14 / 32
『第三話・2 忘れられた刃』
しおりを挟むしかし、谷に走るざわめきはそれだけでは終わらなかった。
兵士の一人がかすれ声を漏らす。
「二人……。どうして、リリア様が、二人……いるんだ……?」
その言葉に、皆が息を呑む。祈るように首を振る者もいたが、否応なく事実は突きつけられていた。
黄金の光から還った“勇者リリア”。
そして、仮面の中から歩み出た黒髪の“リリア”。
ここに、黄金と黒、二人のリリアが並び立っていた。
(……誰だ?こいつ?)
(ん……? 待てよ……あれ、そういや昔、俺……分身術の実験とかしてたことあったな?)
(しかも“わかりやすいように黒髪”っていう安直な設定でしてたような……)
(……完全に忘れてた。
やばい。俺の無責任案件すぎるだろ、これ……)
黒髪リリアは、颯太の心の声に答えるはずもなく、ただ無機質に谷の冷気をまとい、剣を握っていた。
沈黙だけが、冷たく落ちた。
「……あなた……わたしの分身……」
「どうやって……今まで生き延びてきたの?
……ずっと、気にかけていたのよ。」
(まるっきり存在忘れたなんて、言えない雰囲気だぞ?これ。
完全に俺が悪者ポジじゃねえか。……いや待て、普通に殺気出てね?)
黒髪のリリアは、嗤った。
「どうやって? 笑わせんなよ。本体様が好き放題やって、敵ばっか残して消えやがったせいで……俺は毎晩、刃の気配を枕にして生き延びたんだ!」
「……てめえは、覚えてねえだろうけどな。本体様」
――その瞬間。
セラフィーの指先が、かすかに強張った。
「……本体……様……?」
呟きは、ほとんど息に溶けるほど小さい。
金の瞳が、ゆっくりと――だが確実に、目の前の“勇者リリア”へと揺れた。
それは、主従の敬意ではない。
喉の奥に刺さった棘の名を、恐る恐るなぞるような響きだった。
(……違う。
あの目は――分身が本体に向けるものじゃない……)
セラフィーは、無意識に唇を噛んだ。
指に込めた力が、わずかに白く浮く。
黒髪のリリアが向けるそれは、明らかに、主へ向けるそれではなかった。
——むしろ、刃を測る者の目だ。
握りしめた剣の切っ先が、わずかに揺れた。
だが、その動揺に気づく者は、まだ誰もいない。
黒リリアは続けた。
「食うものがなくて、魔獣の血をすすった。
死んだ仲間の影に潜んで、朝を待った。
……それが三年だ。」
「皮肉なもんだ……そんな俺が、最近じゃこの国の近衛に採用されてよ。
“勇者を継ぐ者”なんて持ち上げられながら、毎日剣を振るってる。
笑えるだろ、本体様に忘れられた分身が、国に仕えてんだぜ」
(完全な男言葉かよ。俺そのものじゃねえか! なんで分身の方が“素”出してんだよ!)
低く荒んだ声が、氷を踏み砕くように響いた。
「分身? 笑わせんなよ。最初の俺は、てめえの十分の一も力がなくて、ただの抜け殻みたいなもんだった。
何も持たず、敵だけ押しつけられて……その地獄で生き残るしかなかった。だから、生きるために何でもやった」
「――あの時、てめえは俺を“見捨てた”んだよ。本体様」
黒リリアの瞳が、まるで凍てついた刃のように細められる。
周囲では、兵士たちが完全に思考を置き去りにされた顔で固まっていた。
「……え、分身?」
「本体って、どういう……」
誰一人として、この異様な会話に追いつけていない。
リリアは息を呑んだ。
(いやいやいや……お前、本当は“百分の一以下”。
深爪した時に落ちた爪で、たまたま作ったやつなんだけど!?)
(……無理だ。これは絶対に言えねえ。
真実は――墓まで持っていくしかねえ!!)
黒リリアは剣を突きつけるように構え、言葉を叩きつける。
「もう“分身”じゃねえ。俺は俺だ。てめえに忘れられても、てめえの代わりにこの世界で生き続けた、俺自身の生き様がある」
そのやり取りを、黒い霧の向こうからレオが静かに見下ろしていた。
魔王の息子は口元だけで薄く笑う。
「……くく。勇者が二人とは。
ずいぶんと都合のいい内輪揉めだな」
レオの指先に、黒い雷光が一瞬だけ弾けては消える。
愉悦を含んだ声が、戦場の空気をさらに冷やした。
谷を満たす空気が、さらに鋭く張り詰める。
黄金と黒、二人のリリアの視線が激突し、仲間たちの喉がごくりと鳴った。
(……うん。
やっぱり俺の人生、“深爪から始まる世界崩壊”で確定だわ……)
──満ちた殺気の中。
場違いな軽口だけが、颯太の胸の内で乾いた音を立てていた。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
傷物転生令嬢マグダリーナと原初の魔法使いエステラの幻想譚-女神とスライムの光とともに- (旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
※他サイトでも掲載しています
※ちょいちょい手直ししていってます
2026.12.14 タイトル変更 旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった
あめとおと
ファンタジー
異世界に転移した主人公が得たスキルは【地図作成】。
戦闘能力ゼロ、初期レベル1。
冒険者ギルドでは「外れスキル」と笑われ、
新人向けの雑用クエストしか回ってこない。
しかしそのスキルは、
ダンジョンの隠し通路、未踏破エリア、消えた古代文明の痕跡まで“地図に表示する”
という、とんでもない能力だった。
生き残るために始めた地味な探索が、
やがて世界の秘密と、国家すら動かす大冒険へ――。
これは、
戦えない主人公が“冒険そのもの”で成り上がる物語。
同作品を「小説家になろう」で先行配信してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる