『勇者リリアと魔王のフィアンセ』Eden Force StoriesⅣ(第四部)

風間玲央

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『第四話・2 甘味と狂信と、霧氷の大団円』

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セラフィーはそんな内心など知る由もなく、慈母のように静かに目を細めて微笑んだ。

「……リリア。あなたの分身も、やっぱり誇らしい戦士だったわね」

(ちょ、ちょっと待て!! なんでここ綺麗に感動シーンみたいに締めてんの!?
俺の精神ホラー劇場、いま絶賛進行中なんだってば!!)

なんだかんだありながらも、場の空気はようやく落ち着きを取り戻し――

……そう、見えただけだった。

その直後。

ばさり、と一冊の頁が荒々しく震えた。

「落ち着いたの、みんなだけやろ!? こんだけ恐ろしい思いして、ワイの頁まだガクガク震えとるんやけど!? 天使と悪魔いっぺんに見た感じやで?
……ほら見て! インクの波紋、まだ止まってへんやろ!!」

(いや、そんなのどうでいいよ!! そもそもインクの震えとかどうやって判別してんだよお前!!
そんなことより俺はネイルが怖えんだよ!)

ブッくんがばさばさと羽ばたき、被害報告みたいな顔で大げさに声を張り上げる。

「こんなん危険手当出るやろ!? 精神的損耗込みで三倍請求や!! ザッハトルテ払いでええから!!」

(出たなページ労災申請!! てかお菓子換算てなんだよ!? 甘味相場で世界回すな!!)

――その横で。

ネイルがもじもじと指を絡ませながら、何度か口を開きかけては閉じ、恐る恐る声を絞り出した。
ついさっきまで死刑宣告を待つ顔をして、次の瞬間にはリリアを神格化し、夜伽までしよっとしていた本人である。

「……あ、あの……こ、こんな場面で申し訳ないのですが……
も、もし余っていたら……お、俺にも……ザッハトルテを……もちろん、リリア様が毒味しろと仰るなら、俺が先にすべて食らってみせますが。」

「お前まで欲しがるんかぁぁぁ!! ……情緒の振り幅どうなってんのよ、あなた!!」

(さっきまで粛清ガクブルしてたやつが――
なんでスイーツ乞食にジョブチェンジしてんだよ!!
しかも忠誠心の使いどころそこかよ!!
毒味前提で突っ込んでくんな!!)

セラフィーは、この支離滅裂な会話のドッジボールをまるでお花畑を舞う蝶を眺めるかのような、慈愛に満ちた眼差しで見守っていた。

彼女はおもむろにネイルの頭を優しく撫で、リリアに向かって柔らかく微笑む。

「……ふふっ。リリア、見て。分身の彼女にも、ようやく食欲……いえ、生きる活力が湧いてきたみたい。これもあなたの愛が導いた、一つの『絆』の形なのね」

(絆じゃねえよ!! ただの食い意地だよ!! あとこの状況のどこに愛があるんだよ!?)

セラフィーはさらに、バタバタと労災申請をするブッくんすらも、「元気な羽音ね」とでも言いたげな聖母の微笑で受け流し、静かに囁いた。

「緊張が解けていいじゃない。みんな、こうして一つになっていくのね……」

「解けすぎなんだよ!! 一つになるどころか、全員好き勝手な方向に暴走してんだよ!」

(なんでお前、この地獄絵図を『美しい友情物語』に脳内変換できてんだ!? このパーティ、まともな判断力持ってるの俺だけかよ!?)

情緒の高低差で鼓膜がバグりそうな颯太をよそに、セラフィーの放つ「聖母のオーラ」が、カオスな現場を無理やり「大団円」の空気で包み込んでいく。

仲間たちの笑い声が、霧氷の谷にこだました。
ほんの数分前まで神話の終焉みたいな光景が広がっていたとは思えないほど──

今はただ、馬鹿馬鹿しくも愛しい笑いが、淡い余韻となって谷の奥へと滲んでいった。

ワン太は、ぽふんとリリアの胸元に頭を押しつけた。

綿の詰まった腕で「ぎゅーっ」とする真似をしながら、むにむにと頬をすり寄せてくる。
ただ小さく喉を鳴らすように、満足そうに、安心しきった様子でリリアの温もりに顔を埋める。

「……え、ワン太かわいいなオイ。なにこの破壊力。もふ圧やばい。……これ、完全にぬいぐるみ界のアイドルだろ」

(アニメ化されたら絶対グッズバカ売れだろ……ぬいぐるみ、アクスタ、キーホルダー……いや待て、等身大モデルとか出たら俺がまず買うわ。
全部即完売コースじゃねえか! ポップアップショップ全国巡回まで普通に見えるんだが!?)

「それに比べて俺は、さっきまで神話ラスボスやってたんだぞ!? この落差なんなんだよ!!」

(これ、ドアから急に出てきた悪役ポジション扱いだろ!? しかも出番一話限りのやつ!!
円盤特典にすら入れてもらえねえ!!)

――そんな騒がしいやり取りをよそに。
リリアは、ふいに声を張って宣言した。

「……でも、わたしのザッハトルテはあげないけどね!!」

(やっぱり甘味は命より大事なんだよ……!)

「えー!!!”王国甘味保障法”で訴えてやる!!」

その瞬間、谷にまた小さな笑いが弾けた。
霧氷の静寂が、今度こそやわらかくほどけていった。
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