13 / 32
『第三話・1 勇者、戦場を書き換える』
しおりを挟む
──轟音と共に闇と光が激突し、大地ごと震わせた。
凍りついていた谷の空気が、悲鳴のようにひび割れる。
次の瞬間、谷に満ちていた魔力の流れが、不自然な静止を見せた。
世界そのものが、一拍だけ呼吸を忘れたみたいに。
その只中から、まばゆい人影がゆっくりと姿を結んでいく。
「……っ、ここは……」
瞼を上げた瞬間、目の前に広がっていたのは切り立った岩壁に囲まれた谷だった。
凍りついた地面の上、仲間たちが剣を握りしめ、黒い霧を纏う青年――魔王の息子レオと対峙している。
「リリア……!」
セラフィーの声が震え、仲間たちの視線が一斉にこちらへ向いた。
颯太は息を吸い込んだ。
肺を満たす空気は、あの脂臭い四畳半の泥とは違う。精霊の魔力が混じった、どこまでも澄んだ、だが死の香りが混じる戦場の冷気。
その一息だけで、鈍っていた神経が焼き直されるように研ぎ澄まされていく。
胸の奥にはまだ現実を棄てた痛みが残っている。だが、それ以上に――
仲間の目に映る「勇者リリア」としての自分が、確かにここに立っていた。
「リリア……本当に……あなたなの……?」
セラフィーの剣先が震え、張り詰めていた瞳にかすかな光が宿る。
一歩、踏み出しかけて――彼女は、壊れ物に触れるみたいにその足を止めた。
兵士たちも次々と声を上げた。
「よ、よかった……もう駄目かと思いました……!」
「勇者さま……! 神は見捨ててなかった!」
その声に颯太は胸を詰まらせた。
あの世界を切り離した感触だけが、今も指先に残っていた。
だが、この瞬間だけは――
自分がここに立つ意味が、確かにあると感じられた。
「……遅れて、ごめん」
声は震えていた。それでも、仲間に届くように言葉を吐き出す。
「……でも、どうして……」
セラフィーが息を震わせ、剣を握る手を強く握り直した。
「あなた、あの時……意識を失って……もう目を開けないかもしれないって……」
仲間たちの瞳が、驚きと祈りを込めてリリアに向けられる。
誰もが「なぜ再び立ち上がれたのか」と問うていた。
リリア――颯太は小さく息を吐き、仲間たちを見渡す。
「……わたしには、この世界で……必要としてくれる人たちがいる。
その声が、わたしを……呼び戻してくれたの。」
「わたし」という一人称を口にするたび、脳内の「颯太」が奇妙な居心地の悪さに身悶えする。
舌の裏側がむず痒くなるような違和感。
だが、その違和感ごと、リリアとしての覚悟で押し潰した。
「それに、忘れたの? ――この世界で誰よりも『死』から遠い場所にいるのは、わたし。たかが魔族に、この命を終わらせる権利なんてないわ。」
言葉と同時に、リリアの足元の霜が、音もなくぱきりと砕けた。
抑えているはずの魔力が、呼吸に合わせて谷の空気をわずかに軋ませる。
レベル999。
この世界の理そのものに食い込む存在圧が、リリアの四肢を静かに満たし――
その余剰が、抑えきれず外界へ滲み始めていた。
――その圧に、最前列にいた兵士の一人が、無意識に半歩後ずさる。
黒い霧の向こうで、レオの瞳がわずかに細められた。
仲間たちの瞳に映っているのは、紛れもない勇者リリアだった。
颯太はその重みから、もう逃げられないと悟った。
いや、逃げないと誓った。
セラフィーの唇が、かすかに震える。
「……リリア……」
次の瞬間、彼女の喉が小さく鳴った。
張り詰めていたものが、ようやくほどけていく。
谷を支配していた緊張が、音もなく軋み始めていた。
静かに紡がれた声が、セラフィーの瞳を揺らした。
「……リリア、ほんとうに……」
その瞬間、彼女の頬に熱い雫がこぼれた。
冷たい氷霧の中で輝くその涙は、
絶望ではなく――
再び勇者を得た安堵の、確かな証だった。
凍りついていた谷の空気が、悲鳴のようにひび割れる。
次の瞬間、谷に満ちていた魔力の流れが、不自然な静止を見せた。
世界そのものが、一拍だけ呼吸を忘れたみたいに。
その只中から、まばゆい人影がゆっくりと姿を結んでいく。
「……っ、ここは……」
瞼を上げた瞬間、目の前に広がっていたのは切り立った岩壁に囲まれた谷だった。
凍りついた地面の上、仲間たちが剣を握りしめ、黒い霧を纏う青年――魔王の息子レオと対峙している。
「リリア……!」
セラフィーの声が震え、仲間たちの視線が一斉にこちらへ向いた。
颯太は息を吸い込んだ。
肺を満たす空気は、あの脂臭い四畳半の泥とは違う。精霊の魔力が混じった、どこまでも澄んだ、だが死の香りが混じる戦場の冷気。
その一息だけで、鈍っていた神経が焼き直されるように研ぎ澄まされていく。
胸の奥にはまだ現実を棄てた痛みが残っている。だが、それ以上に――
仲間の目に映る「勇者リリア」としての自分が、確かにここに立っていた。
