10 / 32
『第ニ話・2 : 女神が消えた日』
しおりを挟む──そして怒号は王城をも揺るがしていた。
「死んだんだろ! そうなんだろ!」
「ごまかすなよ、城は何を隠してんだ!」
「リリア様を返せぇ!」
「生きてんのか死んでんのか、はっきりしろってんだ!」
城門を揺らす群衆。
誰かが泣き叫び、誰かが拳を突き上げ、誰かが喉を裂くように怒鳴る。
城壁の上では、答えを知る者だけが、口を閉ざしていた。
暴徒化は時間の問題だった。
──その頃、王城の内側では、すでに「次の手」が議論されていた。
「死んだって噂が……もう広まってます!」
「封印が……リリア様の中に封じられたザッハトルテの封印が揺らいでおります!」
「魔王軍が来れば……王都は持ちませぬ!」
声が飛び交い、広間は嵐のように荒れ狂った。
王は、死人のように血の気の引いた指で玉座の肘掛けを軋ませ、
その軋みを止められぬまま、しばし言葉を失っていた。
やがて、呻くように命じる。
「……死んだなどという言葉、
余が認めてなるものか」
その声には、王としての威厳よりも、
“縋りつくような拒絶”が滲んでいた。
「いいか、探せ。
必ず生きているはずだ。
この王都の隅々まで――
石の裏に潜む鼠一匹、影ひとつ逃さず探し出せ!」
「女神を失えば、この国は終わる。
いや……終わらせは、せぬ。」
その命が下された瞬間、王都は戦時さながらの厳重警戒体制に入った。
城門はすべて封鎖され、出入りの商人は一人残らず調べられる。
城壁の上には弓兵が倍増し、松明が夜を真昼のように染めた。
街路では巡回兵が二重三重に走り、鐘楼は休みなく警鐘を鳴らし続けた。
人々は足を早め、扉はいつもより強く閉められ、
王都全体が、音を立てぬまま肩をすくめているようだった。
夜警に立つ兵士たちも、不安を抑えきれなかった。
「なぁ……次に魔王軍が来たら……」
「終わりだろ……リリア様なしで勝てるもんか……」
「……でもよ、言ったら……終わりだ……
今は槍を握るしか……」
暗がりで交わされるその囁きは、松明の光よりも冷たく、街灯より寒々しく響いた。
城門では、泡を吹いて倒れた馬を捨て置いた隣国の使者が、衛兵の胸ぐらを掴んで絶叫していた。
「勇者をどこへ隠した! あの封印が解ければ、我らの国まで火の海だぞ!」
「勇者は! 本当にいないのか! 隠してるんじゃないのか!」
「戦が……戦が来るだろうが! こっちだって巻き込まれるんだぞ!」
周辺の都市国家もざわつき、
「封印が揺らいだなら……戦火は我らにも及ぶ……!」と恐怖を募らせていた。
「友誼はある。だが――女神がいない王都を、
どうやって信じろと言うのだ」
外交の場は混乱し、
友国ですら、疑念と焦りの声を隠せなくなっていた。
松明を掲げた群衆は、誰に教えられたわけでもなく、同じ名を呼びながら夜を巡っていた。
それは捜索でも、抗議でもない。
喪に服す儀式だった。
「死んだのではないか」という噂、封印崩壊の恐怖、次の戦に耐えられぬという諦念──
それらが折り重なり、祈りと嘆きと怒号の渦となって王都を呑み込み、やがて世界全体を揺るがす災厄の兆しへと変わっていく。
世界がこれほどまでに泣き叫んでいるというのに、星空はどこまでも高く、残酷なほどに美しく澄み渡っていた。
女神を失った世界は、それでも、何事もなかったかのように明日という朝を迎えようとしている。
そして朝が来た。
世界は、それを当然のように受け入れた。
ただ、夜の風だけが、主を失った無人のベッドを黙って冷たく撫でていた。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
傷物転生令嬢マグダリーナと原初の魔法使いエステラの幻想譚-女神とスライムの光とともに- (旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
※他サイトでも掲載しています
※ちょいちょい手直ししていってます
2026.12.14 タイトル変更 旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった
あめとおと
ファンタジー
異世界に転移した主人公が得たスキルは【地図作成】。
戦闘能力ゼロ、初期レベル1。
冒険者ギルドでは「外れスキル」と笑われ、
新人向けの雑用クエストしか回ってこない。
しかしそのスキルは、
ダンジョンの隠し通路、未踏破エリア、消えた古代文明の痕跡まで“地図に表示する”
という、とんでもない能力だった。
生き残るために始めた地味な探索が、
やがて世界の秘密と、国家すら動かす大冒険へ――。
これは、
戦えない主人公が“冒険そのもの”で成り上がる物語。
同作品を「小説家になろう」で先行配信してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる