『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

文字の大きさ
85 / 161

『第十六話・1 : 灰鎧の将、誇りの灯火』

しおりを挟む
風が戻り、夜の空気が肺の奥まで沁み込んだ。
戦場を覆っていた熱と殺気が一瞬で抜け、残ったのは水気を含んだ黒土と、鉄を思わせる血の匂い。
靄がゆっくりと薄れ、月明かりが静かに地面を照らす。

砕けた灰鎧の破片が、冷えきった金属音を立てながら散らばっていた。
そのひとつひとつが、今しがたまで生きていた意志の欠片のように見える。
刃を弾いた跡の残る肩甲、かつて剣を振るった腕の装甲、膝を支えた脛当――。
どれも、戦士として立ち続けた証であり、同時に呪いに囚われた牢獄の残骸だった。

破片の間に、まだ微かに熱を残す煙が漂い、湿り気のある土へ落ちたそれが、じゅ、と短く息を吐くような音を立てた。
耳に刺さったその音は、なぜか自分の呼吸みたいに思えて胸が揺れる。

遠くで枝が折れて落ちる音。
それがやけに大きく響き、リリアはようやく呼吸を意識する。
荒く、熱く、しかしどこか空虚な息が吐き出された。
肺に入る空気は冷たいはずなのに、喉を通るたび、わずかに澱んだ温もりへと変わっていく。

(……終わった……)

剣先を下ろす。
握り締めていた手のひらは痺れ、革巻きの感触さえ曖昧だ。
足の裏に伝わるぬかるんだ地面が、ようやく現実へと引き戻してくれる。
だが胸の奥には、戦いの余熱とは違う、深く沈殿する影のような重みが残っていた。

――その時。
風が一瞬だけ逆巻き、白灰の粒子が胸元へ吸い込まれてきた。
耳ではなく、胸の奥に、かすかな灰色の波が広がっていく。
それは風でも音でもない。
色も形もないはずなのに、確かに“触れる”感覚を持って迫ってきた。

『……ありがとう……』
『街の皆を……セラフィを……頼む……』

温かいのに、なぜか深く切ない。
柔らかく包まれる感覚と同時に、冷たい潮が足元から引くような寂しさが押し寄せた。
肩に置かれた手の重み、背を押すような温もり――それは確かに“師”のものだった。

その灰色の気配は、まるで安堵の吐息を残してゆっくりと遠ざかっていく。
最後に、誰かが肩へそっと手を置いたような感触がして――それもすぐに消えた。
もう二度と、こちらへ戻ることはないだろう。

(……セラフィー、ごめん。約束、守れなかった)

唇は動かさず、心の中だけで呟く。
守ると誓ったセラフィの師を、自分の手で斬った。
それは裏切りではなく、彼女の願いを叶えるための選択だったとわかっている。
けれど、その正しさは罪の重さを少しも軽くしてはくれなかった。

ふと、瞼の裏にセラフィーの姿が浮かぶ。
まだ幼い頃の面影を残した笑顔。剣を構え、必死に真似をしていたあの不器用な立ち姿。
その後ろに、誇らしげに彼女を見守る師の姿が重なり、胸奥を締めつけた。

――その幻の中で、かすかに声がした。
「……リリア、ありがとう……師匠を……見届けてくれて……」

胸奥に残る小さな光を思い出し、リリアは瞳を閉じてその余韻を胸に刻み込んだ。
二度と忘れぬように――ガルヴェインが最後に託した想いと共に。

彼は剣士として誇り高く、戦場で幾度も命を懸け、最後には人々を救うため、自ら呪いを受け入れ、鎧の牢獄に閉じ込められる道を選んだ。
その不器用で真っ直ぐな背中は、敗北者のものじゃない。最後まで“護る”ために立ち続けた英雄の姿だった。

(――だからこそ、俺が終わらせた。
 セラフィー。お前の師の誇りは、俺が繋ぐ)

夜風が、焼けた鉄と血の匂いをさらっていく。
その風は、戦場の残響を運びながらも、どこか澄み切った冷たさを帯びていた。
リリアの頬を撫でるその流れの中に、微かな温もりがまだ残っている。
それが失われた者たちの想いなのか、自分の胸に芽生えた決意なのか――答えは出ない。

ただ確かなのは。
その小さな炎が、胸の底で静かに揺れ続けている。
消えることなく――セラフィーと師の誇りを、未来へ繋ぐ灯火となって。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

最強なのに自分だけ気づかない 無自覚チートの異世界ハーレムライフ

eringi
ファンタジー
俺、普通の冒険者なんですけど? ……え、魔王軍全滅させちゃいました? 平凡な大学生・田中太郎は異世界に転生し、冒険者として平和に暮らしていた。しかし本人は気づいていない。神様のバグで付与された「世界法則改変」のチート能力に。魔物は触れただけで消滅し、魔法は唱えず発動し、剣は振らぬまま敵を斬る。そんな「普通の冒険者」に、天才剣士、元皇女、獣人族の巫女、天才魔導士がなぜかぞろぞろと寄ってくる。貴族たちは彼を見下すが、その度に「偶然」痛い目を見る。そして魔王軍が襲来した時、太郎はついにつぶやく。「あー面倒くさいな。みんな帰ればいいのに」。無自覚最強のハーレムコメディ、開幕!

チート魔力を持ったせいで世界を束ねる管理者に目を付けられたが、巻き込まれたくないので金稼ぎします

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

異世界では地味な俺が、なぜか神々に最愛されて無双してる件

fuwamofu
ファンタジー
平凡な高校生・桐生ユウは、女神の手違いで異世界に転生した。 チートもスキルも貰えず、冒険者登録すらままならない落ちこぼれ……のはずだった。 しかし周囲の異常な好感度、意味不明な強運、そして隠された神格スキルによって、ユウは「無自覚に全能」な存在へと覚醒していく。 気づけば女神も姫騎士も魔王娘も彼に夢中。誤解と崇拝が加速する中、ユウの“地味な日常”は世界を揺るがす伝説になっていく。 笑いあり、胸キュンあり、ざまぁありの最強(なのに本人だけ気づいてない)異世界ファンタジー開幕!

異世界転移から始まるハーレム生活〜チートスキルを貰った俺は、妹と共に無双する〜

昼寝部
ファンタジー
 2XXX年、X月。  俺、水瀬アキトは戦争の絶えない地球で『戦場の悪魔』と呼ばれ、数多の戦で活躍していた。  そんな日々を過ごしていた俺は、ひょんなことから妹と一緒に異世界へ転移することになった。  その世界にはダンジョンが存在しており、ライトノベルなどで登場する世界観と類似していた。  俺たちはその世界で過ごすため女神様からチートスキルを貰い、冒険者となって異世界での生活を満喫することにした。  これは主人公の水瀬アキトと妹のカナデが異世界へ転移し、美少女たちに囲まれながら異世界で無双するお話し。

処理中です...