「リリア……本当に……あなたなの……?」
セラフィーの剣先が震え、張り詰めていた瞳にかすかな光が宿る。
一歩、踏み出しかけて――彼女は、壊れ物に触れるみたいにその足を止めた。
兵士たちも次々と声を上げた。
「よ、よかった……もう駄目かと思いました……!」
「勇者さま……! 神は見捨ててなかった!」
その声に颯太は胸を詰まらせた。
あの世界を切り離した感触だけが、今も指先に残っていた。
だが、この瞬間だけは――
自分がここに立つ意味が、確かにあると感じられた。
「……遅れて、ごめん」
声は震えていた。それでも、仲間に届くように言葉を吐き出す。
「……でも、どうして……」
セラフィーが息を震わせ、剣を握る手を強く握り直した。
「あなた、あの時……意識を失って……もう目を開けないかもしれないって……」
仲間たちの瞳が、驚きと祈りを込めてリリアに向けられる。
誰もが「なぜ再び立ち上がれたのか」と問うていた。
リリア――颯太は小さく息を吐き、仲間たちを見渡す。
「……わたしには、この世界で……必要としてくれる人たちがいる。
その声が、わたしを……呼び戻してくれたの。」
「わたし」という一人称を口にするたび、脳内の「颯太」が奇妙な居心地の悪さに身悶えする。
舌の裏側がむず痒くなるような違和感。
だが、その違和感ごと、リリアとしての覚悟で押し潰した。
「それに、忘れたの? ――この世界で誰よりも『死』から遠い場所にいるのは、わたし。たかが魔族に、この命を終わらせる権利なんてないわ。」
言葉と同時に、リリアの足元の霜が、音もなくぱきりと砕けた。
抑えているはずの魔力が、呼吸に合わせて谷の空気をわずかに軋ませる。
レベル999。
この世界の理そのものに食い込む存在圧が、リリアの四肢を静かに満たし――
その余剰が、抑えきれず外界へ滲み始めていた。
――その圧に、最前列にいた兵士の一人が、無意識に半歩後ずさる。
黒い霧の向こうで、レオの瞳がわずかに細められた。
仲間たちの瞳に映っているのは、紛れもない勇者リリアだった。
颯太はその重みから、もう逃げられないと悟った。
いや、逃げないと誓った。
セラフィーの唇が、かすかに震える。
「……リリア……」
次の瞬間、彼女の喉が小さく鳴った。
張り詰めていたものが、ようやくほどけていく。
谷を支配していた緊張が、音もなく軋み始めていた。
静かに紡がれた声が、セラフィーの瞳を揺らした。
「……リリア、ほんとうに……」
その瞬間、彼女の頬に熱い雫がこぼれた。
冷たい氷霧の中で輝くその涙は、
絶望ではなく――
再び勇者を得た安堵の、確かな証だった。
0
あなたにおすすめの小説
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
転生したら最強種の竜人かよ~目立ちたくないので種族隠して学院へ通います~
ゆる弥
ファンタジー
強さをひた隠しにして学院の入学試験を受けるが、強すぎて隠し通せておらず、逆に目立ってしまう。
コイツは何かがおかしい。
本人は気が付かず隠しているが、周りは気付き始める。
目立ちたくないのに国の最高戦力に祭り上げられてしまう可哀想な男の話。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
傷物転生令嬢マグダリーナと原初の魔法使いエステラの幻想譚-女神とスライムの光とともに- (旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
※他サイトでも掲載しています
※ちょいちょい手直ししていってます
2026.12.14 タイトル変更 旧タイトル:ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
レベル1の地図士は、世界の裏側を知ってしまった
あめとおと
ファンタジー
異世界に転移した主人公が得たスキルは【地図作成】。
戦闘能力ゼロ、初期レベル1。
冒険者ギルドでは「外れスキル」と笑われ、
新人向けの雑用クエストしか回ってこない。
しかしそのスキルは、
ダンジョンの隠し通路、未踏破エリア、消えた古代文明の痕跡まで“地図に表示する”
という、とんでもない能力だった。
生き残るために始めた地味な探索が、
やがて世界の秘密と、国家すら動かす大冒険へ――。
これは、
戦えない主人公が“冒険そのもの”で成り上がる物語。
同作品を「小説家になろう」で先行配信してます。
この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました
okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる