『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

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『第二十一話・7 : 甘気の終息、紅晶の目醒め』

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リリアの鼻腔には、まだザッハの甘い香りが残っていた。
聖甘の間にも、その余韻はほのかに漂っている。
リリアは床に座り込み、口元にほんのりチョコをつけたまま 息を整えていた。

その瞳からは、甘さに震える涙がまだ止まらない。
まるで祈りの余韻が、胸の奥でとろりとほどけきらずに残っているようだった。

「……ッ、はぁ……う……まさに……神の菓子だったわ……」
中性的に響くその声には、なお甘味の余韻が宿っていた。
震える吐息といっしょに、チョコの香りが小さくこぼれ落ちていく。

セラフィーは剣を握ったまま呆然と立ち尽くし、静かに呟く。

「……本当に……全部食べたのね……
 あれを……」

怒りよりも安堵、そして戸惑いが混ざった声音だった。
その表情は“勇者の暴挙”と“救われた現実”のあいだで揺れ、言葉を探すように震えていた。

リリアはチョコで汚れた顔のまま胸を叩き、堂々と答えた。
「ふふっ……なんせ、わたしは無敵だから……!
 犬も、菓子も、この胃袋でみんな守ってあげる……!」

(おい、その言い回し勇者の宣言じゃなくてただの大食い選手権の勝者だぞ!?)

床で転げながら、ブッくんが甲高い悲鳴を上げた。
 
「ぎゃあああッ!! あんさん正気かぁぁ!!
王都の“甘味バリアの核”を完食って……!
もはや伝説通り越して大事件やでぇぇ!!」

リリアはチョコまみれの顔で胸を張り、平然と笑った。

あまりに堂々としすぎて、セラフィーはこらえきれず笑ってしまう。
「……ほんとにバカみたい。でも……結果だけは本物だったのね」

聖甘の間の甘気がゆっくりと晴れていき、
砕けた砂糖細工の犬が光の粉になって漂った。
その光は回廊へ向かう風に乗り、月明かりに溶けながら消えていく。

後に残ったのは、胸の奥でほの白く揺れる“祈り”の名残だけだった。
……ようやく、世界の歯車がまた回り出した気がした。

その空気の変化に合わせるように、兵士長が一歩前へ出た──

「勇者リリア殿……王がお待ちです。王の間へ」

一行はまだ甘い香りの残る回廊を進んだ。
石造りの柱に落ちる光は揺れ、祭壇のぬくもりが遠ざかるにつれて、空気はふっと冷たさを取り戻す。
甘気の幕が剥がれ落ち、現実だけが静かに形を取り戻していく。

回廊の先、重い扉がゆっくりと開かれ――
王の間で、王が静かに立っていた。

目が合った瞬間、王の表情がほんのわずかにほどける。
それは、戦に慣れた男ですら隠しきれない“安堵”だった。
その奥には、抑えきれない“解放”と……静かな敬意が滲んでいた。

「よく……守ってくれたな」

重厚な声が石壁に染み込むように響いた。
その一言だけで、千人の兵がひざまずくほどの重みがあった。

王は深く息を整え、リリアを真正面から見据える。

「……聖甘の核――“ザッハ”は、本来この王都を包む甘味結界の中心。
外敵の呪気が触れただけで砕け散るほど、脆く、尊いものだ。」

一瞬、王の目が信じられぬものを見るようにかすかに揺れた。

「だが今その核は……お前の胃袋の中で、誰よりも安全に守られている。
皮肉だが――王家の宝庫よりも堅牢だ。」

兵士たちがどよめくのを、王は手で制した。
続く言葉は、重く、しかし確信に満ちていた。

「ゆえに王都の甘味結界は保たれたまま揺るがぬ。
お前が立ち続ける限り――王都は倒れない。」

広間の空気がふっと揺れ、
張り詰めていた恐怖が糸のようにほどけていく。
兵たちの肩が、ようやくわずかに落ちた。

王はそこで初めて、深く安堵の息を漏らした。

「これで外敵が再び攻めてこようと……王都は即座には崩れぬ。
“時間”が生まれたのだ。
その猶予も、希望も――すべて、お前がもたらした。」

その瞬間、兵たちの胸に走っていた恐怖がさらに緩み、空気に静かな希望が灯った。

リリアは、ようやく王都が“息を取り戻した”ことを理解した。

──リリアの胃袋ひとつが、王都を救った。
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