静かに木の皿を運んできた。
そこにあったのは、素朴な焼き色を纏ったチーズケーキ。
切り分けられた断面から滲む蜂蜜が、蝋燭の光を受けて小さな星のように輝いていた。

リリアは息を呑む。
(……やば。魔王討伐前夜にチーズケーキって……ギャップがえげつない)

一口。
やわらかな酸味と甘さが舌の奥でとろけ、胸の奥まで静かに染みていく。
その瞬間、世界のざわめきが遠のいた。

「……ほんとに、美味しいね」
リリアの声は、夢の終わりを惜しむように小さかった。
セラフィーは微笑み、静かに頷く。
「この街のチーズケーキは、ね。……昔からの名物なの」

(……こんな時間、もっと欲しい。戦いなんか忘れて、ただ並んでチーズケーキ食べてたい──)

胸の奥で、甘さと切なさが静かに溶け合う。
蝋燭の炎が最後に揺れたとき──
二人の影は、そっとひとつに重なっていた。
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