『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

文字の大きさ
71 / 161

『第十三話・1:旅立ちの鐘、シュークリームの街で。』

しおりを挟む
──その街は、夢と現のあいだでふらついていた。

灯りはまだ本気を出さず、空は藍とも茜ともつかない色で足踏みしている。
屋台の火が風でちろりと揺れ、甘い匂いが石畳をゆっくり渡ってくる。飴細工の屋台の前で子どもがはしゃぎ、樽を押す行商が声を張る。

どこかの路地では油の弾ける音──たぶん砂糖菓子。シナモン……いや、ちょっと焦げた砂糖の匂いかもしれない匂いが鼻先にまとわりついた。窓の隙間から小さな弦の音が漏れ、聞き慣れない言葉が波みたいに寄せては返す。

影なんて最初から存在しない、みたいな顔をした穏やかさだ。
けれど向かう先は“魔王の領域”。この安らぎは、逆に現実との落差をくっきりさせる。

リリアはその景色に紛れ込むみたいに歩いた。
肩のリュックは旅の形に馴染み、腰のポーチは角が少し擦れている。装備の重みはもう日常の重みだ。ただ、足の奥に、砂粒みたいな迷いがひとつ転がっていた。

(……変わったな、この街)
角を曲がるたび見慣れない建物が増えた。それでも古いアーチや薬草屋の手描き看板は昔のままで、そこだけ胸を突く。変わるものと残るものが同じ空気を吸っている。優しいけど、少し残酷だ。

(あの頃はさ、“画面越し”でスイーツ屋のメニュー眺めて、ログアウトしたら結局コンビニのプリンで済ませてたんだよな)
(朝に起きる理由もなくて、時間だけが腐っていくのを見てた。──あれが“生きてる”って言えるのか、今でもわからない)
(今はちゃんと砂糖の匂いを吸って歩いてる。──それだけで、もう別の人生だ)

風が、昔の記憶を撫でていった。けれど、その手触りはもう他人のものだった。

──そのとき。

「そろそろ……準備は揃ったかしら」

振り返ると、赤いマント、銀の髪を高く結い上げたセラフィーが夕風の中に立っていた。絵になりすぎる立ち姿で、周囲の景色まで従えて見える。

「保存食に、回復結晶。魔除けの札も……地図は新しくしたほうがいいわね」
「なんか修学旅行前夜みたいだね」
「当然よ。相手は“カルマ=ヴァナス”。世界律すら撹乱する存在なんだから」

夕風が吹き抜け、地図の端がぱらりとめくれた。
その一瞬の静けさの中で、リリアの胸に言葉が浮かぶ。

(……魔王を倒しに行く)
(あの頃の俺が、こんな場所に立つなんて──想像もしなかった)

(あの頃は、昼夜が逆転して、カーテンも開けずにモニターの光だけ見てた。
 世界なんて、もう触れる資格がないと思ってた。)

 (でも今は違う。風の匂いも、砂の冷たさも、全部“生きてる”感触だ。)

