『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)

風間玲央

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『第二十九話 • 2: ドーナツと転生のぬいぐるみ』

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リリアの絡みは、まだ終わらなかった。
ハトも、さすがにうんざりした様子で、小刻みに羽を震わせながら、飛び立つタイミングをうかがっている。
だが、リリアの妙に鋭い笑みと、ドーナツを握りしめた手からにじむ謎の殺気に、その一歩を踏み出せずにいた。

「ていうかさ……俺ら、全員バカじゃね!?
ぬいぐるみがドーナツ食ってんの、誰も突っ込まなかったのかよ!?
『かわいい~♡』じゃねぇんだよ!! あれホラー案件だろ!?
ニュースになってもおかしくねぇぞ!? “自走型ぬいぐるみ、糖質依存で街を徘徊”とか!!」
「悪魔とか呪いとかじゃなかったからって、“よかったね!”で済ませてた俺らの神経、どうかしてるわ……。
いや、よくねぇよ! 冷静に考えたら大事件だからな!?」

思い返せば、そんなあらゆる違和感も、これまで全部“可愛いな”の一言で片づけてきた。
ワン太が何か特別だなんて、考えもしなかった。
ただ、微笑んで撫でて、ドーナツ食べて、それで終わりだった。

けれど──今になって、あの記憶のひとつひとつが、胸の奥で静かに裏返っていく。
撫でた手のひらの温もりが、“ぬいぐるみの表面”ではなく、“生き物の鼓動”として思い出される。
その震えの意味を、ずっと誤魔化してきたのは自分自身だった。

リリアはドーナツを振り回しながら、完全にヒートアップしていた。
「なぁハトポッポ! お前もそう思うだろ!? なんとか言えよ!」
鳩は「……ぽっぽ?」と困惑したように鳴く。

「違う! “ぽっぽ”じゃねぇ!!”ポッポ”だ!そんなことより、助けてくれよハトポッポ! 俺、今すげぇ混乱してんだよ!!
ぬいぐるみが竜で、竜が犬で、犬がドーナツ好きって何の寓話だよ!?
もうわけわかんねぇよ!!」

リリアの声が、だんだん裏返っていく。
手に持ったドーナツが、怒りと絶望でぐにゃりと潰れた。

鳩は「クルッポ……」と短く鳴き、「知らんがな」と言いたげに首をすくめる。
リリアは頭を抱え、空を仰いだ。
「……苦しいわハトポッポ。助けてくれー……!」

数秒の沈黙。
鳩は、ため息をつくように「ぽっ……ぽ」と鳴き、そっと一歩だけ後ずさった。
だが、リリアの影が伸びて覆いかける。
「逃がさねぇぞ、ハトポッポ……話はまだ終わってねぇ!」

ずっとリリアの心の奥で鳴り続けていた、微かな“ノイズ”。
それが今、ひとつの形を取り始めていた。

ドーナツの甘い香りが、急に“焦げた空気”の匂いに変わる。
視界の端で、時間がゆっくりと滲む。
音が遠のき、世界が一瞬だけモノクロに沈んだ。

そして、次の瞬間――
ひらめきが胸を貫いた。
雷ではなく、もっと静かな光。
長く閉じていた扉が、きしみながら開くように。

「……そうか」

リリアの唇が、かすかに動いた。
その光は、思考ではなく“確信”として胸の奥に落ちた。
長い夢の底で、ずっと触れられなかった答えが、ようやく息をした。

(……そうだ。
ずっと胸の奥で鳴っていた“答え”は、最初からここにあったんだ。)

「――ハトポッポーっ!! なんか俺わかったぞー!!
とりあえず、今日の昼飯の焼き鳥弁当はなしだ!!」

リリアは叫んだ。
ドーナツを高々と掲げ、唇の端をつり上げる。
勝利宣言というより、もはや“世界への抗議”に近いトーンだった。

その声に、ハトはびくりと羽を震わせる。
だが、次の瞬間――風を切って飛び立ち、青空の彼方へと消えた。

残された羽が、陽光の中でくるりと回り、リリアの肩に落ちる。
どうやら、“命の危険を察知した”らしい。

「……逃げたな、ハトポッポ。
だが、俺の中でつながったんだよ……“この違和感”が」

その声には、笑いと戸惑いが奇妙に混ざっていた。
冗談を言っていたはずなのに、胸の奥だけが妙に熱い。

(そうだ……わかった。
よくよく考えたら、俺が最初に転生したのも――ワン太の中だったじゃないか)

(つまり、あいつ自身に“転生の器”としての素質があったってことだ。
インペリアルドラゴンの魂を受け入れるなんて、並の存在にできることじゃない。
“器”が弱ければ、魂そのものに焼き尽くされるはずだ)

(けど、どうして“ぬいぐるみ”なんだ?
ぬいぐるみは“無機の器”だ。普通なら、生命の魂なんて受け入れられるはずがない)

(……待てよ。ワン太は、本当に“ただの布と綿”で、できたぬいぐるみなのか?)

(この前の戦闘を思い出せ。
あいつ、素手で剣を受け止めてた。しかも刃こぼれしたのは剣の方だった。
普通のぬいぐるみがそんなことできるわけがない)

(偶然なんかじゃない。ワン太は、“インペリアルドラゴンの魂”を受け入れるために設計された、最強の“竜の雛形”だったんだ。)

(で――問題は、ここからだ。)

(インペリアルドラゴンの魂が、ワン太という“器”へ入り込もうとしていた、その時――
なぜか俺の魂が先にそこへ落ちちまったんだ。
結果、俺がドラゴンより先に“器”を占領する形になった。)

(つまり俺は、インペリアルドラゴンの“転生用の器”に、予定外の魂として滑り込んだってわけだ。)

(インペリアルドラゴンの転生の器なんて、極秘中の極秘。
 国家級の機密を超えた、“神格技術”の領域だ。
 そう簡単に誰かが感知できるはずがない。)

(だから――俺の転生先を探していた連中も、居場所を掴めなかったんだ。
 魂の座標が“竜の封印構造”の中に埋もれ、追跡魔術も索敵装置も全部はじかれた。
 そりゃそうだ。ワン太の体そのものが、“転生を秘匿するための結界”になってたんだからな。)

(おかげで、あの時は助かった。
 けど同時に、世界の誰も――俺自身さえも、“自分がどこにいるのか”わからなくなった。)

(三年間、誰にも見つからなかった理由。
 命を狙われずに済んだ奇跡。
 あの“偶然”だと思っていた出来事のすべてに、ようやく説明がついた。)

(そうだ――俺は“隠された器”の中で、生きていたんだ。インペリアルドラゴンの転生回路に誤って入り込み、結果的に“世界の索敵網から外れた存在”になっていた。)

(世界旋律にも、神の監視にも映らない。
 この三年間、俺は“存在しない命”として――
 ワン太の中で、時を止めたまま、生き続けていたんだ。)

息が詰まる。
胸の奥で、長い時間沈んでいた歯車が――ゆっくりとかみ合い始めていた。

それは記憶でも、感情でもない。
もっと奥、魂の底で鳴る“原初の音”。
誰にも届かないはずのその響きが、確かに動き出していた。

そしてその音を、ワン太も聞いている気がした。
風が頬を撫でる。
リリアは、空を見上げながらつぶやいた。

「……ワン太、聞こえてるか?
また新作ドーナツの夢でも見てんのか?」

リリアは、思わず笑った。
どうしようもなく、胸の奥があたたかかった。

風がそっと流れた。
どこかで、甘いドーナツの香りがした。
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