セラフィーの口元がほんの少しだけ緩む。微笑みというより、長く並んだ肩同士の合図。

夕風がふたりの間を抜け、銀髪の先がわずかに揺れた。
その静けさの中で、セラフィーがふと笑う。

「忘れないわ。“無敵のリリア”の背中。私、ずっと追いかけてたから」

リリアは教会前の階段に腰を下ろす。セラフィーもためらいなく隣へ。
古い鐘の影がふたりを包み、風の音が一枚向こうに下がった。

「……ちゃんと戻って来てくれて、嬉しいわ。リリア」
「うん。わたしも……ちょっと、ちゃんと聞いときたいことがあって」

言葉が風に溶ける。
セラフィーは一度、視線を空へ逸らした。
夕光が銀髪を縁取る。わずかに沈黙が流れて──そのあとで、彼女が小さく笑う。

「……やっぱり、あなたは変わったわね」
声色は穏やかで、奥に探る気配が混じる。

そして彼女は風の向こうを見つめるように、言葉を選びながら話し始めた。

「魔王カルマ=ヴァナスの本拠地は“神の忘却領”。そこへ至るには──七つの結界を破らなきゃいけない」

「七つ……」

「ひとつでも残っていれば、城門は開かない。結界ごとに守護者が立っているわ」

リリアは小さく息を呑む。

「……結界って、どこに?」

「最初はこの街から北。“ラグネル”って交易の街を越えて、さらに北の砦。
そこを守るのが──ガルヴェイン。《灰鎧の将》」

セラフィーの声が、わずかに沈んだ。

「彼は人間だったころ、百の軍勢を率いた英雄。
強くて、誇り高くて……最後に声を聞いたのは、戦場だった。
凛としてて、眩しかった。だから今の姿が、余計に痛いの」

リリアは顔を上げる。

「……人間だった?」

セラフィーはゆっくり頷き、遠くへ視線を滑らせた。
口元がわずかに震え、沈黙がひとつ落ちる。
懐かしさと痛みが、同じ色でその瞳に宿っていた。

少し間をおいて、リリアは低く呟く。

「……じゃあ、その砦を落として、封印を壊すしかないね」

セラフィーはかすかに笑った。
けれどその笑みに、苦みが混じる。

「言うのは簡単。でも、あの砦はただの要塞じゃない。
近づく者の“大切な記憶”を奪う霧に包まれてるの。
守るためなのか、忘れさせるためなのか……もう誰にも分からない」

その声は、夕暮れの鐘の音みたいに胸の奥で鳴り、静かに消えていった。

しばらく、ふたりとも黙っていた。
沈黙をひと口飲み込むようにして、リリアが息を吐く。

「ねえ、今夜……どこかで、なにか食べていかない? 旅立つ前に」

セラフィーは目を見開き──すぐに、柔らかく頷いた。

「……ええ。ちょうどいい店、知ってる。少し歩くけど、通り道にあるの」

「通り道?」

「“あの”菓子工房の前を通るのよ」
「あ……思い出した。あなた昔、試合帰りにシュークリーム十個も──」

「や、やめて! 言うなって!」

ふたりの笑い声が、夕暮れの街に溶けていく。
その笑いは、ほんの少しだけ甘くて、どこか懐かしい匂いがした。

ほんのひととき、ふたりの声は街角のざわめきに溶け、夕暮れを甘く染めた。

けれど──その笑いの裏で、胸の奥がひときわ静かに軋む。

(この時間が永遠に続くわけじゃない)
(それでも、せめて“今の俺”として刻んでおきたい)
そのとき、教会の鐘がひとつ鳴った。
澄んだ音──ふたりの未来を薄く区切る線みたいに。
その響きが、短い静けさをいっそう愛おしく見せた。

(……バカみたいだ。魔王討伐前に、シュークリームの話とか)
(でも、そういうのが、きっと“生きてる証拠”なんだろう)

(……なんだこの雰囲気。完全に“青春アニメのワンシーン”だぞ。いや、俺、中身けっこうオッサンなんだけど……?)

そのとき、通りすがりの子どもが串飴を差し出した。

「お姉ちゃん、食べる?」

反射的に財布に手を伸ばしかけ──我に返って額を押さえる。

(いやいや、遠足かよ……!)


横でセラフィーが笑いを噛み殺していた。
夕暮れの灯りの中、その横顔は、やけに明るく見えた。
けれど──その明るさの奥に、ほんの少しだけ、切なさが滲んでいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

最強なのに自分だけ気づかない 無自覚チートの異世界ハーレムライフ

eringi
ファンタジー
俺、普通の冒険者なんですけど? ……え、魔王軍全滅させちゃいました? 平凡な大学生・田中太郎は異世界に転生し、冒険者として平和に暮らしていた。しかし本人は気づいていない。神様のバグで付与された「世界法則改変」のチート能力に。魔物は触れただけで消滅し、魔法は唱えず発動し、剣は振らぬまま敵を斬る。そんな「普通の冒険者」に、天才剣士、元皇女、獣人族の巫女、天才魔導士がなぜかぞろぞろと寄ってくる。貴族たちは彼を見下すが、その度に「偶然」痛い目を見る。そして魔王軍が襲来した時、太郎はついにつぶやく。「あー面倒くさいな。みんな帰ればいいのに」。無自覚最強のハーレムコメディ、開幕!

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

スキル【幸運】無双~そのシーフ、ユニークスキルを信じて微妙ステータス幸運に一点張りする~

榊与一
ファンタジー
幼い頃の鑑定によって、覚醒とユニークスキルが約束された少年——王道光(おうどうひかる)。 彼はその日から探索者――シーカーを目指した。 そして遂に訪れた覚醒の日。 「ユニークスキル【幸運】?聞いた事のないスキルだな?どんな効果だ?」 スキル効果を確認すると、それは幸運ステータスの効果を強化する物だと判明する。 「幸運の強化って……」 幸運ステータスは、シーカーにとって最も微妙と呼ばれているステータスである。 そのため、進んで幸運にステータスポイントを割く者はいなかった。 そんな効果を強化したからと、王道光はあからさまにがっかりする。 だが彼は知らない。 ユニークスキル【幸運】の効果が想像以上である事を。 しかもスキルレベルを上げる事で、更に効果が追加されることを。 これはハズレと思われたユニークスキル【幸運】で、王道光がシーカー界の頂点へと駆け上がる物語。

チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

処理中です...